最後のプレゼント

五貴 塔泉

第一話

<6月25日>

中山 優子様

 お久しぶりです。お元気でいらっしゃいますか? 私はなんとか元気に過ごしています。この間、水彩画教室の課題で紫陽花の絵葉書を描きました。教室の先生にも褒められるほど上手に描けたので、優子先生にも見ていただきたくお送りしました。

 今年は例年より梅雨が長いようですね。じめじめとしたお天気が続きますが、ご自愛ください。

 木平 真子



<7月10日>

木平 真子様

 この間は素敵な絵葉書をありがとうございます。とても素敵な紫陽花、見たとたんに目を奪われました。鮮やかなむらさき色と青色のバランス、でもどこか哀愁漂う色使いに、感動すら覚えました。きっと真子さんの暖かな心が多様な心情を表現できるのでしょう。

 今も食卓の横のキャビネットに飾っています。毎日の心の癒しを、どうもありがとう。

 中山 優子


<7月31日>

優子先生

 先日はお返事をくださりありがとうございました。お褒めの言葉をいただき、今も嬉しい気持ちでいっぱいです。水彩画教室主催の展示会が年末に横浜で行われる予定です。場所がとても遠いですが、もし優子先生のご都合が合えばお越しいただければ幸いです。

 優子先生、あの時は私の心を救ってくれて本当にありがとう。優子先生のことが今でも大好きです。

 木平 真子


<8月10日>

真子さん

 こんにちは。先日は、お手紙と絵をありがとうございます。今回はカーネーションですね。カーネーションというと赤が主流だと思っていたのですが、桃色も新鮮でよいですね。真子さんはなぜ水彩画教室に通うことに決めたのですか? また詳しくお話を聞いてみたいです。


 あと、もしよろしければ、これからも絵を送っていただくことはできませんか? キャビネットに二つ目の絵が増えました。辛いことがあっても、二つの花を見ると明日はきっといい日だと思えるのです。ぜひ、ご検討よろしくお願いします。

 中山 優子



<8月23日>

優子先生

 毎日暑い日が続きますが、お変わりありませんか? 今月の課題は「ダリア」です。花びらがとても多く、奥行きがあるお花なので、濃淡で立体感を出すことがとても難しいのですが、たくさん練習したので上手に描けたかなと思います。誰かに作品を贈るとなると、より一層良い絵を描こうと思えるものですね。水彩画教室の先生からも、「なんだか、気合が入っていますね」と言われ、少し恥ずかしかったです。


 教室には通い始めて二年が経ちました。社会人三年目になったころ、業務に慣れる一方、仕事だけの毎日に少し嫌気が差し出しました。一年目や二年目は新鮮な気持ちで取り組めていた業務も、先輩たちの支えがあったからだということに三年目にして遅ればせながら気づき、責任と重圧に押しつぶされそうな毎日でした。そんな時、ネットサーフィンをしていて興味を持ったのが水彩画で、次の週末に今通っている個人教室に体験レッスンのため訪ねたのです。四年目、五年目と、仕事はさらに難しいことを任されるようになり、期待されている嬉しさと、自分に抱えられるかという不安の二つの気持ちが押し寄せましたが、水彩画教室で描く絵を見ると、なんだが自分はなんでもできるような気がするのです。今となっては、水彩画は私のエネルギー源です。


 ところで、この間の手紙に「辛いことがあっても」と書かれていましたね。優子先生でもそんな風に感じる時があるのだと、少し驚きました。私でよければなんでも話してください。こんな私で、よければ。

 木平 真子



<9月8日>

真子さん

 こんにちは。ダリアの絵、とても素敵です。ダリアといえば昔友人とダリアが咲いていることで有名な公園に行ったことを思い出しました。赤・黄・桃など、色とりどりのダリアが一面に敷き詰められているのを見て、心が浄化されたことを覚えています。人の心を浄化するダリアは繊細な花びらをたくさん持っていますが、その一枚一枚が丁寧に描かれているのが見て取れます。そしてそれが私のために書いてくれた絵となると、喜びがますます大きくなります。私の願いを聞いてくださりありがとう。


