死神女子高生を生き返らせたら、わたしからぴったりくっついて離れない ~わたしの近くは安全地帯? 距離3メートルの共同生活。キラキラ笑顔に焼かれそう~

もさく ごろう

第1話 失礼な死神

 これは世間体との戦いだ。黒のジャージで闇に隠れながら、引きこもっていないことを証明する。


 夜の散歩。


 それがわたし無笠原なかさはら 魚子ととこのルーティンだ。


 誰かにはっきりと認識されてはいけない。わたしが外を歩いていると、わたし自身が認識できていればそれでいい。それだけでほんの少しの自尊心が守られる。


 27歳にもなって情けないとは、自分でも思う。友人は皆、会社か職業名を言えば恥ずかしくない仕事をしている。


 寂れかけの商店街に点々と並ぶ街灯が、薄暗く道を照らしていた。古びた看板や閉店間近の店が立ち並び、風が吹くたびにシャッターがカタカタと音を立てている。


 そんな場所だから、塾帰りの高校生の笑い声がよく響いた。街灯なんかよりずっと眩しい。


 わたしは目が眩む前に、路地を曲がった。月明かりすら入らない、細い路地だ。かび臭い場所で、壁と路面の境目が闇に溶けてしまっている。


「ん……?」


 暗い路面に違和感を覚えて、足を止めた。


 猫が倒れている。黒猫なのに、よく気づいたと思う。


 横たわる小さな黒猫の体は、赤い血で汚れていた。表通りからの明かりが、動かない緑の瞳を鈍く光らせる。


 わたしは手を伸ばした。『かわいそうに』と思わなかったわけじゃない。でもどちらかというと、わたしはいい人のように振舞いたかっただけな気がする。


「へっ!?」


 わたしの手に何かが触れる。なぜ驚いたのかというと、黒猫の倒れていたところまで、手が届いていないからだ。


 気付けば、わたしの手に寄りかかるように、黒猫が座っていた。体の大きさは倒れていた猫と同じくらいだ。緑の目がらんまんと輝いている。「にゃーん」と甘い声を出しながら、手のひらに耳の裏をこすりつけてきた。


 まさかと起き上がったのかと思って奥を見ると、倒れた猫の体はそのままだった。双子の猫だろうか。


 懐いてくれてはいる。けれど――


「ごめん。連れて帰れない。わたしは責任を持てないから」


 でも兄弟を埋めてあげるくらいなら――


 横たわる猫を見ていると、白いソックスとローファーがその向こうに見えた。


「あっ……」


 咄嗟に「止まって」と言うことができなかった。でもその必要は無かったようで、ローファーの持ち主は足を揃えて立ち止まっている。


 まるで、最初からそこに立っていたかのように。


 長い黒スカートに真っ黒なセーラー服。三つ編みで作ったツインテールは、小柄なその子に似合っていた。


 右手でハードカバーの本を開き、左手には柄の長い鎌を持っていた。鈍く輝く刃の部分が腕ほどの長さがあり、扱いづらそうだ。


 本がスマホの画面のように光り、女の子の顔を照らす。


「罪状宣言。神以外が命の付与、または再付与を行ったこと。また不当に命を付与されたこと」


 女の子は表情一つ変えず、何かを読み上げた。ただあまりにも淡々としすぎていて、日本語なのに何を言っているのかよくわからない。


 それよりも、あの大きな鎌だ。


「これより罪人の魂と本目標の魂を刈り取る」


 本を閉じ、女の子は鎌を振りかぶった。


「もしかして……!」


 わたしは立ち上がって、本を持つ女の子の手を取った。


「この子を埋めるの、手伝ってくれるの?」


 女の子の手は氷のように冷たかった。でもそれは一瞬だけ。


 わたしの手の中で小さな炎が燃え上がるように、女の子の手が熱くなる。


 さっき撫でた黒猫より、ずっと温かい。


 女の子が囁いた。


「え? なんて……?」


 耳をくすぐるような、可愛らしい子猫のような声。さっきまでの淡々とした語り口からは想像できない。


 真っ白だった女の子の顔が、ほんのり赤くなる。


「待って。え?」


 女の子の手から鎌が落ちて、甲高い音を響かせる。女の子は空いた手を自分の胸に当てた。


「あったかい……心臓、動いてる」


 甘いものでも味わうように、ゆっくりと呟く。血色が良くなったおかげか、首のあたりにアザのような線が浮かび上がってきた。


「すごい! わたし生きてる!」


 女の子は本も投げ捨てて、わたしの手を両手で掴んだ。輝くような笑顔が、触れてしまそうなくらい近くにある。


 眩しさに目がやられそうだ。


「や、やめて。勝手に手をつかまないでよ。失礼ない人」


 自分でも意味不明なことを言っていると思った。わたしから手を握ったのに、握り返されてそれを責めているのだから。


 案の定、女の子は「え?」と目を見開いた。その目はさっきまで泣いていたみたいに、涙で煌めいている。涙を押しつぶすように、女の子は目を細めて笑った。


「お姉さんに言われたくないし。でも失礼な人でいてくれて、ありがとう」


 謎の感謝をされた。

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