ソラーティクの日

 ドン! ドドン!


 世界一空の高いインディー国の都、マハールーラの空に花火の音が鳴り響く。



 ついにやってきたソラーティクの日。


 そもそもあまり雨の降らないインディー国ではあるが、この日は特に「ソラーティク日和びより」と言える、雲一つない快晴だった。



 テンカはひとり布団を脇に抱え、くるくるとまとめた絨毯を抱えるインディー国代表のソラーティカのメンバーの中に紛れている。


「ネリー、で出場するってなったら、絨毯じゃないってバレちゃうかな?」

 愛用の布団を見せて不安気にそう言うテンカとは対照的に、ネリーはさらりと言う。

「ネリー、ポン国詳シー、オフトゥン知テル。デモ、皆ハ気ヅカナイ思ウネ。ダイジョブ、ダイジョブ。ソレニ、オフトゥン、ポン国のジュータン、ミタイナ物、言ットイタヨ」

「え⁉ そう言ったの? 絨毯とはちょっと違うんだけど……大丈夫かなぁ」

「ダイジョブ。ジュータンデナイト出場デキナイ決マリ、ソンナノナイネ」

「まあ、そうかもしれないけど……。インディー国代表で絨毯に乗らない人なんて、前例がないからさ……」

 ネリーの言葉を聞いても、果たして本当に大丈夫だろうか……と、テンカは内心不安に思う。



 結局昨日、テンカは布団に乗って飛ぶ練習はあまりできなかった。というのも、あれからすぐに日が落ちて周囲が真っ暗になり、練習できなくなってしまったのだ。

 しかし短い練習時間の中でテンカは一つ、布団の持つ特徴を掴んだ。布団はどうやら日光に当たると調子がいいようで、日に当たるほど調子良く飛んでいたのだ。

 絨毯も、乗る前に天日干しすると性能が良くなるといった同じような特徴があるのだが、布団はそれ以上に、天気に――太陽の有無に左右されるようなのだ。


 空を見上げたテンカは天気が快晴であることを確認し、ひとまず安堵する。

「晴れてよかったね。絨毯を使うインディー国は、他の国より雨の影響受けやすいし」

「ワカル。ジュータン濡レル、重クナテ、飛ベナイネ」

「うん。きっと、布団も同じだよ」



 やがて、インディー国特有の細長い形をしたラッパを持つ一隊が現れる。

 ラッパ隊が一斉にラッパの先を天に向かって掲げ、ソラーティクの開始を知らせるファンファーレを高らかに鳴らすと、先程よりも一層大きな花火が、派手に打ちあがる。


 そして各国の選手――ソラーティカたちが、ソラーティクの舞台である宮殿マハールの緑鮮やかな芝生の庭園に入場する。

 各国のソラーティカの衣装は様々で、選手たちの鮮やかな衣装で庭園が華やかにいろどられる。


(……ついに、憧れのソラーティクが見られるんだ。それも、こんなに間近に……。ただの数合わせだけど、それでも私、ソラーティカとしてこの大会に参加できるんだ……!)

 テンカは期待に胸を踊らせる。



 ソラーティクは個人戦ではなく、国別対抗のチーム戦だ。チーム全体で美技を見せるものの、その中では大抵、一人一回は前に出て演技をする場面――――いわゆる「見せ場」がある。

 急遽の出場となったテンカは、見せ場での演技はしなくてよい、絨毯から落ちなければよいと、先生が言ってくれているそうなのが――――。


(……せっかくソラーティクに出るなら、見せ場の演技も、やってみたい……かも。変だな。絨毯の時は、そんな気にもならなかったのに……)

 華やかな舞台を見て、テンカは密かにそう思うのだった。



 まずは、西世界の国々から演技が開始される。

 西世界のソラーティカたちは箒を用い、とんがり帽子を被り長いローブをまとったその衣装からも「魔法使い」や「魔女」と呼ばれて広く親しまれている。


「すごーい! 西世界の美技、初めて間近で見たけど、やっぱり綺麗……!」


 箒に乗って軽やかに舞う魔法使いの彼らが飛んだ跡には、虹色に輝く光の軌道ができ――まるで箒星のようであった。

 西世界の国々の演技はまさにトップバッターにふさわしいといえる、ソラーティクの花形的存在だ。


 しかし箒は風の影響を受けやすい乗り物だ。快晴ではあったが上空は意外と風が吹き荒れているようで――――中には、美技を見せられずに失敗する国もあった(乱れた飛行をすると、虹色の光の軌道もめちゃくちゃになるため、西世界の演技は光の軌道によって特に失敗があらわになってしまうようだ)。

