第1話 金屏風に映る灯
「あ〜、やっぱり電波入らないかぁ……」
駅を出るなりわたしは嘆息した。
鳥乃光学研究所の近辺は電波遮断されている。
わたしはこれを周辺に電波施設を設置しないことで実現しているものだと思い、わざわざ会社の備品である
「まったく何が天下無双の高出力よ!」
わたしは駅のロッカーにアンプを放り込むと、怒りまかせに言った。
『天下無双の高出力でどんな電波暗室も立ちどころに突破!あなたのステキな
アンプの箱に入っていたチラシの売り文句を思い出し、余計に腹が立ってきた。
「まっったくっ!」
わたしは近くにある小石を蹴り飛ばした。
***
「なかなか面白いことを考えるなぁ、九堂博士は」
足元に転がる小石を手にとると、比奈島博士は楽しそうにそう言った。
前回のように山道を登り研究所へと辿り着いたのは昼頃。
すでに桃の花は散り始めており、新緑が目に付く。
その風景は、前回の訪問から日にちは経っていないのに、隔世の感があった。
そこに佇む研究所の前で博士は、わたしを出迎えてくれたのだ。
おそらく庭掃除をしていたのであろう。
その日は白衣ではなく、ラフな格好であり、わたしが声をかけるまで道に落ちていた小石などを拾っていた。
電波が届かないということは、ロボット家電も使えないので、必然的に掃除は人力任せになるのか。
分かりきっていたこととは言え、現実を見たわたしは感慨深かった。
わたしも自宅の構造上、比較的電化製品の少ない暮らしをしているが、それでも電波の有無でここまで違うのか。
そんな事を考えていたながら博士に経過報告をした時の回答がこれだった。
「確かに受け手側が影響を受けいない状態にすれば、当面の問題は有耶無耶にできるね」
「当面ってどれくらいでしょうか?」
そう付け加える博士に、わたしは疑問をぶつけていた。
その問いに博士は少し考えていたが、静かに返してきた。
「ざっと見積もっても千年から万年単位かな?」
すこしとぼけた風に返してきた博士の笑顔は、子どもの時の九堂の様に無邪気さを感じさせていた。
「ならやっぱり影響はないと考えていいんですね」
わたしはホッとしつつどこか納得いかない気持ちのまま話を切り上げようとした。
千年以上先の未来の話なんて
そう心のなかで整理をつけていると、博士はポツリと呟いた。
「でも先代所長、いえ、あの子の母はなぜトリノ
その言葉にわたしは少し考えてみる。
やはり、『光を臨む』と書く以上、
「彼女が『トリノ光臨』と名付けたのは、局地極光が観測されるより以前だったんだよ」
まるでわたしの考えなどお見通しと言わんばかりに博士が話を続けた。
局地極光を見る前に、『トリノ光臨』の名前が有った……。
「光臨はね、『相手の来訪』の意味する言葉なんだよ、それも相手を敬う形のね……」
わたしは驚きのあまり声が出せないでいると、最後に博士はこう結んだ。
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