第2話 迷子

2、「迷子」


空は高く、底抜けに青い。

手を伸ばせば掴めそうなのに、届かない雲。


「はあ、迷った・・・」


イオは途方に暮れていた。

丘の上で大きなため息をつく。


祖母が話した虹色の花を見るために、イオは一人で村を出た。

村の先の森までは順調に抜けることが出来たのに、2つほど丘を越えたところで、道に迷ってしまったのだ。

ここまで大きな危険はなかった。


途中で魔物に出会うこともあったけれど、祖母に教わった護身程度の魔法で切り抜けることが出来ていた。


イオはもう、今日は先に進む元気は残っていなかった。


「あぁ、疲れた…」


丘の上にあった大きな石にもたれかかり、休んでいたときだった。


「ぐぁああああ」


おおきく口を開けた、大きな魔物。

残念ながら、イオには戦う気力は残っていなかった。

疲れて、イメージが安定しない。だから、魔法も繰り出せない。


「ぐあああ」


魔物が襲い掛かってくる。

イオはなんとか、攻撃をかわしていく。

とても反撃はできなかった。


「はぁ、はぁ、」


肩で呼吸をするイオ。

魔物がそんな隙を見逃さないはずがなく、間髪入れず攻撃してきた。

避けられず、身体に食らう。


「うっ」


全身が心臓になったかのように脈を打つのが分かる。

目の前が霞んでくる。


もうだめかもしれない。

虹の花、見られないかもしれない。

「ごめんなさい、ばあちゃん、」

イオが諦めかけたその時だった。


ぐしゃっ


魔物がつぶれる音がした。

少ししてから、魔物が叫ぶ声がする。


「大丈夫かあ?」


誰かがイオを心配する声がする。疲れているのと、痛みで前がよく見えない。


「はい…」


とっさに肯定の返事をしたが、


「いや、大丈夫じゃねーだろ!」


と、相手に否定される。


ほら、飲め、とイオは知らない男に水を飲ませられる。

少し元気が出てきた。


「あり、がとう、君は?」


イオは少しずつ視界が戻り、相手の様子がわかってきた。

背は高く、ガタイも良い。

燃えるような赤髪からのぞく、きらめいている赤色の瞳。

背中には大きな槍を背負っていた。


「俺はカロンだ!お前、弱そうなのに、一人で旅か?やめとけ。帰った方がいいぞ。死ぬぞ」


カロンは優しいのだろう。

口調は荒いが、ずっと優しく手当てしてくれている。


「でも、まだ、やめられないよ…目標があるんだ」

「目標?」

「うん」


カロンは手際よくイオを手当てすると、すぐにたき火を作る。


「今日はとにかく、ここで一緒に過ごそう。夜が明けるまでは面倒を見てやる。その後は帰れよ」

「ありがとう…どうしてそこまでしてくれるの?」

「あ?放っておいたら、俺の名が廃るだろ」

「…君は有名なの?」


イオがいうと、カロンは顔を赤くした。


「そういうことじゃない!そ、それより、お前の目標ってなんなんだ。別に興味はないが、暇つぶしだ」

「…花を見るんだ」

「花?そこらへんに咲いてるぞ」

「違う。虹色の花だ。とても美しいという」


イオの話を聞いたカロンが目を見開く。


「お前、その花知ってるのか?」

「…君も知っているの?」

「あぁ、母さんから聞いた。」


カロンは少し優しい顔になる。


「じゃあ、一緒だね」

「お前も母親から聞いたのか?」

「いや、ぼくはばあちゃんから聞いた。」


勇者の友だちだった、なんて信じないだろうから、胸の中にしまっておいた。


「そんで、お前はその花を探していると」

「うん。それがぼくの夢だからね」


イオがそういうと、カロンは慌てる。

カロンはすぐにイオの口をふさいだ。


「な、なにすんふぁ、ふぁなひて」

「ばっ、ばかかおまえ!そんな、ゆ、夢だなんて軽率にいうんじゃねぇ!どこで手下の奴らが聞いてるかわからねぇぞ!」


