15 人間の基本

「ぐっはぁぁぁ!」


 だけど――私が、死ぬことはなかった。

 なぜなら霧男から放たれた霊波は、私まで届かなかったからだ。


 私の目の前には、信じられない人が立っている。

 その人が、私をかばってくれた。


「だ、大丈夫か……みどり……」


 ものすごいイケメンが、顔をゆがめながら私に言う。


「た、たぬき……」


 私に壁ドン状態なたぬき。

 その背中からは、何か黒い湯気のようなものが舞い上がっている。


「オ、オレだって、いつも気絶してるだけじゃない……」


「……」


「オレは……リ、リーダーだ……きつね巫女は……オレが助ける……」


「あ、あなた……」


「みどり……オレに惚れるな……いつだってオレは、HOTな男だ……や、火傷するぞ……」


「い、いや、火傷するぞって……今、まさに、あなたの背中から煙が出てるんですけど……」


「あとは、頼んだ……みどり、あいつを蔵の中に戻してくれ……この町を、守るんだ……美少女ヒロイン・赤居みどり……いや、きつね巫女……」


「たぬき!」


 たぬきが、グッタリとその場に崩れ落ちていく。

 なんとか彼を支え、私はすぐそばに横たわらせた。


 呼吸はしっかりしている。

 気を失ってるだけだ。


 だけど、たぬき……あなた、そんなにまでこの町のことを……。


「ほぉ。この男、気絶してるだけかと思ったが、なかなか根性があるな。狐野神社の宮司が、この男を跡継ぎに選んだのも、わかるような気がする」


 ヨユーの表情で言う霧男を、私はにらみつける。

 こ、こいつを……こいつを絶対に倒さなきゃ……。

 あの蔵の中に、封じ込めなきゃ……。


「しかし残念だ。宮司の血縁であるこの男を殺さなければ、結界の柵は破れない。こいつには、ここで死んでもらうしかない」


 で、でも……ダ、ダメだ……。

 さっきの霊波をかわされた私には、もう打つ手がない。

 だったら、私はここで、たぬきと……。


「さようなら、狐野たぬき。そして――きつね巫女」


 霧男の右手に、またしても黒い霊波が生まれてくる。

 私は、固く目を閉じた。


 ごめん、たぬき……美古都ちゃん……。

 私、もう、何もできない……。

 私たちが愛するこの町を守れなくて……本当にごめんなさい……。


「あきらめるな。たとえどんな状況であろうとも」


 突然、私の耳もとで誰かが言った。

 「え?」とそちらを向いた瞬間、私はスゥッと空に吸い込まれていく。


 な、何、これ?

 気がつくと、私は地上から十メートルくらい上空に浮き上がってきた。


 何、これ?

 マジで!

 きつね巫女の能力?

 って、空を飛ぶ能力なんて、私、持ってた?


「霊波の準備をしろ」


 さっきの声が、私の肩口から聞こえてくる。

 そちらを見て、私は「え……」と言葉を失った。

 私の肩にチョコンと座っていたのは――例の、あの日本人形だったのだ。


「よ、予言人形……」


「その呼び方は好きではないな。私には、もっとちゃんとした名前がある」


「ちゃんとした、名前が……」


「まぁ、そんな話はあとだ。今は、ヤツを蔵に戻すことに集中しよう。お前は霊波を作れ。これまでで一番大きなやつだ」


「も、もう作れないよ……さっきの大きさが、限界だった……」


「お前ごときが、自分の限界を決めるな。死ぬ直前まで、お前は可能性のカタマリだ」


 空中に浮かんだまま、私は人形の言う通りにするしかない。

 右手を地上の霧男に向け、意識を集中した。


 さっき最高に大きな球体を作ったので、頭がクラクラする。

 私の体力も、もはやあまり残っていない。


「まだやるのか、きつね巫女? しかしお前程度の霊波では、私を倒すことはできない。あきらめろ。狐野神社も、この町も、もう終わりだ」


「そ、そんなこと、させない……」


 私は、右手に意識を集中し続ける。

 すると右手に生まれた球体は、これまでで一番大きくなった。

 だけどこの程度の霊波で、あの霧男を倒せるとは、到底思えない……。


「そのくらいでいいだろう。よく狙え。一発で仕留めるぞ」


「ダ、ダメだよ……こんな霊波じゃ、あいつを倒せない……」


「気合いを入れろ。あの青いきつね巫女と木偶の坊を助けるんだろう? 仲間を助ける気持ちは、お前の力を増大させる。人間の基本だよ」


「人間の、基本……」


「この町を守れ、きつね巫女! お前なら、それができる!」


 人形の言葉に、私は意識をさらに右手に集中させる。

 少しだけ、さっきより霊波が大きくなった。


 私は、信じる……。

 たぬきと美古都ちゃんを守るために……。

 自分を、自分の力を、信じる……。


「よし。準備オッケーだ。撃て、きつね巫女」


「こいつを倒す! この町を守る! 仲間を守る!」


 そう叫ぶと同時に、私は右手から光の霊波を発射する。

 それはまっすぐに、霧男に向かって飛んでいった。


「何度やっても同じだよ、きつね巫女! お前に私は倒せない!」


 私が放った巨大な霊波は、どんどんヤツに進んでいく。

 そこで、私は大きく目を見開いた。


 お、大きく、なってる?

 霊波がヤツに近づいていくとともに、大きさが倍以上に巨大化しはじめていた。

 その様を見て、霧男も顔色を変える。


「な、何だ、これは? あのレベルのきつね巫女が、こんな霊波を放てるとは思えない! だ、誰だ? 誰が協力している? 神か? 神レベルの力を持つ者か?」


 それが――霧男の最後の言葉だった。

 直径三メートルはあろうかという私の霊波が、ヤツに直撃していく。


 大きな爆発が起こった。


 風圧で神社内の木々がしなり、土や砂利、参道の石の破片が周囲に飛び散っていく。

 その爆発の中、そこに倒れたたぬきと美古都ちゃんは、ドーム状の透明な何かに包まれていた。


 あ、あれは、バリア?

 二人を、守ってるの?


 爆発に飛び散った黒い霧の破片が、蔵の中に吸い込まれていくのが見えた。

 私は、ジッとそれを目で追う。


「よくやったな、きつね巫女。あいつは蔵の中にふたたび封印された。これでこの町の平和は守られるだろう」


 私と肩の人形は、ゆっくりと空から舞い下りていく。

 地面に足がつくと、私はその人形を抱きかかえた。


「あ、あなたが今、私の霊波を大きくしてくれたの?」


「あぁ。私は今回、この戦いに協力するために狐野神社にやってきたのだ」


「じゃあ……あなた、この蔵の結界が破られそうなの、知ってたってこと?」


「私だけではない。女子高生が来ただろう? あの女は、このあたりの霊気を吸い込み、わざと階段から落ちて邪悪な霊気を持ち帰ったんだ。彼女にも感謝しろ」


「す、鈴木さんも……」


「それじゃあな、きつね巫女。私は帰る。あの木偶の坊が死ななくて本当に良かった。あいつは単なるアホだが、狐野神社・宮司を継ぐには十分な才能を持っている」


「た、たぬきが……才能を……」


「お前があいつの面倒を見てやれ。とりあえず、ルックスだけはイケメンだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 私は、人形の体を前後に振る。

 だけど人形は――グッタリと首を垂らし、もう何も喋らなくなっていた。


 美古都ちゃんが言ったように、中に誰も入っていない状態だ。

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