空飛ぶ布団とダンス【KAC20255】

ほのなえ

絨毯よりも布団が好き

「うわ〜っ! すごいね!」


 色とりどりの旗で飾られたインディー国の都「マハールーラ(宮殿のある場所、の意)」は、いつもよりも華やかで、賑わいを見せている。

 数日後にはここで、「ソラーティク」という大きなイベントが行われるためだ。


 山や丘も比較的少ない平坦な地形で、街でも王の住む宮殿マハールの左右にある尖塔を除けば、背の高い建物がほとんどないインディー国は、「世界一空が高い国」と呼ばれている。

 それが理由で、インディー国では数年に一度、空を飛ぶ美技を競う「ソラーティク」という競技が行われる。世界中の空を飛ぶ能力を持つ人々がここに集結し、可憐に空を舞う姿で世界中の人々を魅了する、人気の競技である。


 ソラーティクを見るため――そしてこの国で空を飛ぶ美技を身につけるため、東の果ての「ポン国」からインディー国に留学にやってきた少女――テンカは、思わず先程のような歓声をあげると、王の住む宮殿マハールへと繋がる長い道をあちこち見渡しながら歩いている。


「ヨソ見、危ナイネ。テンカ」


 隣にいるネリーが、テンカの腕をぐいと掴み、前から歩いてきた人にぶつかりそうになったところを引き止めてくれる。


 テンカの隣を歩くのは、やや褐色の肌をして、ウェーブのかかった長い黒髪をポニーテールにしている背の高い少女、ネリーだ。ネリーはポン国が好きなインディー人で――――この国ではテンカに唯一片言のポン語――ポン国の言葉で話してくれる、インディー国でできた無二の友人だ。

 そしてネリーは今年のソラーティクの大会に、インディー国代表で出場する予定の「ソラーティカ(空を舞う人――ソラーティクに出場する人の意)」である。


「いいなあネリーは。ソラーティクに出場できるんだもんね。私も早くソラーティカになりたい……って言っても、実力が伴ってないし、まだ自分のすらも持ってないんだから、到底無理な話だけど」

「ジュータン、早ク買ウイイネ。自分ノ無イト、レンシュー、ジョータツ、出来ナイヨ?」

 ネリーにそう言われたテンカは頬をぷう、と膨らませる。

「だって、インディー国の絨毯、ものすご〜〜く高いんだもん。正直、こんなに高いとは思わなかったよ……」

「空飛ベル、イッキュー品ヨ、仕方ナイネ」

「そりゃ、そうだけどさあ。ソラーティカは皆、ネリーみたいに一家に一枚ある、先祖代々伝わる絨毯を使うみたいだけど……私は外国から来たから、家に絨毯がないんだもん。あーあ、ソラーティクが見られるからこの国に来たけどさ。とても買えないようなものだとわかってたら、留学しなかったかも……手近な『チャイ国』にするべきだったかなぁ」

 それを聞いたネリーは悲しそうな目をする。

「コーカイ、シテル? テンカ……。ネリーニ、会イタク、ナカッタ?」

 テンカは、ネリーの潤んだ漆黒の大きな瞳に思わずやられてしまう。

「そ、そんなことないよっ! そうだね、自分の絨毯が買えなくても、ネリーに会えたんだしいいよね。それに、なんと言っても数年に一度のソラーティクが生で見られるんだし!」


 そう、インディー国のソラーティカたちは、に乗って空を飛び、美技をするのだ。

 空の飛び方は国によってそれぞれ違っていて――――西世界の青い瞳の人々は魔法の箒に乗って空を飛ぶというし、東世界ではポン国のお隣「チャイ国」の人々が金色の魔法の雲に乗って飛ぶ。南世界の島国の原住民の人々は、自ら狩りで手に入れた大きな魔法の鳥の羽を体につけて、なんと鳥そのもののようになって飛ぶそうだ。


 その他の国――例えばテンカの出身地であるポン国のように、空を飛ぶ技術がない国にいる者は、空飛ぶ技術を持つ国に留学する。そうして留学先で技能が身に付いた暁には、留学先の国の代表となり、ソラーティクに出場できるという道もあるのだが――――。

 テンカの場合はいかんせん実力が伴わず、今回のソラーティクの出場は叶わなかった。それどころか、お金がなくて高級品の空飛ぶ絨毯も満足に買えず、ソラーティクの学校で練習できる時間にのみ、学校の絨毯を借りているのが現状である。



「……ただいまー。って、誰もいないけど」


 学校帰りにマハールーラの街を一緒にぶらついた後でネリーと別れると、テンカは学校が留学生に無償で提供してくれているアパートに戻り、故郷のポン国から持ってきた布団の上に横たわる。


「ああ……布団はやっぱり気持ちいいなあ。この国にはないって聞いて、かさばるけどポン国から持ってきて正解だったよ。寝る時に布団なしの生活なんて、考えらんないんだもん」


 テンカはそう呟くと、まるで布団と会話をするかのように――布団を見つめながら、大声で独り言を言い続けている。

「ふわふわで気持ちよくて……その点、学校の絨毯とは大違いよね。学校で借りてる絨毯って、上に乗っても硬いし薄いし。それに空飛ぶ時、あたしの言う事全然聞かないしさあ」


 テンカは叶わない願いだと思いながらも、今しがたふと浮かんだ自らの願望を呟く。


「あーあ。絨毯じゃなくて、この布団に乗って空を飛べたら、どんなに気持ちいいか……」


 その時、布団の上に寝転んでいたテンカは、突然背中から――――布団がようなぞわぞわっとした感触がして、思わず飛び起きる。


「えっ⁉」


 テンカは素早く立ち上がり、慌てて布団から離れ様子を見るが、見た感じでは布団に何も変化は見られなかった。


(今……この布団、動いた? いやいや、ありえないよね。一瞬夢でも見たのか、気のせい……だったのかな……)


 テンカはそっと布団に触れ、呟く。


「まさか……ね。だってこれ、布団だよ。この国の魔法の絨毯じゃあるまいし……」


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