イオが苦しそうにカロンの手を叩くと


「お前、ほんと、なんなんだよ!田舎者か?!」


とカロンがあきれた。手も放してくれた。


「…やっぱり君の街でも語ることは許されなかったの?」

「…あぁ。俺の街のやつらもほとんど夢を食われた。」


イオとカロンは俯く。

カロンは声を潜めて言った。


「なあ、実は、俺もその花、探してるんだ」

「そうなの?」

「場所は知らねんだけど…」

「ぼくは場所も知っているよ。よかったら一緒に行こう」

「…いいのか?」


イオは大きくうなずく。


「ぼくを助けてくれたお礼。案内するよ。ぼくは、イオ。よろしく、カロン」

「…あぁ、よろしく。イオ」


二人は握手をした。

そこでイオは初めてカロンの腕がけがをしていることに気が付いた。


「カロン、その腕…」

「あぁ、さっきやっちまったんだな、気にすんな、俺丈夫だから」

「貸して」


イオはそういうと、カロンの腕を取る。

優しい、暖かいものをイメージする。

手元が緑色に光り、カロンのけがは元通りになった。


「…お前、こんなところで魔法を使うなって」

「大丈夫だよ。治癒の魔法は検知しにくいんだ」

「緑色の魔法だからだろ?でもそれだからって安心するわけにはよ」

「緑色の魔法ってどういうこと?」


カロンの言葉に、イオは首をかしげる。


「…魔法にはそれぞれ色があるだろ。色によって、強さや感度が違うんだ。強ければ強いほど、魔王に検知されやすくなる。イオは緑色の魔法だから検知されにくいんだ。治癒だからじゃない」

「カロンはどんな色なの?」


イオが聞くとカロンは首を振った。


「俺は魔法はつかえねぇんだ」

「…カロン、きみ、夢を?」

「食われてねぇ。俺は最初から魔法が使えねぇんだ」


カロンは唇をぎゅっと噛んだ。


「そっか、だからカロンは強いのか」


イオが言う。


「は?」


カロンが驚く。


「カロンはとっても強かった。魔法が使えなくてもこうして森の中で生き残ってる。カロンはすごいな」


イオは純粋な目でカロンをほめる。

カロンにとって、魔法が使えないことは心の重荷となっていたが、イオの様子を見て、少し、どうでもよくなった。





夜が明け、二人は荷物を、まとめ出発の準備を整える。


「イオ、本当に花の場所を知っているのか?」


カロンが聞く。イオは大きくうなずいて、


「ほら、地図だってここにあるよ」


と祖母から受け継いだ地図を広げた。


「…でも、今どこにいるかわからなくて…」


イオは俯く。

カロンは大きくため息を吐いて


「そういうときに魔法を使えよ」

「え、そうなの?」

「…イオ…お前大丈夫か。魔法使えるのになんでそんなに何も知らないんだ」

「…確かに。教わろうと思ったこともないや」

「でも治癒魔法は使ってただろ」

「うん。護身程度の戦闘魔法くらいしか今まで必要じゃなかったから」


カロンは不思議そうな顔をする。


「そもそも逆に戦闘魔法使うことがあったのかよ」

「ぼくの家は山の中だったからね、魔物と遭遇することも少なくなかったから」


カロンはまたため息を吐いた


「本当に田舎者だったわ…」


イオは、目を閉じて、祖母の顔を思い浮かべる。そして、導いてもらえるよう祈りながら目を開いた。

地図が緑色に光り、現在地と、目的地への方向を示した。


「こっちか」


カロンは冷静に分析し、進む方向を定めた。


「ありがとう、カロン」

「いや、俺は…虹色の花なんてそんなに信じていなかったけど…イオに出会ったから信じようと思えた。こちらこそ、礼を言わなければならないな」


二人は荷物を背負うと、目的地に向け進み始めた。


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