「ネリー達モ……ジュータン、風ノ影響受ケヤスイネ。気ヲツケナイト」

 西世界の人々の演技を見たネリーがテンカの隣で呟く。



 その次には南世界の島国が登場する。日に焼けたたくましい肉体に、鮮やかな色の魔法の鳥の羽をまとった彼らの姿は、孔雀のように華やかでありつつ野性味にも溢れていて、ひとたび飛べば、鳥そのものような美しくダイナミックな飛翔を見せる。


「ネリーモ、鳥……ナッテミタイネ」

 ネリーは目を輝かせて鳥のようにはばたく南世界の面々を見ている。


 南世界のソラーティクは、自身が鳥そのもののよう舞えるため風の影響も受けにくい。

 一方で羽を身につけ鳥になる魔法は、乗り物のような道具を使うものと比べると、多くの魔力を要する上に、道具ではなく羽を使うため耐久性が低く、滞空時間は短くなってしまうという短所がある。

 鮮やかな色の魔法の鳥の羽をまとい美しく舞う、一瞬の輝きのような南世界の人々のソラーティクは、一際美しかったが――――テンカはもっと長時間見ていたかったような、少しの物足りなさも感じた。



 次は東世界のチャイ国のソラーティクだ。「筋斗雲きんとうん」という金色の雲を自ら作り出してそれに乗るのだが、筋斗雲を出す能力は魔法の一種――仙術にあたるため、実在する道具や乗り物を使うよりも自由自在に操れる反面、南世界同様、長時間の飛行が難しいところが短所といえるのだが――――。


「すごいすごい! 筋斗雲に、あんなに長く乗ってるよ」

 テンカは思わず歓声をあげる。


 世界一の人口を誇るチャイ国は、ソラーティク出場に至るまでに国内で激しい選抜争いが繰り広げられるだけあって、やはりソラーティカたちのレベルが相当に高い。

 ソラーティカ全員が、美しく揃った調和の取れた動きを見せる。自由自在に動く筋斗雲きんとうんの上で、金色の長い棒を頭上でくるくると回し、自らの器用さや身体能力を見せつけるような、美しいパフォーマンスを繰り広げる。


 その美技を見たネリーは――いつもの元気はどこへやら、暗い顔をしてうつむいてしまう。

「マズイネ。アレニ、勝ツ……難シーヨ」

「うん……確かにソン=ゴクウの影響で、チャイ国の筋斗雲きんとうんの美技は人気だけどさ。でも……この国だって、初めて空飛ぶ絨毯に乗った伝説のソラーティカ、アッラー=ディンがいるじゃない。空飛ぶ絨毯は、筋斗雲にも負けないくらいの魅力があるよ。あたし、空飛ぶ絨毯に乗るインディー国のソラーティクが一番好きだから、この国に来たんだもん」

「……テンカ…………」

「……なーんて。まあでもあたしは、絨毯には上手く乗れなかったんだけどね。今回のソラーティクも、見せ場なんて、ないんだし……」



 その時、上空に、突如激しく風が吹き荒れる。


 初めは調子の良かったチャイ国の演技も、強い風の影響を受け、美しく調和の取れた飛行がぐらつき始める。


 そのまま突風はひどくなり――――チャイ国のソラーティカたちはやむなく、早々に演技を切り上げて地上に降り立った。


 そしてあまりに強い上空の風の影響から、残すインディー国の演技を始める前に一旦風がおさまるのを待つことになり、ソラーティクは一時中断となってしまった。


「何カ、風向キ、変ワタ…………?」


 雲ゆきが怪しくなってきた空を見上げ、ネリーが呟く。


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