とある貴婦人の来店

 ソフィさんのサロン効果のせいか。

 七日に一度の夜カフェに、女性客が来ることが増えた。


「すごいですね、ソフィさんの集客」

「そりゃなあ。王都でも指折りの看板女優だよ。主演チケットは魔女の涙って呼ばれる程度に稀少価値が高いんだからなあ」

「魔女の涙ってそんなに稀少価値高いんですか?」

「ああ、お前の元の国には魔女の涙はないのか。魔女は滅多に泣かないってところからだよ」

「なるほど……」


 私の国ではプラチナチケットってたとえが、この国だと魔女の涙と言うらしい。

 それはさておいて、意外と老婦人が多いのに、私は首を傾げる。もっと若い人が多いのかなと思っていたから。


「それにしても、結構老婦人が多い感じですねえ」

「そりゃな。既に家督を子が継いだ貴族は、基本的に王都のセカンドハウスに住んで悠々自適に住んでいるから、基本的に暇なんだよ。だから舞台を見に行くし、お茶会を開く。だが年を取るとなかなか家でお茶会を開くのも億劫になるから、店に出かけるようになる」

「なるほど……そういうものなんですか」


 家のことが暇になったら、外に出歩くようになるというのは、どこの国でも一緒らしい。私はそう納得してから、お菓子を眺める。

 もうちょっとお年を召した人用のお菓子も考えたほうがいいのかな。もうちょっとカロリー控えめな感じの。そう思っていたら、「すみません、席まだ空いてますか?」と声をかけられた。

 最近ずっと王城に詰めっぱなしだったドナさんが、久々にやってきた。なんだかフラフラになっている。


「いらっしゃいませ、ドナさん……大丈夫ですか?」

「アハハハハ、やっと繁忙期が終わりましたので、また通えるようになるかと思いますが……なんだか客層変わりましたか?」

「そうですね、一度ソフィさんのサロンに出張してから、ソフィさんのファンの方が口コミで夜カフェのこと触れ回ってくれたらしくって」

「ソフィ……まさかソフィ・コルネイユですか!?」

「あら、ドナさんもご存じでしたか」


 私の国だったら、多忙サラリーマンはあんまり俳優さんについて詳しくない印象だったけど、この国だったら違うのかな。でも忙しい人がどうやって舞台女優を知るんだろうな。私が暢気に考えていたら、ドナさんがペラペラと話してくれた。


「たびたび王城で特別公演が開かれますから。それはそれは美しい方な上に、自分みたいなものにも優しくて……本当に、本当に舞台も素晴らしくて……」

「なるほど、ドナさんもソフィさんのファンでしたか」

「サエさんはどの方にもいささかフランク過ぎませんかね!?」

「そうなんですかねえ。私からしてみればどの方もお客様ですから。それでは、今夜のご注文はどうなさいますか?」

「ミルフィーユとカフェオレを」

「かしこまりました」


 今はちょうど桃で白ワインのコンポートをつくったところだから、それを使ってつくったミルフィーユを出したら、比較的好評だった。本当ならば生の果物でつくるのがセオリーなんだけれど、桃はすぐに傷んでしまうために、どうしてもコンポートにして色を維持しないとなかなか綺麗な見た目にならないんだ。

