#38「終わらない襲撃2」

 虹の森上空。火災現場に向かおうとした鈴葉りんは一同の前に、電撃を操る黒猫、エレが立ち塞がる。

 エレは五十を超える黒いツルを従え、そのうちの二十近くのツルの先端には、獣型魔物や人型妖怪の成れの果てが繋がれていた。ツルに操られた者たちが一斉に鈴葉へ襲いかかる。


 地上では風沙梨と皐を守りながらの戦闘を強いられた鈴葉だが、今の二人は鈴葉の後ろにいて、空中ということもあり、すぐに逃げられるようになっている。鈴葉も同じく空中におり、上下左右どこにでも素早く移動ができる。さらに魔物たちには黒いツルという弱点まで見えている。

 これまで二度襲われた時と比べ、人数こそ不利ではあるが状況はそれほど悪くない。


「皐と風沙梨はエナの奇襲に警戒してて!」


 鈴葉はそう警告すると、飛んできた妖術を素早くかわす。敵と距離を取って攻撃を避け、余裕ができると紅葉の団扇で圧縮した風の刃を放つ。

 狙える黒いツルを風の刃で切断し、脅威は少しずつ数を減らしていく。


 その様子を見たエレは二本の尾を振る。それを合図に、獲物を持っていない黒いツルが一斉に鈴葉へ向かって空を泳ぐ。

 まだ獲物をつけているツルと、何もつけていないツル。そして鈴葉に切断されたツルは断面を再生させ、何もつけていないツルとしてそのまま攻撃に加わる。


 鈴葉は空中を跳ねるように軽やかに回避を続けるが、数が数だけにいつツルに捕らえられてもおかしくない危なっかしさがあった。それが鈴葉自身にも理解できていた。反撃したいのだが、次から次へと迫るツルを目で捉えるのにいっぱいで、攻撃する隙が無い。なんとか風の刃を放っても、魔物たちを庇うように手ぶらのツルが前に出て、切られてもすぐに再生してしまう。

 何度かツルが体を掠め、妖力を吸われる感覚があった。巻き付かれでもしたら妖力や体力を吸われ、魔物たちのように操り人形にされてしまうのだろう。

 鈴葉は苦境に歯を食いしばりながらも、ツルの猛攻に対応する。前と左右の三方向から迫ってきたツルを上に飛んで避け、さらにそこを狙ってきた後ろのツルを、腰を捻じってすれすれでかわし、巻き付かれないように距離を取る。


 『師匠! 後ろから二本来ます!』


 耳元に風沙梨の声がした。音を操る能力を使った、離れた場所からサポートだ。

 鈴葉は翼を羽ばたかせて高度を上げながら後ろを確認する。鈴葉を狙っていた二本のツルが鈴葉の後を追って上へと伸びてきていた。


 空中を駆けまわり何とかツルを避け続ける。飛びながらツルの場所を捉え、同時にエレの姿も探す。無数の黒いツルがあちこちで蠢く中、小さな黒猫の姿はツルに紛れて目立たない。


「風沙梨! エレは何してる?」


 鈴葉は追ってきたツルを引き離しながら叫ぶ。

 こちらだって一人で戦っているわけではないのだ。少し離れた場所にいる相棒と呼べる風沙梨の力があればなんとかなると、鈴葉は自身を励ます。


『あちこちに飛び回って……何しているんでしょう』

『あ、風沙梨さんあれ! ツルに触れて電気を帯びさせていますよ』

『本当ですね……。師匠、聞こえましたか? ツルに細工をしているみたいです。触れると感電するかもです。気をつけてください』


 風沙梨と皐の会話はしっかりと鈴葉の耳に届いていた。内心でありがとうと感謝を述べると、よりツルに触れないように精密な動きを意識する。


「あ! いた!」


 方向転換をした先で、黒いツルに両手で触れて電気を帯びさせているエレの姿が見えた。帯電したツルはそのまま鈴葉に向かってくる。さっと周囲を見れば、青白い電気を纏ったツルが増えている。

