第17話 拘束

「っ! 今のは……!?」


 前世の記憶で間違いないという確信がエリノアにはあった。今まではおぼろげにしか見たことが無かったが、7歳のあの日、エリノアは過去の自分が“瑛里”と呼ばれていたことを覚えていた。


 こんなにはっきりと思い出したのは初めてだわ……


 ナターシャに突き飛ばされたことで、前世で突き飛ばされた時の記憶を追体験したらしい。だけど、“憂斗”と呼んでいた相手の顔は靄がかかったようにボヤケていて、はっきりと思い出せなかった。状況からしてあの後、瑛里と憂斗は死んでしまったと推測できる。


 本来なら死ぬ間際のゾッとする記憶に戸惑うところだが、「きゃぁああああっ!!!!」という甲高い悲鳴が聞こえてエリノアは身体をビクリと震わせた。


 エリノアが漸く身体を起こすと、その頃にはバルコニーに繋がる屋敷の中がざわついていた。そして、立ち上がろうとエリノアが右手をつくと、ひんやりとした感触と共に鋭い痛みが走る。


「痛っ!」


 反射的にバッと手を引き上げて右の手のひらを確認すると、横一直線にうっすら赤い線が入っていた。「えっ?」と慌てて手を付いていた場所も確認する。そこには短剣が転がっていた。それはナターシャが持っていた物だと直ぐに気づく。


 いつの間にこんなところに短剣が? わたくし、一瞬でも気を失っていたのかしら?


 頭を打った覚えは無かったが、気付いていないだけで打ったのかもしれないとエリノアが考えていると、ジンジンと痛みを増して主張する右手。エリノアが右の手のひらに視線を戻すと、手のひらの赤の線が太さを増しているところだった。


「居たぞっ!! 此奴だ! 私の娘を傷付けたのは!!」


 そんな声に弾かれてエリノアが前を見ると、バルコニーに飛び出して来た男性がエリノアを指で差していた。


「……アイーリズ伯爵?」


 伯爵の後からぞろぞろとキアーズ子爵家に雇われている騎士がバルコニーに入ってくる。そして騎士たちは、今一状況を把握できていないエリノアを取り囲んだ。


「エリノア・フランシス・エバンス!! よくも私の娘を危険な目に遭わせてくれたな!? 貴様を赦すわけにはいかない!! 早く捕らえろっ!!」


 アイーリズ伯爵がエリノアを怒鳴り散らしたあと、騎士に向かってエリノアを拘束するよう命じた。「はっ!」と短く返事をした騎士たち数名がエリノア目掛けて剣を向ける。そして、残りの数名にエリノアはそれぞれ片腕ずつ掴まれた。


「きゃぁ!? お、お待ち下さい!! 一体、何ですの!? 離しなさい! わたくしは何もしていませんわ!!」


 自分が何をしたことで拘束されようとしているのか、理由が分からずエリノアは訴える。その間も騎士がロープでエリノアを後ろ手で拘束していく。すると、アイーリズ伯爵がフンと鼻を鳴らした。


「幾らカレンデム公爵令嬢と言えど、貴族の娘に刃物を向けて傷付けようとするのは重罪ですぞ!!」

「わたくしが刃物を? なんのことです?」

「とぼけるな! 私の娘をそこの短剣で脅して、傷付けようとしただろう!!」

「なっ!?」


 わたくしが……!? いやいや!! 寧ろわたくしはナターシャ様に突き飛ばされた被害者なのですが!?


 エリノアが驚いている間も「早く連れて行け!」とアイーリズ伯爵が騎士たちを急かす。エリノアは拘束された状態で雑に歩かされて、バルコニーから室内に戻った。


「アイーリズ伯爵! 何かの間違いだ!! エリノアがそんなことする筈がない!! 頼む! 通してくれ!!」


 イアンの声にエリノアがハッとすると、エリノアはの元に向かおうとするイアンが騎士に阻まれていた。


「お兄様っ!!」

「カレンデム公爵家の者はこの件に関わっている可能性が高い! 至急、全員の身柄を拘束するのだ!!」


 アイーリズ伯爵が高らかに叫ぶ。すると、それまでイアンを足止めしていただけの騎士がイアンの腕を掴み、ロープを使用して後ろ手で拘束してその自由を奪った。

 エリノアがアイーリズ伯爵に視線を戻すと、伯爵がどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべているように見えた。


 下手をすればイアンも父のレイモンドも立場が悪くなってしまう。この状況では何かを訴えかけても状況を悪くするだけだと察して、エリノアは口を噤む。


「待て!」


 そこに一つの声が響いた。

 エリノアが連れられていた騎士たちと共に立ち止まると、声の方に振り向く。そこには、いつになく怖い顔をしたウィルフリッドがエリノアとアイーリズ伯爵の方へ歩いて来ていた。

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