 それにカフェオレを用意する。大きめのマグカップにミルクたっぷりのカフェオレを注いで運んでいくと、うちの前に車が停まっているのが見えた。

 あれ。夜カフェに遠方からわざわざやってくるお客さんがいるのか。


「いらっしゃいませ」

「失礼します。こちら席は空いておりますか?」


 ずいぶんと上品な方だ。さっき店長が言っていたけど、隠居済みの貴族は暇らしいから、この人もなんだろうか。

 私は会釈して席を見回した。

 ちょうどひとり分の席が空いている。


「はい、ちょうど空いておりますよ。少々お待ちくださいませ」


 私はドナさんの注文を届け、急いで貴婦人にご案内しようとしていたら、ドナさんは「ふわあ」と言いながら、その方を見ている。


「イヴェットさんだ……」


 はて。イヴェット。なんであの貴婦人のことをドナさんは知っているんだろうなと思いながら、私は注文を取りに行った。


「それでは、ご注文はお決まりでしょうか?」

「……いい店ね。アンリはお元気でしょうか?」

「……はい? 店長とお知り合いですか?」


 そう尋ねたら、彼女は少しだけ笑った。はにかんだ顔が少女のようだった。

 私はどうしたものかと思いながら、答えた。


「店長は元気ですよ。毎日カフェテリアのお仕事頑張っていますし、七日に一度ですが、こうして夜カフェも手伝ってくださっています」

「あら、夜カフェというのはあなたの提案だったのね。あなたは訪問者の方ってことでよろしい?」

「ああ、はい。そうです」


 彼女はニコッと笑った。


「そう、素敵なお城をいい従業員さんと営んでらしたのね。すみません、シャルロットとコーヒーをよろしい?」

「かしこまりました」


 私は頭を下げて、いそいそと用意をはじめた。

 シャルロットはなかなか難しいお菓子だけれど、ヘルシーだからと人気と言われるお菓子だ。

 ビスキュイ生地を土台にし、ババロアと果物を詰めて冷やしたお菓子だ。側面にビスキュイを並べて固めた特徴的な見た目は、インパクトがある。

 今日のシャルロットは洋梨のシロップ煮をババロアの上に詰め込んでいる。それを用意していたら、店長が珍しく見に来た。


「ああ……相変わらずシャルロットが好きか」

「あのう、店長、あのご婦人とお知り合いですか?」

「昔の同僚だな」

「同僚……あの方、王城勤めだったんですか?」

「元々あれは侍女だったからな。王城で王妃様の侍女を長く務めていたが、結婚を機に故郷に帰ったと思っていたが……まさかここに尋ねてくるとはなあ」

「まあ……まあ……」


 どう考えたってイヴェットさんがわざわざ夜カフェに尋ねてくるなんてただ事じゃなく、私は興奮するものの、落ち着けと思う。

 さすがに人の恋路を勝手に楽しむのも憚られる上に、不倫を推奨するのも気が引ける。

 ひとまず私は、「ご注文出してきますね」とだけ言って、去って行った。

 店長が他のお客さんの会計をしているのを見ながら、私はイヴェットさんのテーブルにシャルロットとコーヒーを並べる。イヴェットさんはずっと店長を眺めていた。

 思えば店長は、若かりし頃は絶対に美丈夫だっただろうに、浮いた話がひとつもないと思っていたけど。でもなあ。

 私はお客さんの食器を下げている中、ドナさんが興奮した様子で、イヴェットさんを眺めているのを見た。


「あのう、もしかしなくってもドナさんはイヴェットさんをご存じですか?」

「あっ、はい!」


 声がひっくり返った中、慌てて口元を抑えた。


「……アンリさんとイヴェットさん、静かな恋を育んでいましたからね」

「わあ」


 そりゃそうだよなあと思ってしまう。だってイヴェットさん、ずっとうっとりした顔で店長を眺めているもの。でも対して店長はちらりとイヴェットさんを見ても、彼女と視線を合わせることがない。


「あのう……イヴェットさんは既にご結婚されていると……」

「んー……まずアンリさんとイヴェットさんはそれぞれ王城で勤めながらも、本当に互いにデートもしないほど白い恋でした。一緒に仕事して、一緒にお茶の用意をし、王妃様のサロンの準備をするような、本当にそんな関係でした」

「それはまあ……本当に清かったんですね」


 私の国の高校生のほうがまだ進展しているレベルだもんなあ。貴族がいる国だったら、もっといろいろあるからこれだけ清いのかもしれないけど。

 ドナさんは「ですけど」と言う。


「基本的に王妃様の侍女を務める貴族子女って、実家が大貴族ってことが多いんです。イヴェットさんもご多分に漏れずに大貴族のご令嬢でしたから、身分が違いました」

「……店長ってそういえば貴族なんですかね?」

「一応貴族ではありますが、大きな家ではありません。ですから釣り合わなかったんですね。その中でアンリさんも王城勤めを辞めてしまいましたから……ですから、ふたりはそのまま別れ、イヴェットさんも嫁いでしまい、それきりだったんですが……」

「そうだったんですね」


 身分違いの恋だからって、すぐに駆け落ちって形にはならなかったんだね。それはドラマティックではあるけれど、この国でだってTPOはあるんだから。

 私はシャルロットを食べているイヴェットさんを盗み見た。

 あのレシピは、私のものではなく店長が提案したものだった。あれは王城でも出されたものだったんだろうか。彼女も食べたことがあるものだったんだろうかと、気になって仕方がなかった。

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