4 きつねマーク

「そんなわけで……今からオレに付き合ってもらえないかな?」


「付き合ってって……私と、狐野くんが?」


「そう。オレとキミ」


「え、いや、でも……」


 私、モジモジが止まらない。


「ダ、ダメだよ。私と狐野くんじゃ、ぜんぜんつり合わない」


「つり合わない?」


「だって狐野くん、女子のファンが多いじゃない? 私、フツーすぎるし。狐野くんなら、私じゃなくて、もっと他に可愛い子が……」


「いや、そういう話じゃないんだよ。オレには、キミが必要なんだ」


 狐野くんが、私の右手を取る。

 え?

 狐野くん、意外と積極的?


 私の小っちゃくて可愛らしい手が、彼の大きな手に包まれる。

 あ、あったかい……。

 彼のクールなまなざしは、まっすぐに私だけを見つめていた。


「オレにはキミが必要なんだ。だから赤居さん、オレと契約してほしい」


「け、契約?」


「そう。そして今すぐ、付き合ってほしい」


「え、でも……」


「オレとキミは、こうしてこの学校でめぐり合った。これって、運命だと思うんだ」


「運命……」


「そう。オレ、じつはキミを初めて見た時から『この人は、ずっとオレが探し求めていた人だ』、そう感じてたんだ」


「初めて見た時から……」


「だから――オレと契約してほしい。お願いだ。これは、オレの人生がかかってるんだよ」


 話のスケールが、大きすぎます……。

 でも……。

 ホホを赤く染めながら、私はうつむく。


 そっか……告白って、こういう感じなんだ……。

 狐野くんって、すごく情熱的。

 超イケメンにコクられるって、こんなに気分がいいものなんだね……。


 ひょっとして私の魅力、小五でいきなり覚醒しちゃったのかな?

 これから『モテてモテて困る』夢のような人生が、始まっちゃう?


「そ、それじゃあ……まずはお友だちからってことで……」


「十分だ。キミの気持ちは確認した。契約は成立だ。引き続き、調印ちょういんを行うよ」


「ちょ、ちょういん?」


 次の瞬間――狐野くんに握られた私の右手が、金色の光に包まれた。

 まるで夏の日のホタルみたいに、ポゥッとした輝き。

 直後、私の右手の甲に、何かアザみたいなきつねの顔が浮かびあがる。


 な、何ですか、これ?

 ファンシーグッズのイラストみたいな、めちゃくちゃPOPなきつねマーク。

 え? 可愛い♪

 ――いや、そうじゃない。


 こ、これは、何?

 きつねの顔をした、印鑑みたいなアザ……。


 でもそのきつねマークは、すぐに消えていく。

 元通りの私の右手に戻った。


「な、何? 何なの、今の?」


「あぁ。調印だよ。オレとキミが契約したあかし


「契約した、証……」


「さて。時間がない。そろそろ行こう。記念すべき、キミの初仕事だ。なぁに、大丈夫。オレが色々と指示を出すよ」


「し、仕事って?」


「ん? オレの仕事に付き合ってくれるんだろ? まかせといてくれ。オレはこう見えて、スゴ腕と呼ばれてる男なんだ」


「あ、あの、ちょ、ちょっと意味がよくわかんないんですけど? 私、狐野くんの彼女になるんだよね? って言うか、お友だちからって――」


「彼女? 何だよ、それ? オレはキミに『仕事に付き合ってくれ』って言っただけだ」


「か、彼女じゃ、ない……」


 狐野くんは、「はぁ?」って顔で、私を見てる。

 その時――私はお腹の底から、グングンと怒りがわき上がってくるのを感じた。


 バシーーーーーンッ!


 気がつくと、私は少し背伸びをして、彼の顔面にビンタをお見舞いしていた。

 しかも、全力!

 フルスイング!


「お、お、女の子をバカにするなぁ!」


 私のビンタの直撃をくらい、狐野くんがスローモーションで地面に倒れていく。

 超イケメンの彼が、わずかにほほ笑みながら、その場にどさりと転がっていった。


 校舎裏、私たち二人の間を、冷たい風が通り抜けていく。


 え……き、狐野くん?

 い、生きてますか?

 し、死んでない?

 私、ひょっとして、やりすぎた?


 で、でも、悪いのは狐野くんだし!

 私、ぜんぜん悪くないし!

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