#21「夜明け3」
家主である野老屋村の村長に連れられ、
村長と四人の他に村人の中から数人、村長の付き添いの初老くらいの見た目をした熊の妖獣の男性、牛鬼の男性、ろくろ首の老婆の姿もある。さらに祭りの運営として、中年くらいの男女の妖鳥も同行していた。
鈴葉達四人と村長達は座敷で向かい合う形になって座る。部屋は水の
「さて、ここでならゆっくり話もできるだろう」
車椅子から移され、唯一椅子に座っている村長が順番に鈴葉達を眺める。鈴葉がほとんど家から出てくることのないと言われている村長と顔を合わせるのは初めてだった。村長の表情は読み取れないが、年季の入った強面の顔は威圧感を与える。
「その子が今回の事件を引き起こしたと言ったな。聞かせてもらおう」
村長が霊羽と目を合わせる。鈴葉含め、その場にいる者全員が霊羽に注目する。不信感、好奇心、心配など、様々な色の視線を向けられ、霊羽は背筋を伸ばす。正座をして太ももの上に置いている拳を強く握り、ごくりと唾を飲む。
「こ、
「理由を聞かせてもらえるか?」
「理由は……わかりません。祭りを巻き込むつもりはありませんでした」
霊羽は困った顔をしながら話す。霊羽自身は能力を発動させたときのことを覚えていないのだが、村人たちはあやふやな返答を聞いて眉をひそめる。
「あ、あの! 私からいいでしょうか」
里緒瀬が手を上げる。村長が黙って頷くと、里緒瀬は周囲の視線の圧で微かに震えながら、霊羽の補足を話し出す。
「私は霊羽さんを祭りに連れて来た
里緒瀬は自分の見たことをなるべく詳細に語った。精神を消耗していた霊羽が、悩みに関係のある
村人たちがなるほどと呟く中、牛鬼の男性が首を傾げる。
「その話が本当だとしたら、どうして君は正気でいられたんだ? 全員、本人ですら怒りに飲まれて暴れていたんだろう?」
「え、えーっと……。どうしてでしょう……」
里緒瀬は助けを求めて霊羽を見るが、当然霊羽が何かを覚えているわけもなく首を横に振る。このままでは嘘をついていると疑われるかもしれないと、里緒瀬の思考が焦って真っ白になる。
「でも私たちと会った時、里緒瀬に一応自我はあったよ。会話は嚙み合わなかったけど」
鈴葉が口を挟む。村に馴染んでいる鈴葉の言葉に、村人達の視線が少し柔らかくなる。さらに補足をと風沙梨も身を乗り出す。
「私の予想ですが、霊羽さんは無意識に里緒瀬さんに影響が出ないように能力を調整したのではないでしょうか」
「どういうことだ?」
疑問を口にしたのは霊羽。風沙梨以外の全員が疑問符を浮かべている。
「霊羽さんは相当追い込まれた精神状況だったと聞きました。そんな霊羽さんにとって、唯一頼れる相手が里緒瀬さんだったのです。霊羽さんも暴走中は里緒瀬さんのことを覚えていたのですよね?」
「え、ああ。ぼんやりとだけれど」
霊羽は自信なさげに答える。ほとんど何も覚えていなかったが、何となく誰かを、恐らく里緒瀬を助けようとしていた気がする。
里緒瀬も若干暴走気味だったということで、鈴葉と風沙梨視点でも今日一日のことを説明する。村人達も祭りの状況はヒコとカリンから、ユニス氷山からの経緯は
「……つまり、今回の事件は事故であり、全く意図していなかったと」
話を聞き終わった村長が低い声で呟く。四人は強く頷く。村長は目を閉じ、毛に覆われた腕を組んで考え込む。
「祭り運営としてはどう思う」
村長は男女の妖鳥に尋ねる。妖鳥二人は顔を見合わせ、アイコンタクトで意見を交え、男の方が口を開いた。
「我々も事情は理解しました。霊羽さんに悪意がなかったことや、十分反省していることも伝わります。しかし、この祭りには多くの参加者がいます。幸い死者は出ませんでしたが、怪我人はいます。それに所持品や商品を失った人々も。全員がこの説明だけで納得するとは思えません」
参加者が納得するような補填や霊羽への罰が必要だ、祭り運営としてこのまま終わらせられないと、男は言葉の裏に滲ませる。村長も予想通りだと頷く。
「結構有名な商人が店を出していたんじゃったのぅ」
「虹の森の乱暴者も見かけたとか……確かにあいつらが素直に引き下がるとは思えねえな」