 鈴葉は団扇に妖力を込めると、自身の周りに風を渦巻かせる。そして空中で止まると、鈴葉を囲んで竜巻が発生した。エナとエレに襲われた時に使ったのと同じ手だ。


 迫ってきた黒いツルは竜巻に触れるとその風圧で簡単に千切れ、風に巻き込まれて上空や周囲に吹き飛ばされていった。帯電したものも竜巻と接触し、電気もろとも竜巻に飲み込まれる。

 一時的にツルの攻撃を防げるようになったが、鈴葉も竜巻の中から外へは攻撃できない。竜巻に気づいて不快そうなエレと睨み合う。


 鈴葉に攻撃ができないのならばと、黒いツルは標的を変える。

 鈴葉との戦闘中、何本かのツルは皐と風沙梨にも向かっていたのだが、皐が持ち前の逃げ足で距離を取るため、ツルはあきらめて鈴葉の方に戻っていた。しかし今回は全てのツルが皐と風沙梨の方に進む。


「これは無理です!」


 皐は目にも留まらぬ速さで背を向け、一直線にツルと反対方向へ逃げていく。その方向は今もなお炎を上げている森の方。

 鈴葉が動き回ったことにより、あちこちへばらけていたツル。皐と風沙梨は少数のツルから逃げながら、少しずつ位置をずらして火災現場に近づいていた。植物なら炎は苦手ではないかと話していたのだ。


 竜巻の中にいて動けない鈴葉と、鈴葉に向かい合うエレを置いて、皐と風沙梨、そして全てのツルが一斉に移動する。

 風沙梨を背負っていようとも皐の速さに追いつけるツルはなく、二人は燃える森の上空まで辿り着く。そこで皐は振り返る。

 二人の予想通り、炎から距離を取って止まっている黒いツルの群れ。


「へへん、ここまでは来られないみたいですね」


 皐が得意げに笑う。

 そんな二人とツルを見たエレはギリっと歯を強く噛み合わせ、鈴葉を置いて自らが火災の方へ向かう。


「行かせないよ!」


 ツルの脅威が皐たちに向いている今、鈴葉は竜巻を解除し、エレに風の刃を三つ放つ。

 エレはすいすいと空中を移動して風の刃を回避した。鈴葉をキッと睨むと、仕返しに両手から電撃を放つ。


 鈴葉はそれを待っていた。

 団扇を振るい、目の前に竜巻を発生させ、少し後ろに下がって距離を取る。

 鈴葉の代わりに竜巻は電撃を受け、自らを構成する風の中に電気を取り入れる。バチバチと青白く光る竜巻は、鈴葉の風を操る能力によって前方に進行する。電気を帯びたまま、まっすぐエレの方に。


 逃げようとするエレに、鈴葉は追撃で風の刃をいくつか飛ばす。回り込むようにカーブして進む風の刃の軌道を読むのに、エレの意識が割かれる。その集中力の乱れは、エレの思っている以上に竜巻の足が速いことに気づけないというミスを生み出してしまった。


「っ!?」


 風の刃を回避して竜巻に視線を戻したエレは、視界の情報よりも先に体が引っ張られる感覚に驚く。そして予想よりはるかに速く目の前に迫っていた風の渦に、青い目を見開く。

 エレの小さな体はもう風の力に抵抗することができなかった。周囲の空気を飲み込む竜巻に引き寄せられ、自らの電撃で発光した渦が視界を埋め尽くした。





「お、鈴葉さん、やったみたいですね!」

「ツルに追い回されている時はどうなるかと思いましたが、なんとかなってよかったです」


 電撃の竜巻に飲み込まれ、戦闘不能となったエレ。吹き飛ばされて落下していくところを鈴葉が受け止め、意識のないエレを普通のツルで縛り上げていた。

 その様子を皐と風沙梨が燃える森の上から眺めていた。目の前にはまだ黒いツルが立ち尽くすように固まっている。


「このツルたちどうします?」

「どうと言われましても……。師匠に切り刻んでもらうしか」


 安全圏にいるが、そこから出られない二人。なるべく煙に当たらないように風向きに合わせてうろうろする程度しか動けない。

 夏の気温だけでも暑い所を、下方からも厚い空気が上って来る。太陽はほぼ真上に位置し、昼間の強い日差しを地上に注ぐ。いつの間にか虹の森の代名詞である虹が、北と南の空に架かっていた。


