本来の目的

 【キメラ】に求婚され、ついでに(?)ジェーン・ドゥの話を聞いた私は、一先ず『B』の本部へと戻ることにした。

 【キメラ】から聞いた話からすると、ジーンの母親の殺害はジェーン・ドゥの仕業で間違いないようだ。

 これで分からない事の三つの内、『1何故ジーンの母親は殺されたのか』は分かった。

 ジーンを自らの信徒とするために、彼女の身内を殺したのだ。次に知り得そうなのは、『何故【リリス】は無意味なジーンの護衛を依頼したのか』だ。


 依頼を私に持ちかけてきたエリーニュスに聞けば、何か掴める物があるかもしれない。


「貴様、何故探偵の真似事をしているのだ」


 エリーニュスにザックリと事の顛末を報告すると、開口一番そう言われた。

 言われて見ればそりゃそうだ。


「まぁ、流れで……マモとかジーンとか助けたいし、何でか求婚されちゃった【キメラ】からも謎解きさせられてるしさ」


「言うことに欠いてその妄言を繰り返すか」


「いや、私もそれに関しては妄言にしたいけどさー」


「良いか? 俺は貴様に新たな『異能』を開花するためにジーンとやらのストーカーと戦闘してくるよう言った筈だ」


 確かにそう言われた。


「それが何故【リリス】様の悪行だのジェーン・ドゥの生い立ちだの魔女を助けるだのの話になるんだ」


「んなこと私に聞かないでよ。あと、【キメラ】との結婚の話は妄言じゃないから。私も信じがたいけど」


「貴様……我らが【キメラ】様は伴侶を持たない事で通っているのだぞ。貴様なんぞを妻にするか」


 そう言えばエリーニュスは羊の"獣人"だった。【キメラ】は信仰の対象そのものだ。


「嘘なんかついてないってば」


「そこまで言うなら証拠を……何だ? 指輪?」


 私は『疑われたらこれを見せるように』と渡された結婚指輪を、ポケットから取り出す。

 さすがに薬指につける度胸は無かった。


「ふん。そんなもので騙せるとでも……まて、その指輪の彫り。まさか、【キメラ】様の家紋か?」


「らしいけど」


 家紋。それは神々に関連する物にしか彫る事の出来ない紋様で、家紋が彫られている物にはその神の権威がそのまま宿っていると思って良い。

 偽造などしようものなら特殊な魔法で関知され、【12議席】がすっ飛んでくる。


「なる……ほど……。いや、納得出来ん! 何故あの話の流れで貴様と結婚することになるんだ!」


「それは私が知りたい」


「ま、まぁ良い……。何にせよ俺がお前の所属する『B』のリーダーであることに変わりはない筈だ……」


「リーダー云々はどうでも良いけどさ、疑いが晴れたなら私の質問にも答えてよね。今回の依頼、何かおかしいとか思わなかったわけ?」


 エリーニュスは、うぅむ。と顎に手を当てて唸る。


「実はだな、違和感を覚えてはいたのだ。戦闘力で有翼人のマーナードが軽んじられるのはともかく、龍人であるガーニールを弾くか? そう思っていれば、【リリス】様が貴様に言い放った選出基準が『擦れていたかどうか』だった。処女の話かと思ったがどうも違う……」


 それは私も少し考えていた。

 ガーニールやマーナードがダメで、私が選ばれた理由。


「どうにもきな臭く感じてな。パトロンであるトリエントからも再三『【リリス】様には気を付けろ』と言われているので、お前をさっさと撤退させようという話になったのだ」


「あーそうなんだ。でも【リリス】は簡単には帰してくれなかったと思うよ? 何か企んでるなら尚更。まぁ、今は【キメラ】に保護されたからそこは気にしなくて良いけどさ」


 そう思うと、あそこで【キメラ】に会えたのは幸運だったのかもしれない。

 認めたくないけど。


「うむ。我らとて策を講じていなかったわけではない。お前が【リリス】様の館から帰ってくる口実が出来れば良いのだから、くだんのストーカーを追っていた。今はトナトが張り付いている筈だ」


「へぇ、やるじゃん」


 私に仕事を任せてサボっている訳ではなかったか。

 さすが、やる時はやるリーダーである。

 しかしなぜ張り付かせているのだろう。トナトの『異能』なら影で拘束することも容易いだろうに。何か捕まえられない理由でもあるのか?