ろくろ首の老婆と牛鬼の男が苦々しく言う。二人とも味方になってやりたいと思っているが、事態の重さにお手上げだと溜息を吐く。
暗い空気が満ち、霊羽と里緒瀬が何も言わずに俯く。そんな二人の姿を見て、鈴葉は黙ったままではいられないとばかりに、膝立ちになって言う。
「私と風沙梨も説得に協力する! 他にもできることならやるよ。それでも、何とかならないかな?」
最後は自信なさげな声になってしまう。そんな鈴葉の言葉に、村長と熊の妖獣が小さな声で話し合う。風沙梨の聴力を持ってしても聞こえない、ほとんど口の動きだけで理解しあっているような会話だ。村人達も妖鳥の二人も、どうなるのかはらはらして村長と熊の男に目が釘付けになる。祭りの最終決定権は村長にあるのだ。
一分もしないうちに村長は鋭い眼光で鈴葉を、次に霊羽を見る。視線を固定したまま、ごほんと咳払いをして皆の注目を集める。
「霊羽。君には金銭面と肉体への罰が与えられる」
霊羽が身を固くする。鈴葉が抗議しようと口を開くが、それより先に村長の言葉が続けられる。
「君は十日後に再び行われる祭りのため、休息以外の時間を全て復興のために使いなさい。肉体労働、妖鉱石の採取、他にも参加者からの要望に応えよ」
「わかりまし……え?」
言いかけて、霊羽はぽかんと間抜けな顔をする。村長と熊の男以外の全員も同じように疑問符を浮かべて固まる。
「あ、あの、今なんと?」
妖鳥の女が苦笑いをして村長に聞き返す。村長は堂々と迷いない声でもう一度言う。
「十日後に行われる祭りのため、全力を尽くせ」
ずっと気難しそうな顔をしていた村長の顔には、これは覆らないとばかりの獰猛な笑みがあった。村長本来の豪快且つ愉快な表情が、初めて村長と会う四人を混乱させる。
「うわぁ、この人めちゃくちゃなこと言ってる」
思わず鈴葉の口から零れた本音に、村長と熊の男以外が内心で賛同する。村長は鈴葉の呟きを聞いて自慢げに笑うのだった。
――――――
祭りの騒動を誰が起こしたのかは、公に知らされなかった。鈴葉と霊羽の存在を紅葉岳の者に知られることに配慮してくれたのだ。村長や祭りの運営陣が影響力の大きい人物中心に説明を施し、後に参加者が集まっている村の南側で、大まかな事件の流れと、既に脅威が去っていることが告げられた。そして十日後に祭りをもう一度開くという知らせを聞き、その場にいた者も驚愕の声を上げた。いくつか批判の声もあったが、村人や納得した者に宥められ、揉め事は怒らずに済んだ。
参加者への報告が終わった後、細かいことは村側ですると言われ、鈴葉達は帰宅を許された。既に空は明るい青色で、朝日がぎらぎらと気温を上げている時間だった。一晩中飛び回り、戦ってした鈴葉達も言葉に甘え、霊羽と里緒瀬も連れて風沙梨の家へ向かった。
帰ってすぐ、全員死んだようにぐっすり眠り、目覚めたのは夕方頃だった。起きてから風呂や簡単な食事を済ませ、霊羽と里緒瀬は早速村の手伝いに出向く。
事件から二日後の昼前。鈴葉と風沙梨は暑さにうなだれながら野老屋村へ向かう。
「暑すぎる。もうちょっと涼しい時間に行きたかった」
「師匠が寝坊するからですよ。早朝なら気温も少しはマシだったでしょうに」
「だってまだ疲れてたんだもん」
そんなやり取りをしながら村へ続く南の道を歩いていく。草原に太陽を遮る影は一切なく、二人の体力を容赦なく奪っていく。
村につくと、村の隣では大勢の人がせっせと物を運んで祭りの準備をしている。瓦礫を運び出す者、新たな木材を運び込む者。本来の祭りの準備の時より人は少ないが、十人程度しか住人がいない野老屋村と比べると圧倒的に多い。会場から少し離れた場所には、遠方から来た者の寝泊りのためにいくつかテントも設置されている。
「あ、霊羽だ」
虹の森方面の東の道から、霊羽が切り揃えられた木材を肩に担いで歩いていた。その後ろに牛鬼の男性もいて、霊羽より多くの木材を運んでいる。
「おーい!」
鈴葉は霊羽の元まで歩いて行き、二人に挨拶する。風沙梨は日陰で別の村人と挨拶をしていた。
「よぉ……。マジあっちぃ、やべぇ」
「鈴葉ちゃん、ゆっくり休めたか?」
顔を真っ赤にして滝汗を流す霊羽と、余裕そうに挨拶する牛鬼。
「しっかり働いてるようで感心感心! おじさんこんにちはー。ゆっくりして寝坊しちゃった」
