Chapter 10: 第零紀元(Genesis 0)
——「Rewriteとは、世界の再定義だ。」——
——“Rewrite is the redefinition of the world.”——
「
あの都市の残骸が、今や
焦土の中心に、俺はひとり立つ。
吹き荒れる風が、灰と記憶の残滓を運ぶ。
空に開いた裂け目は、まるで神経質な宇宙の口。
こちらを凝視しながら、世界の底を露わにしていた。
黒の風衣は裂け、赤い粒子はもう残っていない。
左手は既に半透明化し、情報の流れに還ろうとしている。
右手の
それは、なおも俺を「終わり」に繋ぎとめている唯一の鎖。
右目が、断裂した世界を映す。
左目には、空白。
視界にあるのは、ただ静かすぎる虚無と、遠く唸る空の裂け目。
——その時だった。
灰色の風の中、白い影が現れる。
白霧。 彼女の軍服は一糸乱れず、風にすら揺れない。
氷藍の瞳が、俺を静かに見据えていた。 その手には、微かに光る懐中時計。
「……これを。」
低く、抑えた声が落ちる。
彼女が差し出した時計を、俺は無言で受け取る。
蓋を開けると、針は止まっていた。
だが、その瞬間—— 時計の表面に刻まれた
「第零紀元へ還れ、鏡夜。」
白霧の言葉が、風に溶ける。
裂け目の奥から、認識を逆撫でするような囁きが落ちてきた。
「……殞存者……還れ……」
音ではない。
感覚そのものに入り込んでくる“干渉”。
それは、名を持たない支配。
懐中時計が熱を帯び、俺の手の中で震え出す。
——
曖昧で猙獰、形の定まらない黒き長袍。
その瞳には、収束しない無数の未来が明滅していた。
まるで「歩くシステムエラー」。
存在そのものが、世界の設計から逸脱している。
「殞存者」
——過去と未来を踏みにじる語調。
「お前のRewriteは、俺の降臨を加速させる」
俺は一歩も動かない。
代わりに、目の奥で映像が走った。
視界に、幻像が現れる。
——崩壊した空。
——焼け落ちる都市。
——墜ちる星々。
——終焉コードの破片が、風に舞い、命の上に降り注ぐ。
「Rewriteでは、現実は変わらない」
終焉王の言葉には、冷笑が混じっていた。
掌に現れる
その頁に書かれているのは、俺の過去——失敗の記録。
「これは、“未来を覆寫する道具”」
「そして未来の終点——それは、俺だ」
牙を食いしばる。
だが、恐れはない。
右手が動く。
「未来?」
声は低く唸りとなる。
「なら、そのクソみたいな未来ごと、ぶっ壊してやる」
——この運命を、俺の名で Rewrite するだけだ。
一歩、踏み出す。
——俺の身影が、「第零紀元」の虚空へと突入した。
終焉王が、無言で嗤う。
長袍が揺れ、裂け目がさらに広がっていく。
そして——
紅蓮の咆哮が、闇を裂いた。
「崩壊幻影」が
それは、紅蓮の執念が
——終焉王の力に抗う残響だった。
怒りと執念が残した、終わらぬ残像。
「鏡夜……目を覚ませ」
その声は、かつての仲間としての哀願だったのか。
それとも、執行者としての命令だったのか。
構う必要はなかった。
俺は刃を交える。
紅と黒の衝突。衝撃波が戦場を切り裂き、空間が軋む。
数歩後退し、膝をつく。
焼け焦げた外套の隙間から、冷たい汗が伝う。
「……お前の影まで俺を阻むのか」
幻影は、笑う。
それは、人間の笑みではなかった。
「鏡夜、お前の夢はここで終わる」
——視界が歪む。
烈焰。
実験台。
金属の椅子と、血塗れの手術灯。
——五年前。
「抑制が間に合わない! 終焉体活性、上昇中!」
「構造崩壊警報! 肉体維持が限界——!」
鋼の拘束。
引き裂かれる胸部。
沈み込む
魂を抉る痛み。
意識を削り取るコードの浸食。
——「やめろッ! 彼が——!」
紅蓮の怒声。
だが、世界は容赦しなかった。
「死にはしない」
「彼は、器として完成される」
終焉王の胎動。
世界の終わりを孕む、唯一の異端。
「還れ……還れ……還れ……」
——意識が断ち切られる。
再び、目を開いた時、目の前には刃があった。
獄焰刀。
その圧力に、呼吸が詰まる。
「……俺は、お前たちの道具じゃない」
低く、怒りが噴き出す。
闇刃を地に突き立て、吠える。
「——瞬間削除、《Rewrite》!」
刀身が紅黒の奔流を放ち、削除の法則が炸裂する。
終焉王の幻影が砕け、紅蓮の影が塵へと変わる。
天空が怒りの咆哮をあげ、裂け目が痙攣する。
呼吸を整え、膝をついたまま、俺は視線を上げた。
右目には、ただ一つの意志。
「……
立ち上がる。
唇が僅かに歪む。
「——今度は俺が、“抹消”してやる」
その瞬間、懐中時計が再び熱を帯び、手の中で震え出す。
——時間が、歪む。
左腕の
終焉王の視線が、冷たく俺を貫く。
「還れ……殞存者……」
——意識が、闇に沈む。
そして——
懐中時計の針が、微かに動き出す音が、虚無を貫いた。
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