 でなければストーカーのストーカー等滑稽ではないか。


「よし、では行ってこい」


「ん? どこに?」


「ストーカーと戦ってこい。『異能』の開花の為にな。その為にストーカーのストーカー等滑稽な事をやらせているのだから」







 と言うことでマーナードに連れられて、ストーカーがいるという場所までやってきた。

 そこは歓楽街と住宅街の境目、属に『路地裏』と呼ばれる無法地帯だった。


 幅10mほどの道路が歓楽街の外周を沿う形でグルリと環状線を描いており、そこでは浮浪者や行き倒れの者たちが、粗末な小屋や廃棄された家屋で1日を過ごしている。


 『路地裏』は元々ごく普通の商店が並んでいた歓楽街をグルリと囲む大通りだった。

 しかし【リリス】の介入によって無法地帯と化した歓楽街から市民の足が遠退くにつれ、歓楽街に面する『路地裏』からの住人の退去が相次ぐことになる。


 現在では廃墟に犯罪者が逃げ込み、独自のコミュニティが誕生して警察の侵入を阻み始め、歓楽街を中心とした負のサイクルを形成してしまっていた。


「それで、そのストーカー……と言うかそれを追跡してるトナトは『路地裏』のどこにいるって?」


「さぁ?」


「さぁって……」


 まさかこの広大な『路地裏』を全部調べろと言うのか。

「大丈夫、大丈夫! 研究所を壊滅させたディーちゃんなら『路地裏』を練り歩いても平気だよ! じゃあ私帰るから」


「え、ちょ! マジで一人で行くの!?」


 私が慌てて振り返った頃には、白い羽がヒラヒラと舞っているだけだった。


「あんのクソ野郎……!」


 飛べるんだから上から探すのを手伝うとかしないのかあいつは。

 だが幾ら言ってもマーナードは戻ってこないので、取り敢えず『路地裏』を進むことにする。

 すると直ぐに数人の男たちに囲まれた。


「おいおい、お嬢ちゃん。こんなところに一人でぐぶらぁ!?」


 男のセリフが終わる前に、吹き荒れた突風が男を『路地裏』の端まで吹き飛ばした。

 私の風を操る『異能』である。


「悪いけど、そのセリフ全部聞いてる余裕ないんだよね」


 うっ。と怯んだ他の男たちを、私は睨み付ける。


「もう全員ぶっ倒すか」


「待て待て、騒ぎを起こすな」


 そんな声に続いて私の影から真っ黒な紐が伸び、周りにいた男たちをあっという間に縛り上げてしまった。


「な、な、なんじゃこりゃぁぁああ!?」


 男の叫び声に答える様に影から顔を出したのは、影を操る『異能』を持つトナトだ。


「あ、トナト。聞いてよ~、マーナードに置いてかれてさぁ」


「なんだこの紐! ち、千切れねぇ!」


「あいつに何を期待したんだ? いつもあぁだろ。それにマーナードは回復の『異能』を扱う。真っ先に倒れてもらっても困る」


「おい、悪かったよ。別に襲おうとか思ったわけじゃなくて……」


「そりゃそうだけど……」

 

「ちょ~っと脅してか弱いお嬢ちゃんには帰ってもらおうと思っただけなんだよ~。頼むからこの紐ほどいて……」


「うるさいんだよさっきから! 話に割り込んでくるな!」


「いててて! 脇腹を蹴らないでくれ!」


 縛られて転がりながらも口を閉じない男の横腹を蹴り上げて、はぁ。とため息をつく。


「それで、トナト。ストーカーはどこに……」


「案内したいのは山々だが、この『路地裏』には独自のルールがあってだな……そのストーカーに容易に近付けないんだ」


「何それ? あんたの『異能』なら潜入とか簡単でしょ?」


「いや、そういう意味では無くて……『路地裏』には新入りが警察の手から逃れるまで匿うと言うルールがあるらしくてな……」


「どこまで腐ってんだ……」


 つまりはこうだ。

 『路地裏』には幾つかの組織があり、ここに逃げ込んだ犯罪者はその組織のいずれかに匿ってもらう。

 その代わりその組織に一生の従属を捧げる誓いを立てる。


 こうして組織は構成員を増やし、犯罪者は最低限の生活を保証される。

 ストーカーが中々警察に捕まらなかったのもこれが原因か。


「ストーカーが逃げ込んだ組織ってどこ?」


「『唐草』だな。特に規模が大きい組織だ。正直ストーカー1人の為に『唐草』を相手するのは割りに合わないぞ? それこそ、そこら中に構成員がいる。『路地裏』の情勢にも詳しくない拙者たちが出来る事は……」


