第2話:自由と絶望

 森の闇が広がっていた。俺は村を離れ、足早に草木の間を進んでいく。


 夜の森は想像以上に暗く、肌を刺すような冷気が漂う。月明かりが頼りになるかと思えば、木々の枝が邪魔をして、地面はほとんど見えない。木の葉が風に揺れるたび、影が不規則に動き、まるで何かが潜んでいるように錯覚させる。


 だが、俺は確かに自由だった。誰からも命令されず、誰の犠牲にもならず、ただ俺自身の意思で生きる。


「……なのに、こんなに怖いのか」


 村にいた頃は、覚醒者や戦士がいた。たとえ冷遇されていたとしても、彼らの力が村を守っていた。俺はそこにいたから生き延びることができたのだと、今さらながら気づく。


 ——これからは、自分で生きていかなければならない。


 冷たい風が吹き抜け、木々がざわめく。遠くで何かの鳴き声が響く。小動物か、それとも魔物か。夜に活動する魔物は特に危険だと聞いたことがある。


「とにかく、水と食料を見つけないと」


 まずは水が必要だった。のどが渇いていたし、食料の確保よりも先に水を手に入れないと、まともに動けなくなる。


 俺は慎重に森を進みながら考えた。水場を探すにはどうすればいいか。動物が集まる場所、湿った土、そういった手がかりを探さなければならない。


 そこで思い出した。


「ファシム……使えるか?」


 俺は深く息を吸い、手をゆっくりと前に突き出す。そして意識を集中する。


「……ファシム、生成」


 瞬間、俺の目の前に、もう一人の俺が立っていた。


 村を出る前に実験したときと同じだ。肌の色、髪の長さ、服装まで、本体と寸分違わない存在。だが、息遣いがない。ただの俺の写し身。


「……水場を探せ」


 俺が命じると、ファシムは一瞬俺を見てから頷き、森の奥へと歩き出した。


 そう、ファシムは言葉を理解し、話すことができる。


「戻ったら報告しろ」


「了解した」


 低く、自分の声と寸分違わぬ声音で、ファシムが答えた。


 視界共有はできない。つまり、こいつを探索に出しても、戻ってこなければ何もわからない。


 しばらく待つ。暗闇の中でじっとしていると、時間が長く感じる。遠くで枝が折れる音がし、森の奥で何かが動いた気配がする。もし魔物なら、このままじっとしているのも危険だ。


 そして——ファシムが戻ってきた。


「見つけたか?」


「東に歩いて十数分。川がある」


「川……!」


 俺はファシムの案内に従い、森の奥へと進んでいった。


 ——数十分後、俺は小さな川を見つけた。


 川の水は透明で、岩が水の流れに削られているのがわかる。俺は慎重に水面に手を伸ばし、一口含んだ。


「……大丈夫そうだ」


 冷たい水がのどを潤す。ようやく、必要最低限の確保ができた。


 だが、まだ問題がある。


「食料……」


 俺もファシムも、生きるためには食わなければならない。水場があるなら、何かしらの動物もいるはずだ。


「獲物がいるか、探せるか?」


「試してみる」


 ファシムは頷き、今度は川沿いを歩いていく。


 俺も後を追いながら、辺りを見回した。川辺の草が少し乱れている。動物の足跡が残っていた。


「獲物がいる……狩るしかないな」


 村では狩猟を教わったことがなかった。だが、やるしかない。


 俺はファシムを前に出し、草むらをかき分けながら慎重に進んでいく。


 そして、見つけた。


 小さな獣——スピアラット。巨大なネズミのような魔物だ。


「どうする?」


「ファシム、お前が囮になれ。俺が後ろから仕留める」


「了解」


 ファシムは静かに前へ進む。スピアラットがこちらに気づき、警戒する。


 そして、飛びかかった——が、失敗した。


 スピアラットは素早く逃げ、草むらの奥へと消えた。


「くそっ……」


「狩猟は難しいな」


 ファシムが淡々と言う。


 狩猟はそんなに簡単なものではなかった。俺には武器がないし、経験もない。


 しかし、ファシムを使えば可能性はある。工夫次第で、狩りを成功させることができるかもしれない。


 ——夜が訪れる。


 俺は水を確保し、小さな岩陰に身を潜めた。食料はまだ手に入らないが、明日はまた試せばいい。


「……生き延びなきゃ」


 自由になっただけではダメだ。生き抜かなければ意味がない。


 俺は森の暗闇の中、強く拳を握った。

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