#7「ユニス氷山2」
ユニス氷山を手探りで登り、吹雪の中ようやく見つけたのは探していた
兎の敵意を即座に感じ取った鈴葉は、風沙梨を直接抱き上げて飛び、相手の射程から外れる。一秒もしないうちに、鈴葉と風沙梨がいた箇所に複数の光るエネルギー弾が撃ち込まれていた。
「いきなりなんなの!?」
鈴葉が空中から兎に怒鳴りつける。兎は答えることなく、鈴葉と狼の両方を相手にできるように距離を取り、また攻撃の準備を始める。
桃色のショートヘアに白い兎の耳、赤いベレー帽のような帽子。薄桃色の半袖セーラー服風な衣装の上に、クリーム色の毛皮のベスト。赤いミニスカートに白いニーハイソックス、赤いローファーを履いている。赤い瞳は敵意に満ちており、まともに話し合いができそうな雰囲気ではない。
「お前ら、あいつの仲間じゃなかったのか」
大鎌を肩に担いだ狼の妖獣が視線を兎に固定したまま、鈴葉の方へ声をかける。銀髪のショートヘアに青い瞳、茶色の狼耳と尻尾。赤い柄の鎌は百五十センチ強の狼と同じくらいで、峰の部分や装飾に水の
それに比べ、半袖ミニスカートの兎も雪山にふさわしくない格好であるが、こちらは頬や指が赤くなっており、寒さを感じているようだ。
「仲間じゃないよ。急に巻き込まれたんだけど、どういう状況なの?」
「知らねーよ、いきなり襲ってきたんだ」
狼の少女はそう言うと自身の前で大きく鎌を振るう。目の前に巨大な氷が地面から突き出てくる。鎌を振るうと同時に発射された、兎が放った複数の光弾を氷がひび割れながらも受け止める。
鈴葉の方にも光弾がいくつか飛んでくる。弾の大きさは小さいが、速度の速い十個ほどの弾が逃げ道を防ぐようにばら撒かれる。風沙梨を抱えた状態では団扇を扱えず、強力な風の術が使えない。妖力だけでも風を起こせるが、ここに来るまでに妖力を消費したせいでそれも使えない。
「私がやります! 師匠は回避に専念を!」
「分かった!」
風沙梨の指示に鈴葉は短く頷く。風沙梨は妖力を使い、二人を包み込む透明なシールドを作る。元々の妖力が少ない風沙梨のシールドでは、弾を一、二回防ぐのが精一杯だろう。鈴葉は風沙梨にしっかりと腕を回して抱きしめ、光弾の間を縫うように飛ぶ。頭から突っ込むように光弾に向かって飛び、身体を回転させて弾すれすれを通り過ぎる。避けきれない弾一つをシールドで防ぎ、兎の攻撃を突破する。弾の威力をシールドで相殺する際に風沙梨が大きく妖力を消耗し、食いしばった歯の間から呻き声が零れた。
鈴葉は弾を避けて飛んだ勢いのまま兎の後ろに回り込み、兎の注意力を散漫させる。鈴葉と風沙梨を兎の視線が追うと、その隙を突いて狼が鎌を携えて走り出す。足音で狼の接近に気づいた兎ははっと正面を見る。狼は鎌を振りかぶっていて、兎を気絶させようとする峰打ちがすぐそこまで迫っていた。
「大人しくなりやがれ!」
狼は兎の鳩尾を狙って鎌の峰を突き出す。兎は光を放つ分厚い四角のシールドを目の前に作り出し、大鎌の一撃を防ぎきる。シールドに受けた鎌の衝撃を利用して後ろに跳び、着地してからさらに左側に跳んで死角にいた鈴葉を視界に捕らえる。
さすがに複数人を相手にするのは厳しいのか、兎は数歩後退する。鈴葉たちが来た方の斜面にまで追い詰められていた。そこへ狼が鎌を降ろし、敵意がないことを見せつけながら声をかける。
「なあ、私らは戦うつもりはないんだ。とりあえず落ち着けよ」
「……薬をっ」
兎は警戒心を剥き出しにしたまま、切羽詰まった声で言う。
「だから私は薬は持ってないって――」
「またそれ! こんな時にそこまでして嘘を! もういいです! 話にならない!」
「話を聞けってば!」