「へへへ、お困りだな? お二人さん」


 と、そこで私とトナトの視線が、地面に転がる男に再び向けられる。


「何? ようやく静かになったと思ったら。犯罪者に貸す耳なんてないんだけど」


「いや、ここだけの話、俺たち実は一般市民なのよ。犯罪なんてやったことない無辜むこの民」


 辺りを伺い、声を潜める男の目には真剣な表情が見てとれる。


「そんな無辜の民がこんなとこで何を?」


 どうせ真剣に騙しているとかそんなところだろうと、期待せず尋ねて返ってきた答えは、私の予想を遥かに越える物だった。


「俺たちは皆、歓楽街に娘や息子を浚われてる。ここに潜伏しながら、子供たちを取り返せる日を夢見てるのさ」







 男たちに連れられてたどり着いたボロボロの小屋の中には、様々な種族の中年位の男性が集まっていた。

 皆私たちが小屋に入ってきたことに一瞬動揺したが


「あーあー、事情の説明は後! 取り敢えず席を空けてくれ!」


 と諫められ、小屋の中心にある粗末なテーブルを空けてくれた。

 私たちに声をかけてきた男が奥の椅子に座り、私たちはその対角線に座る。


「さて、先ず自己紹介だな。俺はカール。種族は人間。10年前に娘を借金のカタに連れ去られ、以降ここで活動してる」


「拙者はトナト。種族は鼬族」


「私はディー。種族は人間。とある風俗嬢のストーカーを追ってるんだけど……」


「あぁ、それに関してはぜひ協力させてもらうが、一つ確認させてくれ。本当に、あんたは『リリスの館』から出てきたのか?」


 カールの言葉で、また小屋の中に動揺が広がった。

 一通りざわめきが収まったところで、私も口を開く。


「うん。でも私の場合は【キメラ】に助け出された……普通の方法じゃ無理だと思う」


「【キメラ】様が……そうか、くそ」


 期待した分落胆も大きかったのだろう、私を責めるような、悲しむような、何とも言えない空気が小屋に充満する。

 ほら見ろというトナトの視線が痛いが、それでも私がここまで来たのには理由がある。


「カールさん。あんたの娘、マモって名前じゃない?」


「娘を見たのか!?」


 ガタッ!とカールが勢いよく椅子から立ち上がる。


「見た。っていうか話したよ。叔父さんの借金の肩代わりに自分から歓楽街に向かったって」


「た、確かに娘の事の様だが……何で分かった?」


「目元とか顔が似てたし……何よりお人好しそうだったから」


「は、はは……そうか……。いや、もう10年も連絡が無くて……そうか……」


 やはり、【リリス】はマモと父親の連絡を断たせていたか。

 涙ぐむカールを見て、益々【リリス】への怒りが積もっていく。


「すまん、少し席を外してくれるか」


 震える声でそう言われ、私たちは一旦小屋から出る。

 そして小屋の中から聞こえてくる嗚咽と励ましの声を聞いて、私も決心する。


「決めた」


「何をだ?」


 察しているだろうに、呆れた口調で聞いてくるトナトに、私は宣言する。


「『リリスの館』をぶっ壊そう。あんなもの、あっちゃいけない」


「また大きく出たな。その心は?」


「【リリス】とジェーン・ドゥはグルで、この調子だとジーンすら信用出来ない。私に対して何か企んでたのは確かだし、何よりマモみたいな人たちを見過ごせない」


「なるほど、では俺の見解も述べて良いかな?」


「何?」


 嫌味な意見でも飛んでくるのかと身構えたがトナトが発した言葉は


「もしやストーカーもグルなのでは?」


 という、突拍子もないものだった。


「え? なんで?」


「ここは歓楽街に面する『路地裏』だ。ここで暫く過ごして分かったが、『路地裏』においても【リリス】の影響力は大きい。にも関わらず、『リリスの館』の風俗嬢のストーカーがこの場所で野放しというのは……」