「今日は二つですか~。多い時は五つくらい同時に見えるんですよ」


 皐が暇つぶしとばかりに虹の話をする。もちろん視界に黒いツルを入れ、何かあればいつでも逃げられるように警戒はしている。

 風沙梨が返事をしようとした時、下の方から炎以外の音が聞こえたような気がした。風沙梨は皐の背に捕まったまま、燃える森に耳と目を向ける。


「どうしました?」

「何か音が……。バチバチと、それこそエレさんの電撃みたいな音だったような」

「でもエレさんは鈴葉さんが捕らえていますよ?」

「うーん。エナさん、とか?」

「エナさんは電撃を扱えないはずですが……」


 皐はツルを警戒しながらちらちら森の方も見て風沙梨の話を聞く。

 風沙梨も耳を澄ますが、炎の燃える音に妨害されて他の音をなかなか感知できない。


「あ、今稲妻みたいな光りが見えました」

「ええ~? 本当ですか?」


 風沙梨の報告に皐は首を傾げる。火事の中に誰かがいるのか、エレのような電撃を扱う者がいたかどうかを記憶から探るが、思いつく人物はいない。


「ちょっと降りてみます? ツルも火の中には来ないでしょうし」

「お願いします」


 皐は風沙梨の指示に従い、火の手が薄い場所へ降りていく。あまり燃えていない場所ということは、大量の緑のツルに覆われているということだ。地上に降りて逃げられなくなるのは勘弁だということで、ツルにあまり浸食されていない木の枝の上に立つ。

 すぐに移動できるよう、風沙梨は背負われたままだ。


「何か見えますかね~?」

「……。はっ! 右の方です!」


 風沙梨が音を聞き取り示した方向は火の手が強い場所。正直皐はそちらに行きたくない。翼が燃えてしまうかもしれない。


「どうしてもですか? ちょっと危なさそうなんですけど」


 渋る皐だが、風沙梨は真っ直ぐにそちらを見つめて真剣そうな顔をしている。


「エナさんがいるかもしれません。それに、戦っているのでしょうか、敵対し合っているような雰囲気です」

「エナさん……。余計に行きたくなくなりましたが、敵対? もしかしたら私たち側の人ってことですよね」


 皐はうーんと悩む。エナがいる可能性があるならば、二人で行くよりも鈴葉を待ちたい。しかし鈴葉と燃える森の間には黒いツルがおり、再生するそれらを倒すには時間がかかるだろう。エナと戦っている、味方になりうるかもしれない者がそれまで耐えてくれるかも分からない。


「とりあえず、上から見てみませんか? ツルや木が焼けて、見通しが良くなっているかもしれません」

「そうですね。安全第一で行きましょう」


 皐は立っている木の枝を蹴り、宙に躍り出る。高度を上げ、風沙梨が音を聞き取った場所の上空へ向かう。

 かなり激しく燃えているが、ちらちらと地上の様子も見える。


「にゃあああ! 小細工を!」


 聞き覚えのある声。やはりエナだ。

 皐と風沙梨は無言で頷き合い、エナの姿を探す。


 木の上にまで炎が回っている場所は邪魔なツルも燃え、地上がよく見えた。そこに苛立たし気に黒い尾を振り、両手に青い妖力を纏ったエナがいた。

 エナの睨む先には二人の少女。金髪で白いワンピースを着た少女が前に、その後ろにはベージュのキャスケット帽を被った茶髪の少女がいた。

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