怒りで錯乱した様子の兎は両手を突き出すと、膨大な妖力を溜め始める。狼が警戒して鎌を構える。兎の手のひらに眩しい光が集まり、顔面程の光の玉が二つ現れる。
「これやばいんじゃない?」
まだ空中で風沙梨を抱えている鈴葉が兎と狼を交互に見る。自分たちの安全のためにも、何が起こるのか見守ることしかできない。
兎はかっと目を見開くと、二つの光の玉から太いレーザーを放つ。夜闇を吹き飛ばすほどの光量のレーザーは狼や鈴葉ではなく、二人を通り過ぎて山の上へと真っ直ぐ走っていく。遠くで爆発音がして、光の中で雪が煙のように舞い上がるのが見える。
「馬鹿! 何してやがる!」
レーザーの行方を見ていた狼が兎に向き直ると、そこにはもう兎の姿はなかった。斜面へ向かって雪を蹴った跡が残っている。
「行っちゃった。なんだったんだろう」
鈴葉がぽかんとしながら地上に降りてくる。風沙梨を地上に降ろし、妖鉱石の温もりの恩恵を受け続けるために風沙梨の肩に手を置いたまま隣に立つ。そんな二人と対照的に、狼は焦った様子で二人に怒鳴る。
「何呑気な事言ってんだ! あの兎のせいで雪崩が起きるぞ! さっさと飛んで逃げろ!」
「へ?」
レーザーが飛んで行った方を眺める鈴葉だが、周囲は半月の明かりのみで、雪のせいで見通しも悪い。光線の残像が目に焼き付いた視界で、どこに雪崩がと目を細める。
鈴葉より先に風沙梨が耳をぴくりと動かし、どんどん顔を青くしていく。次第に鈴葉にも遠くでドドドと低い地響きの音が聞こえる。
「ほら! 行くぞ!」
狼が走り出す。深い雪に足を囚われることもなく、何の抵抗もないとばかりに雪の中を突き進んで行く。地面の上を走るような速度だった。ソリを回収する余裕もないと判断し、鈴葉はもう一度風沙梨を抱き上げると、狼の後を空から追う。
五分ほどスピードを落とさずに走り続ける狼と、飛ぶ鈴葉。背後から轟音と空気まで揺れる程の振動が伝わってくるが、狼の素早い指示のおかげで直接巻き込まれる事態にはならなかった。
十分に離れたところで、狼が足を止めて一息つく。相変わらず周囲は岩や氷の塊ばかりで、建物や人工物は見られない。鈴葉も次こそ風沙梨を地上に降ろし、休憩しようと近くの岩に腰かける。しかし風沙梨から離れた瞬間、全身に強烈な寒さが襲い掛かる。慌てて立ち上がり、妖鉱石の恩恵にあやかろうと風沙梨の肩を掴む。
「何してんだ?」
狼が鈴葉の動きを不審に思ったのか眉をひそめる。
「炎の妖鉱石なしじゃ寒すぎて」
「今夏だぞ。何が寒いんだ」
怪訝な顔をする狼と、その言葉を聞いて鈴葉と風沙梨も何を言っているんだと顔をしかめる。現在の気温はゼロ度を下回っている。
「ずっと気になってたんだけど、その格好で寒くないの?」
「全然」
「うわぁ、感覚壊れてる人だ……」
「壊れてねーよ! お前らが大層なんだろ!」
ノースリーブ短パンの狼を憐みの目で見る鈴葉に、狼は唸りながら反論する。まあまあと風沙梨が場を落ち着かせ、寒さから話題を逸らす。
「その、助けてくれてありがとうございました。私は
「
「そういや自己紹介してなかったか。
仙人と聞いて鈴葉と風沙梨は顔を見合わせる。二人が探しに来た虎の仙人、白とは別人だが、大きな手掛かりになることは間違いないだろう。
「あの! 白さんって方をご存じですか?」
風沙梨が期待の眼差しで尋ねると、雪乃は口を歪め、あからさまに嫌な顔をする。
「なんだ、あいつの客か。あの兎といい、今日は客が多いな」
雪乃は溜息をつくと降ろしていた鎌を担ぎ直し、ついてこいと来た道を戻り始める。鈴葉と風沙梨は黙ったままやったとガッツポーズを決め、歩く雪乃の背中を追う。話しているうちに雪も小降りになっていた。