 真子さんの影響で水彩画のことを調べ、水彩画には専用の画用紙があることを初めて知りました。普通の紙だと水彩絵の具を重ねると滲んでしまうけれど、水彩紙だと濃淡がきれいに表現されるそうですね。筆にも様々な種類があるとのことで、知れば知るほど奥が深く面白味を感じます。

趣味も仕事も同じですよね。追求すればするほど奥が深く面白い、沼にどんどんはまって抜け出せなくなる。もちろん、そこに責任や重圧がなければ、それほど幸せなことはありませんが、そうもいかないのが仕事、というのは私もしみじみ感じます。なるべく沼にはまらないようにと思っていても、やりがいがないわけではないし、むしろ自分が望んで入った会社なのだからと、次は自分を責めてしまう、なんてこともありました。だけどいいのです。自分のキャパシティの範囲で、できることを一所懸命やり切る真子さんを褒めてあげてください。なんて、私が言わなくても、真子さんの絵が真子さん自身を元気付けていますよね。


 私の辛かったはここに書く必要はありません。私も真子さんと同じで、いつも真子さんの絵が気持ちを救ってくれていますから。

 中山 優子



<9月30日>

優子先生

 今月の課題は「プルメリア」です。白いお花は表現が難しいのですが、上手に描けていますでしょうか? プルメリアはハワイのレイにも使われるお花だそうで、匂いも爽やかでとても夏らしいお花です。このような知識がつくのも、お花専門の水彩画教室に通っているからだと思います。


 水彩画教室の先生は昔、美術大学に通いながらお花屋さんでバイトをしていたことがあるそうです。その時にお花の美しさに魅了され、お花だけの水彩画教室を開くことにしたと言っていました。いつも何種類かのお花を用意してくだり、その中から自分の好きなお花を一つだけ選ぶのです。例えば今月だと、先月に引き続きダリア、そして私の描いたプルメリア、他にもリンドウ、キンモクセイなどもありました。先生は必ず、課題のお花の花言葉を教えてくれます。素敵なお花が並ぶ中でどれを描くか迷ってしまったときに、参考になればと始めたことだそうです。必ずしも花言葉がお花の美しさを評価するものではない、と先生は仰いますが、私は花言葉でお花を選んでいます。そうすればより一層、描く絵に気持ちを込められると思うからです。


 仕事のことについて、励ましのお言葉ありがとうございました。自分の絵以上に優子先生のお言葉は心に沁みました。実は今月から新しいプロジェクトのリーダーを任されています。そのせいでお手紙も遅くなってしまい、申し訳ありません。もちろん忙しさは増し、責任感も伴いますが、同時に一所懸命仕事に取り組む自分を好きだと感じるようになりました。きっと優子先生のおかげです。

 この間いただいたお手紙は鞄の内ポケットにしまって、毎日持っています。もしまた自分のことを褒められなくなってしまっても、手紙を見れば大丈夫な気がします。

 木平 真子


<10月12日>

真子さん

 こんにちは。プルメリアの絵、ありがとうございます。今回もとても素敵な絵ですね。また、真子さんの絵に込められた思いも知ることができて、より一層真子さんの絵を大切にしようと思いました。プルメリアの花言葉、「気品」「陽だまり」「情熱」「内気な乙女」……真子さんはどの花言葉を感じながら絵を描いたのだろう、そういうことを考えながら絵を見るのも新鮮です。


 新しいプロジェクトのリーダー、素晴らしいことですね。きっと真子さんの日々の頑張りが認められたのでしょう。私も嬉しい気持ちでいっぱいです。忙しい日常が続くかもしれませんが、お身体を大切に頑張ってください。陰ながら、応援しています。

 中山 優子



<10月28日>

 今月のお花は「ネメシア」です。花言葉は「正直」。この手紙ではずっと思っていた、私の正直な気持ちを書かせていただきます。


 あなたはいったい誰なのですか? あなたが優子先生ではないことは初めから気付いていました。国語の先生だった優子先生は字が糸のように美しいですが、あなたの字は太くたくましい、そして力強さを感じる字です。きっと私より少し年上の男性、違いますか?

 怒っているわけではありません。あなたがどうして優子先生を騙ったのか、どんな気持ちで私と文通を交わしたのか、それが知りたいのです。


そして、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。お返事待っています。

 木平 真子

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