#23「夏祭り2」

 空に打ち上がる光の大輪もクライマックスを迎え、野老屋村のろうやむらの北にある草原に余韻の静けさが流れる。やがて満足げな溜息や感想を述べる話し声で周囲はざわつき、集まった祭り客もぽつぽつと村の方へ戻って行く。


「終わっちゃった。……すごく綺麗だったね」


 上空で流される煙をまだ見上げたまま、鈴葉りんはが寂しそうに呟く。夢から覚めたような、ふわふわした感覚が残っていた。


「もっと見ていたかったな」


 霊羽れいはも少し物足りなそうな顔をし、花火が打ち上がっていた空の下の方に目をやる。当然再び花火が上がることはない。


「物足りないくらいが丁度良いんですよ。また見るために、来年も来ましょう」

「さすが風沙梨かさり、言うことが大人!」


 鈴葉や霊羽より小さく、幼い子供の見た目をしている風沙梨だが、百年以上生きている妖怪である。十代の鈴葉と霊羽からすると立派な先輩だ。

 そんな風沙梨だが、妖怪の中では百歳といってもまだまだ若い部類であり、大人と言われて苦笑いを浮かべる。


「もうお祭りも終わってしまうのですね……」


 里緒瀬りおせが祭り会場の方を眺める。少しずつだが、片付けを始める屋台が出てきている。祭りに来た客も徐々にその数を減らして行く。


「もうちょっと雰囲気楽しみたいなー。ぶらぶら歩こうよ」

「構いませんが、もう妖鉱石ようこうせきがないので何も買えませんよ」

「わ、分かってるよ」


 欲を言えばまだまだ食べたいし遊びたいのだが、風沙梨に釘を刺された鈴葉は目を泳がせる。それを見た霊羽と里緒瀬がやれやれと肩をすくめた。

 そこへ鈴葉達の少し前の位置で花火を見ていたヒコとカリンがやって来る。


「そっちはまだ見て回る感じか?」

「うん。もうちょっと雰囲気楽しみたいなーっと思って」


 ヒコの問いに鈴葉が答える。そうかとヒコが呟き、カリンと目を合わせる。


「あたしらはこの辺にしとこうと思ってな」

「そっかぁ。じゃあここでお別れだね」


 寂しそうに肩を落とす鈴葉。控えめなカリンも一歩前に出て、小さく頭を下げる。


「その、今日は皆さんのおかげてとても楽しめました。ありがとうございました」


 四人の視線が集まったせいか、言い終わるや否やカリンは恥ずかしそうにもじもじしてヒコの後ろに下がる。ヒコは慣れたもんだとカリンを気にすることなく、気さくに鈴葉達に手を振る。


「そういうわけで、今日はありがとな。あたしらも野老屋の森に住んでるし、また村で会うかもな。その時はよろしく」


 ヒコとカリンは手を振りながら、南の方へ向かって人通りの少ない店の間を進んで行く。


「またねー!」


 鈴葉が大声で叫びながら手を振る。風沙梨、霊羽、里緒瀬も小さく手を振り、別れの言葉を口にする。

 人が少なくなってきたとはいえ、まだ祭りを楽しんでいる者もいる。それほどしないうちに、ヒコとカリンの姿はそんな祭り客に埋もれて見えなくなった。


「急に静かになった感じするな」

「そうだね。……ほら、行こ! お祭り終わっちゃう」


 ピークを過ぎた賑やかさの余韻を感じる一同。ここで突っ立っていても仕方ないと、鈴葉は先頭に立って道を歩き始める。気になる屋台を覗き込んでは興味深げに、または羨まし気に商品や景品を眺める。

 霊羽と里緒瀬はまだ少し手持ちに余裕があるのだが、それを口にすれば最後、鈴葉の食欲にすべて持っていかれるだろうと、財布の口を固く締めるのだった。




 四人は怪魚掬いの前を再び通りがかった。鈴葉以外の三人の興味が怪魚掬いにチャレンジしている客に向いていた時に事は起こった。


「ん? お嬢さん、飴いるかい?」


 フルーツ飴の店主の女性が、じっと商品を見ている鈴葉に声をかける。


「あ、ごめんなさい。もう妖鉱石持ってなくて……」

「ああ、実はそろそろうちも片付けようとしててね。商品余らせるのももったいと思って。よければ何本か貰ってくれるかい?」

「ええ!? い、いいの?」

「定番のリンゴ飴はなくなっちゃったけどね」


 店主のまさかの言葉に鈴葉は口をあんぐりと開ける。店の台には串に刺さった色とりどりのフルーツ飴が十本強残っている。周囲を照らす提灯の光で飴がキラキラ輝き、宝石のように見える。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな……」


 鈴葉はどれにしようかと商品に顔を近づける。串ごとにフルーツの組み合わせが違っていて、どれも美味しそうに見えるため悩ましい。やがてイチゴとマスカットが交互に刺さった串を一本手に取る。