霊羽の背中をばしばし叩き、わははと笑う鈴葉。霊羽がジト目で鈴葉を睨むが、文句を言える立場ではないため、出かかった言葉を飲み込む。
「祭り会場、結構綺麗になってきたね」
鈴葉は辺りを見回しながら言う。壊れた屋台はほとんどなくなり、櫓も新しく組まれているところだ。あと八日もあれば、余裕で祭りに間に合うのではないだろうかと鈴葉は安心する。
「見た目はな。だが、商品や食べ物、壊れた設備なんかをそろえるのはまだまだだぜ」
牛鬼がどうなるのやらと苦笑いをする。きっとこの後霊羽は妖鉱石を探し回り、資金や設備のエネルギー源として見つけた妖鉱石を提供するのだろう。涼しい日に鈴葉も手伝おうと内心で思う。
「そういえば里緒瀬は?」
「里緒瀬は虎の仙人と北の方に行ってるぜ」
「へぇ、白さん今日も来てるんだ。って、噂をするとってやつだ」
大きな布袋を持った里緒瀬と白が北から歩いて来るのが遠くに見えた。
「何持ってきてるんだろう」
「さあ。私はまだ往復しないとだから、また後でな……」
霊羽は櫓の方へ木材を運んで行った。牛鬼の男にも挨拶をしてから、鈴葉は里緒瀬と白の方へ向かった。
二人と距離が近づくと、向こうも鈴葉に気づいたようで手を振って来る。二人とも笑みを浮かべているが暑さに参ってそうだ。
「二人は何を運んでいるの?」
二人と合流すると、鈴葉も横に並んで来た道を引き返す。
「妖鉱石です。やっぱり夏は水の妖鉱石の需要が高いので、ホワイトグラスの方まで行ってました」
里緒瀬が袋を担ぎ直すと、中の妖鉱石がカチャカチャと音を鳴らす。
自然生成される妖鉱石は、環境のエネルギーが集まって生成されることが多い。日光がよく当たる場所では炎や光の妖鉱石、暗い地中には地や闇の妖鉱石などという風に。ホワイトグラスやユニス氷山は寒冷地ということで、水の妖鉱石が見つかりやすい場所であった。
「雪乃にも貯めこんでる妖鉱石を分けてもらったの。水以外にもいろいろ持ってきたわ。おかげで結構な量になったわね」
白も機嫌良さげに袋を見せつける。
「寒暖差で体がおかしくなりそうですけどね……」
里緒瀬はホワイトグラスの寒さを恋しがるように遠くを見る。ちなみにホワイトグラスにいた時は野老屋村の暑さを恋しがっていた。
村の物資を置くテントまでやって来ると、里緒瀬は袋を地面に置いた。白は自分の袋を開け、中をごそごそと探っている。
「ちょっと試したいことがあって」
白が取り出したのは試験管。中には水色の液体が入っている。鈴葉と里緒瀬は嫌な予感がして顔をしかめる。
「あなたたち、
「あの爆薬で里緒瀬は吹っ飛ばされてたし、私も調子近距離で体験した」
「何となく覚えています……」
戦闘時の爆薬の威力を思い出し、二人であれは駄目だと首を振る。白は分かってないなぁと溜息を吐く。
「大丈夫よ、これは爆薬を応用した便利アイテムだから」
白はそう言ってテントの下から炎天下へ出ると、試験管の栓を開けて中の液体を空へばら撒く。爆発音を警戒して耳を塞ぐ鈴葉と里緒瀬だが、訪れたのは爽やかな風と持続する涼しい空気。
「爆発、しない……? 前の結界の中みたい」
「便利アイテムだってば。ずっと私の結界で村と祭り会場を涼しくするなんて無理だから、代わりになるものを作って来たの。一時間くらいは冷却効果が期待できるわよ」
「す、すごい! 天才だ!」
「昨日暇だったから作ってみたの。これで雪乃もお祭りに来れないかしら……無理か」
白は雪乃の寒さに特化しすぎた感覚を嘆きながら、範囲外の場所にも試験管の冷房効果を発動させに行った。
その後、村は涼し気な空気に包まれ、作業の効率が格段に良くなった。なお、虹の森に木材を取りに行こうとしていた霊羽は、熱い外に行きたくないと涙を浮かべるも、やはり文句を言えずに猛間の洗礼を受けるのだった。
鈴葉と風沙梨は丸一日とはいかないが、ほぼ毎日数時間村に訪れた。たまにヒコとカリンも顔を覗かせ、できる手伝いをして行く。
そうして日が経ち、事件から十日。野老屋村は二度目の夏祭りの日を無事に迎えることになる。
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