第二章 ある大学生の来店
ある日一人のお客さんがやってきた。大学生ぐらいの男性に見える。珍しい。
「いらっしゃいませ」
おばあちゃんはいつものように笑顔で声をかける。男性はおばあちゃんに向かって大きな声で聞いた。
「記憶を渡せるってのは本当か?」
何それ? 変な人が入ってきちゃった。私が焦っていると、おばあちゃんは神妙な顔で言った。
「誰から聞いたんだい?」
「そんなことはどうでもいいんだ。本当なのか?」
「代償があるよ。それでも渡したいのかい?」
「それでもだ。渡さなきゃいけない記憶なんだ」
なに? なにが起こってるの? 記憶を渡す? そんなファンタジーなことあるの? 私は混乱していた。
おばあちゃんは一枚紙を男性にさしだして、「これが作り方だよ。種は今から取ってくる」といって二階に行った。
男性と二人きりになってしまった。気まずい。男性は熱心に渡された紙を読んでいる。意を決して私は男性に話しかける。
「記憶を渡すってどうゆうことですか?」
「なんだ、婆さんに聞きゃいいだろ」
それもそうだ。男性はまた紙に目を向けた。おばあちゃんが2階から帰ってくる。
「それを読んでも、気持ちは変わらないかい?」
「ああ」
「わかった。これがそのりんごの種だよ。6年から10年で育つ」
「そんなにかかんのか!?」
「りんごを育てるんだ。時間はかかるし手間もかかる」
「そうか。わかった。ありがとな婆さん。またなんかわかんねえことがあったら聞きにくる」
「そうかい」
おばあちゃんは複雑な顔をしている。男性が店を出ると、私はおばあちゃんに尋ねた。
「記憶を渡すってどうゆうこと?」
おばあちゃんは首を振って、「知らなくていい。知らない方がきっといい」と言った。
どういうこと? おばあちゃんがあんな意味もなくあんな変なこと言うはずない。居ても立っても居られず私は、店を飛び出した。
「どこいくんだい!?」
おばあちゃんが大声で声をかける。
「すぐ帰ってくるから!」
私は急いで男性を探す。いた! もうあんなとこまでいってる! 私は必死に走った。遠ざかる背中を目で追いながら、思わず叫ぶ。
「あの!」
男性が振り向いた。
「記憶って、何を渡すんですか!?」
聞き方を間違えたかもしれない。男性の眉がぴくりと動く。
「なんでお前にいわなきゃいけねえんだ。個人的な理由だ」
そりゃそうだ。初対面で聞く質問じゃない。
「もういいか?」
「待ってください!」
「なんだよ」
「あー……あのー……一目惚れしました。お名前を教えてください」
……絶対に間違えた。苦し紛れすぎる。男性はきょとんとしている。
「ははっ。お前変な奴だな! そんなに知りてぇなら教えてやるよ!」
「え、ほんとですか!?」
「ついてこいよ」
男性は近くの喫茶店に連れて行ってくれた。
「あのー……恥ずかしながらお金をもっていないんですが……」
「俺の奢りでいいよ。まず何から聞きてえんだ?」
「やったあ! じゃあ、まずおばあちゃんからもらった紙をみせてください」
「なんだ、婆さん見せてくれなかったのか?」
「何も教えてくれなかったです。たくさん話すために喫茶店入ったんですよね? まずは紙をみないと!」
「なんだ、意外と図々しいやろうだな」
一言余計だ。渡された紙を見る。コピー用紙のようだ。そこには遺言書と書かれていた。私はじっくりと書かれている内容を読む。
遺言書
このキャンディを作ることが正しいことなのかどうかはわからない。けれど、私は後悔していない。
以下に記憶のキャンディの作り方を記す。
1、キャンディの材料は、妻の作ったりんごの種から作ったりんごでなければならない。
2、りんごは記憶を渡す者が種から育てなければならない。
3、キャンディは、記憶を渡す者が作らなければならない。
4、りんごをしぼって果汁を取る。
5、鍋に砂糖と水飴を入れて熱する。
6、鍋にりんごの果汁を入れる。その際に、渡したい記憶を思い浮かべながら混ぜる。
7、記憶を受け取るには、キャンディを食べる者の記憶の受け渡しの同意が必要である。
8、記憶を渡した者から、渡した記憶は消える。
これは、私のおじいちゃんの遺言書? 本当に記憶を渡す方法があるの? にわかには信じられない。
「これ……信じたんですか?」
「信じるよ。嘘だとしても騙されたと思ってりんごの木を育ててキャンディ作るだけだ」
「だけだって……りんごを一から作るんですよ? それにここに、記憶をなくすって書いてありますよ。その記憶なくなっちゃうのに?」
「それでもだ。俺は親友の最後を看取ったんだ。俺が運転していて、そいつが助手席に乗ってた。そん時事故ったんだよ。そいつは呟くように、お母さん、ありがとうっていったんだ。その言葉はそいつの母さんに届けなきゃいけねえんだよ」
「……でも、言葉でその方のお母様に直接伝えればいいんじゃないですか?」
「伝えたよ。でも、最後にあの子に会いたかった、そう言ったからよ。なんとかそいつの最後、みせてやりてえんだよ」
「でも、あなたが覚えている最後のその人は、あなたの記憶からなくなっちゃうんですよ? それでもいいんですか?」
「ああ、あいつも母ちゃんに覚えてもらってた方が嬉しいだろ」
そうなんだろうか。自分の記憶が無くなってまで、渡すべき記憶なんてあるのかな。
私は黙り込んでしまった。
「まあ、相手の承諾が必要って書いてあるから、そいつの母さんが了解したらだけどな」
自分が母親だったら、息子の最後知りたくなるのかな。なんだか正しいような、正しくないことのような、もやもやした気持ちになった。
「そうゆうこった。俺の話はそんだけだ」
「記憶のキャンディの話は誰に聞いたんですか?」
「ただの噂話だよ。ここらじゃ有名だ。でも俺は眉唾話でもそんな話があるんならやってみたいんだ」
なぜそんな噂話が? もしかして本当に、記憶を渡した人がいるの? わからないことだらけだ。
男性と別れて駄菓子屋に帰ると、おばあちゃんは私をみるなりすぐにため息をついた。
「彼から何か聞いたかい?」私は頷く。
「記憶を渡す行為は、しちゃいけないものだと私は思ってる。あかりのおじいちゃんが亡くなる前に、りんごは育て続けるように、そういうからまだ育てているけど、本当は今すぐにでもりんごを育てるのはやめたいんだよ。こんなものあっていいはずがないんだ」
「じゃあ、いますぐ作るのをやめたらいいのに。おじいちゃんの遺言がそんなに大切なの?」
「……そうだね。なんでだろうね。わからない」おばあちゃんは泣きそうな顔をしていた。
「この話はやめよう。あまり考えたくはないんだ」
「……わかった」
おばあちゃんはなぜりんごを育て続けるんだろう。本当は、りんごを育てた方が良い、そう思っているんじゃないだろうか。
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