「これで!」

「はーい。これはおまけ」


 女性はにこりと笑い、帰ろうとした鈴葉にさらに二本の串を渡す。


「本当にいいの? ありがとう!」


 押し付けるように飴を差し出す店主から串を受け取り、鈴葉は満面の笑みを浮かべる。そして早速飴でコーティングされたイチゴを口に含む。薄い飴をパリパリと噛み砕き、甘くも酸味があるイチゴと共に味わう。


「んんー! 美味しい! こういうの初めて食べたよ。普段食べる果物と違って、オシャレな感じでいいね!」

「喜んでくれて何よりだよ」


 鈴葉は次にマスカットも頬張り、女性と雑談を交わす。客も少なくなっているため、店の前でのんびりしていても問題になる事はなかった。今のところは。

 鈴葉と店主の様子を、隣の屋台の男性が興味深げに観察していた。そして会話が途切れたところで、おずおずと鈴葉に話しかける。


「嬢ちゃん、よければうちのチョコバナナも貰ってくれねえか? こっちも、ちと余らせてしまってよ。持って帰るにしても傷んでしまいそうでさ」


 男性店主は紙トレーの上に、たっぷりのチョコとカラースプレーがかかったバナナを二本乗せ、鈴葉に差し出す。目の前に出され、反射的に右手に飴を持ち、左手でバナナを受け取る。


「え!? ええ!?」


 貰ってから驚く鈴葉。そして背後からまた別の声。


「おいおい、そいつのところのよりうちの方のたこ焼きの方がうまいぜ!」

「うちのカステラも味見していかないか?」

「景品のお菓子を多く用意しすぎてさぁ」


 なぜか人が鈴葉の周りに集まり始める。持ち帰る食べ物を減らすため、もったいなさのため、ライバル店が商品を渡しているため、何となくノリで……と、理由は様々だが、人だかりがさらなる店主を呼び寄せる。

 支払う妖鉱石を全く持っていなかった鈴葉の腕に抱えきれない程の食べ物が押し付けられ、嬉しいながらも混乱する鈴葉。ちょっとした騒ぎに、よそ見をしていた風沙梨達も気づき、その集団の中心に鈴葉がいるのを知って目を見開く。


「ど、どうなっているんですか、あれ」

「さあ……」


 風沙梨と里緒瀬が顔を引きつらせてさらに増える人々を呆然と眺める。霊羽は何か思い出すように首を傾げ、納得した様子で頷く。


「あいつ、昔から獣天狗けものてんぐの大人に好かれてたんだよな。それこそ山ほど食べ物貰って来たり、小遣い握ってくることも。よくズルいって言って分けてもらってたよ。これは、それが起こってるってことか……?」


 鈴葉の持つ謎の特技を聞き、風沙梨が困った顔をする。


「貰うだけなんて申し訳ないですし、払える妖鉱石も……。この人だかりもどうしましょう」

「まあ、祭りだしいいんじゃないか? 活躍したご褒美ってことで」


 霊羽は自分の起こした事件のことを思い出して苦笑いする。鈴葉がはくを連れて来なければ、霊羽を止めてくれなければどうなっていたか。鈴葉が功績者の一人であることに間違いはないが、これといった報酬は渡されていない。大勢の店主から餌付けされている今の状態を、無理に止める必要もないのではと霊羽は思うのだった。

 真面目な風沙梨は無料で物を貰うことに躊躇いがあるようだが、無一文の現状では為すすべもなく、しぶしぶ諦めて空を仰ぐ。


 しばらくして集団も店仕舞いのために自分の店に戻って行く。食べ物の入れ物と袋を大量に抱えた鈴葉が三人に合流した。


「なんか、いっぱい貰った。……いる?」


 三人はいくつか鈴葉の食べ物を持ち、それを摘まみながら祭り会場の出口へ向かう。三十分程鈴葉が囲まれていたのもあり、祭り客や店はさらに少なくなっていた。片づけをする人たちの邪魔にならないように店を覗くのはやめ、食べ物を頬張りながら雑談を交わす。


 やがて四人は南の道までやって来る。背後には祭りの灯かりが煌々と輝いているが、四人の眼前には一切街灯のない草原と暗い森が佇んでいる。喧騒と明るさから少し離れた静かな場所に来て、祭りの余韻に浸る。


「楽しかったですね」


 里緒瀬が満足気に溜息を吐く。晴れた星空を見上げ、穏やかな景色にそっと微笑む。


「祭りの準備は大変だったけど、当日は一瞬だったな。準備含めて良い思い出になったけど」


 霊羽は素っ気なく言うが、表情は里緒瀬と同じく満足そうだ。

 鈴葉と風沙梨も賛同し、しばらく静かな夜道で事件から今日のことを思い出す。ほとんどの者が記憶にない事件を経験し、なんとか無事に今日の祭りに辿り着けた。毎年猛間もうかんに開催される野老屋村の夏祭りだが、四人とも今回の祭りは毎年思い出すことになるだろう。