「ここ、山の東側は私の縄張りで、白は山の西にいるんだ。お前らも薬目的か? あの兎も薬を欲しがってたみたいだけど、薬は白しか持っていない。説明しようとしたらあの暴れっぷりさ。あいつ変な薬でも流行らせたのか?」
雪乃は歩きながら軽い口調で二人に尋ねる。ここに来た目的を思い浮かべ、風沙梨が口を開く。
「兎の方のことは本当に何も知らないのですが、私たちも白さんの薬や薬術の知識に頼りたいのです。実は今、
「野老屋村……あー、夏祭りのところか。結構遠くから来たんだな」
風沙梨が村や祭りに来た人たちが怒り狂い、暴れまわっていることを説明する。喧嘩か何かじゃないかと聞いていた雪乃だが、異常な人々の規模や話も通じないことなど詳細を聞き、事態の深刻さに納得する。
「虹の森の聖人も頼れないとは。わざわざ山奥までご苦労だな。白が何とかできるかは分からないが、案内はしてやるよ」
そうして話しているうちに、先程雪崩があったであろう場所まで戻って来た。雪乃が氷の術で雪が落ちてこないように山頂側に氷の壁を作る。そして積もった雪を鎌を使って慣れた様子で掻き分ける。鈴葉と風沙梨は雪乃がある程度雪を退けてくれたおかげで、それほど苦労せずに歩くことができた。
「よし、雪崩の箇所も過ぎたし、スピード上げるか。飛んでついてきな」
雪乃は鎌を振るう。鎌についている装飾の青い水の妖鉱石が光る。氷の術が発動し、雪乃の足元の雪が氷に変わり、月明かりを反射してきらりと光る。氷は道となってまっすぐに西へ伸びていく。雪乃はそこに乗り、ブーツで氷を蹴って器用に滑っていく。走るよりも早く、傾斜を利用してさらに加速する。登りの斜面では鎌を氷に突き刺し、スキーのストックのようにしてスピードを維持している。
「寒そう」
鈴葉がぼそりと呟き、風沙梨を抱き上げて空を飛ぶ。雪乃のスピードは相当出ていて、空から追いつくのも一苦労だった。おかげでそれほど時間をかけずに山の反対側まで行けそうだ。
十五分ほど移動を続けると、岩か氷しかなかった雪山に、ぽつぽつと背の高い針葉樹が姿を見せた。雪乃は少しスピードを落とし、鈴葉も雪乃を見失わないように低い位置を飛んですぐ後ろを追う。進むにつれて木は増えていき、高速で移動することが難しくなる。雪乃は氷の道に鎌を突き刺してブレーキをかけ、ひょいと跳んで雪の上に着地する。鈴葉も木々の中を飛ぶのはこりごりだと、疲れた様子で雪の上に立つ。
「あとどれくらいなの?」
「もうすぐだ。この先は
雪乃は説明しながら雪を踏みしめて歩く。空を覆う針葉樹と、たまに白が道を整備しているおかげで、山の東側よりは雪が積もっていない。三人は早歩きで針葉樹の森を進み、ようやく崖が見えてきた。
「あそこだ」
雪乃が指さす先に、崖の壁にぽっかりと口を開けた穴があった。中に白がいるのか、外まで明かりが漏れている。穴の周囲は暖かいようで、雪が溶けて水たまりを作っている。
鈴葉と風沙梨が洞窟に向かって進むが、雪乃が足を止めていることに気づいて立ち止まる。
「どうしたの?」
鈴葉が首を傾げて尋ねる。
「もう道は分かるだろ。私はこれで――」
雪乃が言葉を濁して目を逸らし、帰りたいとでも言うように数歩後ずさる。急に態度が変わった雪乃を二人が不思議そうに見ていると、崖の方から気配を感じた。鈴葉がそちらを見ると、洞窟の明かりの中にこちらを見ている人影がある。逆光でよく見えないが、丸くて黒い虎のような耳が見える。
「あれが白さん?」
鈴葉の質問で、少し遅れて振り返った風沙梨がぱっと笑みを浮かべ、雪乃は自分の存在が見つかったことに頭を抱えた。
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