はぐれ者のおっさん剣士、女勇者を拾う

もはやさ

第1話 うるさい女勇者ミーティア

存在価値とはつまり実用性のことだ。

俺はクソったれの魔物どもの牙が届く位置に命を晒し、そいつらをマチェットで切り刻む代わりに金を貰う。

実用性を示し、存在を価値にする。


それが俺みたいな奴に許された、数少ない生き方だ。人様に迷惑をかけない、そんな生き方。


「一丁上がり、と」


最後の一匹を袈裟斬りにし、グレイウルフの脂と血に塗れたマチェットで一度空を切る。刃先から飛んだ血液が、そこいらの木の根に直列の跡を作る。

とうに殺した数は二十を超え、草木の匂いに混じって、獣の臭いが辺りに立ち込めていた。


エレインの森は国の東部に位置する、さほど大きく無い森で、こんな辺鄙なところにわざわざ来る奴の目的は、死体遺棄か魔物退治か、自殺ぐらいしかない。


この辺りを〈指定級〉魔物討伐の拠点にするから、とのことで、ここいらの雑魚を駆逐するのが、俺の仕事だ。厳密には、仕事だった。

すでに周囲に生物の気配はない。


グレイウルフがこの近辺の魔物の主なので、そいつらが血と糞尿を撒き散らしながらくたばっているのを見て逃げ出したのだろう。


巨木を背に座り込み、討伐証明にグレイウルフの耳を削いで袋に詰めてから、マチェットの手入れをする。早く帰ってウィスキーを呑みてぇ。

……ふと、視線を前に向けると、木の陰から飛び出す肌色の何かが目に入った。あれは……。

「腕?」


「おい、こんなとこでグースカ寝てたらグレイウルフの……う、ぉ!?」

そこに居たのは、それはそれは美しい、まるでおとぎ話のお姫様のような女。長いブロンドの髪、白磁の肌、煌めくラピスラズリのドレス。

そんな美人が、鞘に入った両手剣を抱きながら寝ていた。

起きる気配はない。……死んでる?


「おい、起きろ!」

一応、確認。そんな名目で、俺の手が眠り姫の両肩へと触れた瞬間。


「……は?」

女の全身から青白い光が放たれた。

眩い閃光の後、透き通る様な剥き出しの肌に、青白い幾何学模様の筋が走る。

キィィィィン、と耳鳴りの様な甲高い音が鳴り

その音が、葉が揺れる音に隠れるほど小さくなった時。


「む、……どこだここは」

眠っていた女が目を覚ました。

「何だ、お前は、何なんだ?」

「お前こそ何だ。私のことを知らないのか?」

知っているわけがない。


「ふむ、知らぬというのなら教えよう、私は寛大だからな。私の名前はミーティア。」

堂々と、両手剣を突き上げて宣言する。

「勇者ミーティアとは、私のことだ!」

「――というわけで、私は勇者だ。尊敬するといい」


時を同じくして、森の奥から地鳴りが響く。そして木を根こそぎ薙ぎ倒す様な音。

そして、ゾッとするような気配。

背中に氷を突っ込まれた感覚を何千倍にもしたような……。


「おい待て、まさか……」

俺がここに来たのは、〈指定級〉討伐のための斥候任務だ。

十全に準備をして、基地まで作って戦わないといけないような、そんな魔物が目覚めたとしたら。

「クソったれ、やってられるか!」

思わず舌打ちをする。


「……何か、いるな。」

「ヤバい魔物だ。クソほど罠を張った上で叩き潰すつもりだったゲロカスだ。ミーティアとやら、逃げるぞ」

「……?何を慌てた顔をしている。」

慌ててんだよ。俺たちは、もうほぼ死んでるみてぇなもんだ。


「冗談じゃねぇ奴が来るんだ。A級ギルド丸々一個食い潰したバケモンだぞ…!!」

「――ハハハハハ、勇者たる私が!今ここにいるのだぞ!?天地が崩れ去る危機すらも片手間で救ってやろう!!!」

ミーティアは、勇者を名乗る女はめちゃくちゃにデカい声で笑う。気付かれるからやめろ、とすら言えず、俺は呆れ返っていた。


理由はもちろん、コイツが勇者を名乗っていたからだ。


この世界に生きる者なら誰でも、ガキの頃に習う、遥か昔に”絶滅”した者たちの伝説。

歴史学者か、絵本しかまともに取り合わない存在。

それが、魔王であり、勇者だ。


つまり現代において勇者を名乗るこいつは、

——狂人か、ただのバカだ。

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