 鈴葉にとって初めての夏祭りは最悪を経験したが、最高の形になって体験できた。


「そろそろ帰るか」


 霊羽の言葉でそれぞれが思考から意識を戻す。


「あ、里緒瀬は東の道の方だよね。こっちまで来てもらってごめん」

「いえいえ、皆さんと一緒にいられたので構いませんよ。改めて、私と霊羽さんを救ってくれてありがとうございました。今日もとても楽しかったです。私、お二人に出会えて本当に良かったです」


 里緒瀬がぺこりとお辞儀をし、鈴葉と風沙梨に感謝を告げる。続いて霊羽も口を開く。


「いろいろあったけど、本当にありがとうな。二人や皆に、こんなに優しく受け入れてもらえて……。この感謝は一生忘れないぜ」


 鈴葉と風沙梨は黙って頷く。今日という結果に二人も心から喜んでいた。

 それじゃと言って、霊羽と里緒瀬が道のない草原を東に進み始める。


「あ、霊羽!」


 呼び止める鈴葉の声に二人が振り返る。風沙梨もどうしたのかと鈴葉を見上げる。


「その、これからどうするの?」


 鈴葉を探しに紅葉岳こうようだけから飛び出してきて、里緒瀬と共に暮らしているという霊羽。鈴葉を見つけるという目的を果たした今、霊羽がどこかに行ってしまうのではと不安が湧き上がった。


「どうって……考えてなかったな。とりあえず、里緒瀬と一緒にいようと思ってるけど……いいか?」

「もちろん!」


 霊羽の確認に全力で首を縦に振る里緒瀬。鈴葉と風沙梨が一年で深い絆で結ばれたように、霊羽と里緒瀬も大切な繋がりができたのだろう。鈴葉は安心して胸を撫でおろす。


「そう遠くないところにいるんだ。いつでも会える。……じゃ、またな!」

「うん! 村にも顔出してねー!」


 鈴葉と霊羽は別れの言葉を告げる。虹の森方向へ行く霊羽と里緒瀬の背中を見送り、鈴葉と風沙梨も野老屋の森の方へ帰り始めた。


「楽しかったけど疲れたー。明日はこの食べ物でパーティーしようね」

「楽しかったですね。食べきれますかねって、まあ師匠なら心配ありませんよね。はぁー、もう妖鉱石を使い切ったんですから、その食べ物以外はしばらく食べられないかもしれませんよ。ありがたく食べましょうね」

「えー!?」


 鈴葉達妖怪はほとんど食事を必要としない。普段の食事も趣味や娯楽に近いものであり、数十日食事を口にしなくても命に関わることはない。食べ物を買うための妖鉱石を使い切った風沙梨は、しばらくひもじい食事になると鈴葉に告げる。

 食事に楽しみを見出している鈴葉の悲しげな声が、夏の風に乗って野老屋の森を駆けるのだった。



――――――



紅河こうかわ鈴葉が生きていた、と」


 畳の広間にて、十人強の人物が騒めく。皆豪華な着物を纏っており、貴族やそれなりの地位についていることが見て分かる。


「妹の霊羽も野老屋村で確認できたそうです。どうされますか?」


 言葉を発した者含め、皆の視線が一人の人物に集まる。他の者より一段高い間に座った大柄な男。彼は報告を聞いて表情を険しくして腕を組む。


「霊羽には監視をつけろ。あいつは何としてでも我が手に取り戻さなければならん。鈴葉の方は放っておけ。隙があれば殺してしまってもいいが、霊羽に知られるのだけは避けろ」


 男の言葉に集まった他の者が再び騒めく。


「静かにしろ。大天狗様のお考えに異議があるのか」


 指揮天狗の一人が声を張り、皆が口を閉じる。紅葉岳を治める強大な存在、大天狗に歯向かおうと思う者はこの部屋にいない。大天狗の独裁に都合の良いメンバーが位を与えられているのだ。

 ただ一人を除いて。


「鈴葉はもう紅葉岳には関係ないでしょう。無理やり冤罪を着せて山から追い出したのに、さらに彼女を追い詰める必要はないのでは」


 冷静な少女の声。丁寧で落ち着いた話し方だが、言葉の芯には怒りが含まれている。


大天狗子だいてんぐし様、発言に気をつけてください。あれがどれほど危険な存在か、あなたもご存じでしょう」


 指揮天狗が大天狗子と呼ばれる少女に鋭い視線を向ける。少女は不満げに眉をひそめ、納得いかないと表情に出しつつも大人しく黙る。

 その後も大天狗と配下たちの会議は続けられた。


(今はまだ早い。予知夢によると発現は冬。二人ともそれまでどうか無事でいて。鈴葉、あなたの屈辱は私が必ず……)


 紅葉岳で渦巻く陰謀の中、対抗する小さな光が少女の瞳で強く輝いた。

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