8 狐野神社は、この町の人々の声に寄り添う

 あの、こちらは……老舗旅館か何かでしょうか?


 目の前に並んだ料理を見て、私はめちゃくちゃ驚いていた。

 焼き魚、温泉タマゴ、お吸い物、色鮮やかなサラダ、こちらは……和牛ステーキ?


「こ、これ、全部美古都ちゃんが作ったの?」


「はい。なにしろ急でしたもので、あまり大したものが作れませんでした。申しわけございません」


「い、いや、こちら、ガチの旅館みたいなんですけど? す、すごすぎです……」


「まぁ、みどりさんったら、お上手ですわ。でも、ありがとうございます。さぁ、どうぞ。召しあがってくださいませ」


「い、いただきます!」


 遠慮なく、私は目の前の料理を食べはじめる。

 う、うわぁ……マ、マジか、これ……。

 どれもこれも、めちゃくちゃ美味しい!


 何?

 美古都ちゃん、プロ?

 ホントに、小五?


 って言うか……美古都ちゃんって、一体どんな人なんだろう?

 きつね巫女としての彼女もすごいけど、こんな料理をサッと作れる彼女もすごい。

 これが、女子力ってやつか……。


「ねぇ、たぬき」


 料理を食べながら、私はとなりのたぬきに言う。


「何だ?」


「あなた、いつもこんな感じで、美古都ちゃんが作った料理を食べてんの?」


「まぁな。美古都はウチの食事担当だ」


 たぬきが、モグモグと食事を続ける。

 でも――やっぱり彼は、それを気にしていた。

 もちろん、私だって気にしてる。


 私たちの目の前にチョコンと座っている……テーブルの上の、この日本人形を……。


「しかしアレだな……こんな人形にジッと見つめられながら食事するって、あまり気分の良いものではないな」


「たぬき。この子に醤油とか飛ばしたら、きっと呪われるよ」


「それは、キミが気をつけろ。米粒、落としてるぞ」


「でも……この子って、ホントに喋るのかなぁ?」


「喋るみたいだぞ。そもそもこいつは、予言人形として近所では昔から有名らしい」


「予言人形?」


 私が聞き返すと、焼き魚を口に放り込みながら、たぬきが続けた。


「どこの土地にも、そんな人形は存在する。動く人形、表情を変える人形、髪の毛が伸びる人形、そして――人間を呪う人形」


「ちょ、ちょっと! そういう冗談はやめてよ! マジで!」


「本当の話だ。そして予言人形であるこいつが、数日前『次の連休までに、私を狐野神社に預けろ』と言った。そりゃあ、連れてこないわけにはいかないだろ?」


「ってことは、何? この子、何かここで予言するの?」


「いやいや。そんなわけがないだろう」


 たぬきが、ヨユーの表情で言った。


「あくまで、そういう『噂』だ。あの奥様も『聞き間違いだったかもしれない』と言っていた。でも、まぁ、念のためだ。常識的に考えて、人形が喋るわけがない」


 たぬきが言うと、美古都ちゃんがめちゃくちゃ静かに口を開く。


「今、この子の中には――誰もいませんよ」


 彼女の言葉に、私とたぬきは箸を止めた。


「え、あの、誰もいないって?」


 私が聞くと、美古都ちゃんがうなづく。


「中に誰も入っていないのです。今のこの子は、単なるお人形さんでございます」


「ってことは、いつもは誰かが入り込んでるってことか?」


 真剣なたぬきに、美古都ちゃんはやっぱり冷静に続ける。


「はい。おそらくこのお人形は、依代よりしろです。予言する者は、他にいます」


「よ、依代って?」


 私の質問には、たぬきが答える。


「霊が宿る、物や場所のことだ。今回の場合は、霊がこの人形に憑りつき、その口を借りて喋るということなのだろう」


「やっぱ……何かが憑りつくんだ……」


 私は、ビビる。

 今は誰も中にいないって美古都ちゃんは言うけど、それでもやっぱビビる。


「み、美古都ちゃんって、そういうの、わかる人なの?」


「美古都は、物の気持ちを読み取ることができる。これは生まれつきの特殊能力だ。他の誰にも真似できない」


「ねぇ、たぬき」


「何だ?」


「私、今、すっごく良いこと思いついちゃったんだけど?」


「どうせロクなことじゃないだろうが……まぁ、いい。一応、聞いてみようか」


「このままこの人形を、蔵の中に閉じ込めとくってのはどうかな? そうすれば、怖い予言を聞かなくてもいいし」


「狐野神社は、この町の人々の声に寄り添う。たとえそれが、人形であってもだ。おまけにこの人形は『次の連休までに』と言った。そこに意味があったらどうする?」


「みどりさん――」


 美古都ちゃんが箸を置いて、私を見る。


「先日も申し上げました通り――たぬきは、私たちのリーダーなのです」


「は、はい……」


「ここはひとつ、私たちが大人になるべきではないでしょうか? この町の人々の声に寄り添わないたぬきに、一体何の価値があるでしょう?」


「きっつ……美古都ちゃん、私よりきっつ……」


 箸を取り、美古都ちゃんがおだやかに食事を再開する。

 たぬきはトホホな表情で、ただひたすらおかずを口に放り込んでいた。


 しかし……と、私は目の前の人形を見つめる。


 この子、ホントに喋るんだろうか?

 そしてそれは、マジで予言なの?


『次の連休までに、私を狐野神社に預けろ』


 それって、もしかして、この連休中に何かあるってことですか?

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