 確かに、それは一理あるかもしれない。

 そうなるとやはり、既にジーンもジェーン・ドゥの"信徒"に堕ちて、彼女たちとグルになっているかもしれない。


「結局、私の周りには敵しかいなかったわけか」


 マモやトリエントとの接触は予定外だろうし、この分だとジーンを使って私も"信徒"に堕とす気だったのかもしれない。

 それならば、意味のない護衛を頼んできた理由も分かる。


「まぁ、良くあることだ。そう落ち込むな。それにストーカーがグルなら、捕まえれば事が進展するのでは?」


「そうだね。さっさとストーカー捕まえて『リリスの館』もぶっ壊そう」


 そんな風に話していると、小屋から目の下を腫らしたカールが顔を出した。


「すまない、待たせて。ではそのストーカーの件について話そうか」


 小屋に戻ると再び複雑な感情が混じった視線を向けられるが、図太くそれを無視してもう一度椅子に座る。


「それで、この『路地裏』の情勢を教えてくれるって話だけど」


「あぁ、『唐草』はデケェ組織だが、別に一強って訳じゃない。幾つかの組織が鍔迫り合いをしながら覇権を握らんとお互いの弱味を狙ってるのが現状だ。そんで俺たちは『唐草』の弱味を一つ知ってる」


「へぇ、やるじゃん」


 『被害者の会』と勝手に呼ばせてもらうが、この男たちは中々本気らしい。


「この弱味を他の組織に流す。すると、『唐草』と他の組織が抗争を始めて、新人に構っていられなくなる筈だ」


「あぁ、なるほど。でもそれって『路地裏』がヤバい事になるんじゃ……」


 情報を流した『被害者の会』も無事ではすまないだろう。間違いなく抗争の中心に祭り上げられる。


「そりゃそうなんだが……正直に言うとな、俺たちは半分諦めてるんだ、子供たちを助けるのを。俺は10年だが、長命な種族の中には数十年離ればなれのやつなんてのもザラにいる」


「だから……?」


「あんたを助けたいんだよ、ディー。子供たちに出来なかった分」


 なるほど。子供たちを助けられなかった代わりに、同じような境遇の私を助けたいと。

 しかし私は別に拐われた訳ではないので、マモたちの代わりにはなり得ない。

 そもそも私たちがストーカーを追っている事情を聞いてこない辺り、もう彼らも自棄になっているのではないだろうか。


「ありがとう。でも良いよ」


「な、なんだと? 嘘じゃないぞ? 少なくとも『唐草』には隙が出来る……!」


「いや、そうじゃなくて……どうせならマモには元気なお父さんと会って欲しいからさ」


「その気持ちは嬉しいが……頼む、俺たちは結局何の成果も得られなかったが、お前たちを助けることが出来たと思えば……」


「満足に死ねるって? このままじゃ満足な死なんて来ないよ。どうせ死ぬ直前になって『やっぱり子供に一目会いたかった』って後悔するに決まってる」


 だって、彼らは本来侵さなくていい危険を侵してまで『路地裏』に潜伏していたのだ。

 そんな彼らの強い想いが、私を助けた程度で満たされる筈がない。満たされて良い筈がない。


 現に私の言葉を聞いて『被害者の会』は誰も彼も俯いてしまっている。

 結局、彼らだって子供たちに会えるのが一番の筈だ。


「大丈夫だよ、皆は確かに成果を得た」


「成果だと? 一体……」


「私に決心させてくれた。後は任せてよ、私たちに……いや【キメラ】様に」


 私が懐から【キメラ】の家紋が刻まれた指輪を取り出すと、その場にいたトナトを含む全員が、ザアッ!と身を引いた。

 そして暫くして【12議席】が粛正に来ないことを確認すると、カールがようやく机の上に乗っている指輪を恐る恐る持ち上げた。


「本物か……? しかしこりゃ、上等な指輪だな……まさか、結婚指輪?」


「とにかく、私は【キメラ】と深い関係を持ってるって事。だから後は任せて良いよ。『唐草』だって、真正面からぶっ潰してやるから」


 目の前で【キメラ】の威光を見せられては、『被害者の会』は黙り込むしかない。


「分かった……ここは引き下がろう。だが、一体あんたは何者なんだ? 『リリスの館』にいたり、【キメラ】の家紋を持ってたり」


 尋ねられ、少しだけ思案したものの、答えは浮かばなかった。


「さぁね。私も、私が何者なのかなんて分かんないよ」

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