勝手に誓わないでください

寺音

前編

黄太こうた、どうしちゃったのかしら?」

 うっかり黄太の尻尾を枕……というかむしろ布団にまでして熟睡してしまった日を最後に、彼はまた姿を見せなくなってしまった。

 もう、二週間ほどになるだろうか。せっかくあの夢を見なくなったのに、またモヤモヤぐるぐるした落ち着かない気持ちになってしまった。

 私は勉強机に腰かけながら、シャープペンシルで意味もなくノートの端を叩く。


「あー落ち着かない! とりあえず、何か飲もうかな」

 椅子から立ち上がって、私は扉の方へ向かう。

 すると、背後から妙な気配を感じた。

「――黄太!? じゃ、ない……?」

 覚えのある感覚に慌てて振り返るとそこには、今まで見たことがないほど美しい女性がいた。

 濡羽色ぬればいろというのだろうか、艶々な黒髪を腰まで伸ばしていて、長い睫毛に縁取られた瞳は星空のように輝いている。頬と小振りで形のよい唇は、ほんのりと紅く色づいていた。服装は巫女さんとかに近いだろうか。とにかく凄まじい美貌の持ち主だった。


『驚かせてしまったわね』

 なんと、声まで鈴のように綺麗だ。思わず惚けていると、その女性が突然私に向かってVサインをした。

『ふふ、何を隠そう……私は容姿端麗、唯一無二、天下無双の女神様! 立場を分かりやすく言うと、黄太の上司様よぉ!』

「――ああ、確かに、そのハイテンションなノリは既視感があります」

 思わず脱力して、私の緊張感は一気にどこかへ抜けていく。綺麗なのに、そのテンションは色々台無しじゃない?

 でも、黄太の上司様がどうしてここに?


『今日は貴女に伝えたいことがあってきたの』

 女神様は、私の気持ちを察したように言った。袖で口元を少しだけ覆うと、私の表情をうかがうように流し目を送る。

『あの子、最近姿が見えなかったでしょう? 実は今私のところにいるのよ』

「ああ、そうなんですか。良か」

『もう貴女のところには行かないようにって言ってあるの』

 私の言葉を遮って、女神様が冷たく告げた。私の心臓が痛いほど跳ねる。


「どうして、ですか……!?」

『貴女、少し前に妙な夢を見ていたでしょう? あれね、貴女が厄介な鬼に憑かれちゃった影響なのよ。黄太程度の見習いでも、本当なら簡単に追い払える相手なのに、あの子ったら退治するまで十日もかかっちゃって。私の方が恥ずかしかったわぁ』

 え、あの変な夢? もしかして、黄太が多樹さんらしき人に向かっていって返り討ちに合ってたのって、夢ではなかったの!?


「で、でも! 最終的にはちゃんと追い払ってくれたわけですし」

 あのねぇ、そう言って女神様は、宝石のような瞳をすっと細めた。

『元々貴女が鬼に目をつけられたのは、黄太のせいなのよ』

「え……?」

 女神様は淡々と説明を始めた。どうやら、黄太が私と正式な契約を結ばず中途半端に「憑いている」せいで、私は他のあやかしたちに目をつけられやすくなっているそうなのだ。


『このままじゃ貴女、もっと厄介な存在にも狙われることになっちゃうわ。そんなの困るでしょう? かと言って、黄太が貴女の役に立つとは思えないし』

「役に立……ってるかというか、えっと、そうではなくて」

『なら、あの子と正式に契約してくれるの? でもね、神の眷属見習いが一人前になるまでっていったら、かなりの時間がかかるのよ。それこそ貴女、一生あの子に付きまとわれることになっちゃうわよぉ。人と妖の時間は違うんだからね。それでも――我慢できるの?』

 一生、という言葉で、私は思わず口をつぐむ。

 それでも良いですなんて即答できるほどの決意は、まだ私の中にない。


 黙り込んだ私の肩に、女神様がそっと手を置く。ふわりと桜の花のような香りがした。

『貴女はまだ若いじゃない。一生一緒なんて今から重大な決断をする必要なんてないわ。さっさとあの子と縁を切っちゃった方が楽チンよぉ』

 女神様はそう言って、どこか私を値踏みするようなあやしい笑みを浮かべた。





「お別れしたいわけじゃ、ないんだけどな……」

 モヤモヤを抱えた私がたどり着いたのは、黄太と初めて出会った小さな神社だった。神主さんの姿は見たことがないけれど、神社の周りの草は綺麗に刈られていて、ちゃんと管理されているのが分かる。

 私は鳥居の手前の方にあるベンチに腰かけた。黄太と初めて出会ったのは、このベンチに座っているときだったのだ。


 縁を切る決心がついたらまた呼んでねぇ。帰り際に、女神様はそう言っていた。

 他人事、なのよね。なんだか腹が立つわ。イライラを静めるために、私は胸に手を当てて深呼吸をした。

 縁を切った方が楽、多分そうなんだろう。元々許可なんて出してないのに、黄太は「恩返し」だと言って私の周りを散々引っ掻き回してきた。

 けど、「じゃあサヨウナラ」なんてあっさりお別れなんてできるわけがない。黄太といると楽しいし落ち着くし、それなりの「情」は湧いている。

 でも。


「一生……ずっと一緒……」

 その契約がどの程度の縛りを持っているのかは分からないけど、一生一緒だなんてやっぱりすごく重い約束だ。そんな重要なことを、今決めてしまっても良いのだろうか。

「あー分かんないなぁ……」

 何故か目元が熱くなってくる。なんで泣くのよ。悩んでるだけなのに。

 目頭を指で擦ったその時、ガサガサと草をかき分け、私の目の前に黄金色こがねいろが飛び出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る