彼は、ぴょんたろうマスター
かやの志保
第一章 ドラゴンフィギュアVSうさぎのぬいぐるみ
「だいたい男がうさぎのぬいぐるみを作るだなんておかしいんだよっ! 男ならメカだろ、ドラゴンだろっ!」
ダイチが吠える。うるさい。
「なによこの昭和脳! いや、わたしのおばあちゃんでも言わないわ! ワタルに謝って!」
コトハが言い返す。つよい。
ぼくは内心ため息をつきながらふたりを見守る。
いつものケンカだ。珍しいことではない。
市立かなた小学校の4年1組には魔境ゾーンがある。
それがぼくを挟んだこの3つの席だ。
机に指が白くなるまで手をついている、目がシュッと細くて無駄にイケメンな男子は九門 ダイチ《くもん だいち》。おまけに勉強が出来て家が金持ちでああいやだこれ以上は褒めたくない。
立ちはだかっている女子はぼくの幼馴染の立水 コトハ《たてみず ことは》。見た目は草原からぴょこっと顔を出す野うさぎみたいなんだけれど、中身はそれを狙うハンターだ。狙った獲物は確実に仕留める。
そして、話題の中心となっているのはぼく、乃木 ワタル《のぎ わたる》。うさぎのぬいぐるみを作るのが好きなこと以外は、ごく平凡な小学4年生だ。
「おい、他人事みたいな顔してないで何か言ったらどうだ」
ついに矛先がぼくへと向いた。
「ほんと、お前ってボーッとしてるよな!」
グサッ。またダメージをくらった、残りのヒールポイントは20くらい。そろそろ反撃しないとやばい死ぬ。
「あんたって本当にデリカシーないわね」
「お前にはあるのかよ?」
ぼくは右手を上げて言い争いを阻んだ。ふたりとも映画の一時停止中みたいな目力でこちらを向く。
こ、怖い。いや怖がっている場合じゃない。
「ふたりとも落ち着いてよ」
「わたしは落ち着いているわ」
「オレもだ、ふざけんな」
どこがだよ。
コトハも庇ってくれる気持ちはありがたいけれど、ふたりしてぼくのことでヒートアップするのはやめて欲しい。
売り言葉に買い言葉でますます言うことがひどくなっている気がする。
ぼくは、こほん、と咳払いをすると
「……とにかく、ケンカをするならせめて自分たちのことでやって。
ダイチ。ぼくは確かにぬいぐるみを作るけど、それがきみに迷惑をかけた?」
ダイチの指が白いシャツをこすってかさかさ音とを立てる。うちの制服は形状記憶なのに、彼の右の袖だけはしわだらけだ。
「だいたい、男だからぬいぐるみを作っちゃおかしいだなんて、時代遅れもいいところだ。化石通り越して石油が湧くよ」
「よく言った!」
「コトハは黙ってて」
「……そういうスカしたところがムカつくんだよ」
「え?」
ダイチは真剣な表情で腕組みをした。
「じゃあ聞いてみるか。世間さまに」
「え?」
「オレの作ったドラゴンフィギュアとお前のうさぎのぬいぐるみ。どちらが評判がいいか勝負しようって言ってるんだよ」
自信たっぷりの態度に、さーっと音を立てて血の気が引いていく。
給食のシチューが胃の中でこびりつきそうなくらい、一瞬にして体が冷えた。
「それは……」
「まあ勝てっこないけどな? オレのドラゴンとあの古臭いうさぎのぬいぐるみじゃ差がありすぎる」
「今、なんて言った?」
ぼくは音を立てて椅子から立ち上がる。
ダイチはとても気分が良さそうにまだしゃべっている。
「だから、あの古臭いデザインのぬいぐるみのことだよ。それこそ昭和かっての」
訂正する。今胃の中のシチューはきっとぐつぐつと煮立っている。
ぼくは言い返そうとして、いや、こんなやつに語るべき思い出じゃないと考え直して。
ぐっとこぶしを握り込んだ。
「……そこまで言うなら、受けてやる。
その代わり、ぼくが勝ったらもう二度とケンカをふっかけてくるなよ」
さすがにぼくのようすに気づいたのか、目の前のヤツは真顔を取り戻し
「わかった。約束しよう。その代わり、オレが勝ったらなんでもひとつだけ言うことを聞いてもらうぞ」
うっ。
なにそれ。
「差がエグくない?」
コトハの突っ込みには動じず
「なんだよ。やらないのかよ」
一歩も引きそうにない構えだ。
「わかった」
「ワタル!」
ダイチはにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「よし。それでこそ男だ。
二ヶ月後にこの近くで『第6回かなた町ハンドメイド市』っていうイベントがある。オレはそこで初めて『ズメイチャンネル』の作品を売る。
お前の母親も出るんだろう?」
ぼくの母さんは主婦兼ハンドメイド作家だ。主に男の子用の服を作って近場のバザーで販売している。
だが。
「よく知ってるな」
「……そこでお前もぬいぐるみを販売して、売れた数の多い方が勝ちだ」
あれ? スルーされたような……。
「シンプルね」
「コトハ」
「ハイ質問。それって誰かが手伝ってもいいの?」
うさぎのような澄んだ目の奥で、ライフルの照準が定まっている。
ダイチは気づかないのか、鼻を鳴らして
「構わない。どのみちこいつひとりじゃ準備も無理だろ」
ことあるごとにバカにしないと気がすまないらしい。本当にイヤミなヤツだ。
「わかったわ。じゃあわたしとワタルで用意をするわね」
机の引き出しからリスのキャラクターのメモ帳を取り出した。びっちりと書き込まれたメモに細かい字でさらに書き足す。
昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
もう用は済んだということだろう、ダイチは席に戻り次の教科書のしたくをはじめた。
コトハに小突かれてぼくも座る。
午後の授業には集中出来なくてさんざんだった。
つづく
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