無人島転生 〜素材チートで開拓してたら、村どころか王国ができそうです〜

しゅがれっと

1 異世界にて目覚める

 俺は死んだ。なぜ死んだのかと言えば、それは言うまでもなく、世にも間抜けな理由によるものである。


 そもそも、俺の人生は常に凡庸であった。平凡な大学に入り、平凡なバイトをし、平凡に単位を落としそうになりながら、平凡な夜を迎えていた。そんな俺が、まさか死ぬとは。いや、死ぬにしても、もう少しこう、あるだろう。英雄的な死に様とか、恋人をかばって撃たれるとか、そういうのが。


 それなのに──


「うおおおお! ちょっ、助け──」


 俺は天ぷらを揚げながら死亡したのである。


 すべての元凶は、大学のサークル仲間のあいつだ。「天ぷらを自宅で揚げるとモテる」とかいう意味不明な理論を吹き込まれ、俺は人生初の天ぷら作りに挑戦した。しかし、揚がったのは天ぷらではなく、俺自身だった。油がバチバチと跳ね、服に引火し、俺は燃え盛る炎の中で壮絶な最期を遂げたのだった。


 ──いや、違う。実はそこで終わりではなかった。


 燃えた俺は、そのまま慌てふためきながらベランダに飛び出し、助けを求めようとした。しかし、そこで足を滑らせ、見事に落下。六階の高さから一直線に地面へと向かっていった。


 ──いや、違う。まだ終わらない。


 落ちた俺を待ち構えていたのは、偶然通りかかった移動式たこ焼き屋台だった。鉄板の上に顔面から突っ込み、じゅわっと焼かれながら意識を失う。


 ──いや、違う。まだだ。


 その拍子に、たこ焼きのタコが俺の喉に詰まり、ついに俺は息絶えたのだった。


 ……気がつけば、俺は白い空間に浮かんでいた。


「ほう……なかなか見事な死に様だったな」


 声がする。見れば、そこに立っていたのは──いや、立っているのかどうかも怪しい──とにかく、巨大なナマコであった。


「ナマコ……?」


「ナマコではない。異世界転生を司る神である」


 どう見てもナマコである。全長は三メートルほど。ゼラチン質のぬめりに覆われ、背中には無数の突起が並び、時折ぶるりと震えている。そんなナマコが、ぬるぬると俺に近づいてきた。


「お前を異世界へ転生させてやろう」


「えっ、そんな簡単に?」


「うむ。異世界転生はすべて気まぐれである。お前の死に様があまりに馬鹿げていたので、我々神々の間で話題になったのだ。『こいつは一体何をしていたのか』と」


「それは俺が知りたい」


「ともあれ、せっかくだから転生させてやろう。ただし、行き先はランダムだ」


 ランダム。嫌な響きである。俺は剣と魔法の世界で無双したいのだ。チート能力を得て、美少女エルフに囲まれてハーレムを築きたいのだ。ナマコはそのあたりをどう考えているのか。


「よし、決めた。では、行くがよい!」


 ぬめっとした音が響き、ナマコ神が触手を振るった。その瞬間、俺の視界はぐるりと回転し、すべてが暗転した──。


 俺は砂浜に転がっていた。


 目を開けると、そこにはどこまでも青い空と、透き通る海。波の音が穏やかに響き、潮風が鼻をくすぐる。


「……なるほど、異世界か」


 俺はのそのそと立ち上がり、周囲を見回した。


 異世界転生といえば、最初に村人や神官が迎えに来るものではないか? 王国の王子が「待っていたぞ勇者よ」とか言ってくれるのではないか? しかし、ここには誰もいない。


「……まさか、無人島?」


 その可能性が脳裏をよぎる。あのナマコ、適当に転生先を決めたな?


 俺は改めて周囲を確認する。見渡すかぎり、あるのは海と森と空のみ。建物も人影も見当たらない。


「まさか、本当に……?」


 何かの間違いであってほしい。俺は勇者として召喚されるはずだったのだ。ドラゴンを倒し、姫を救い、王国の英雄になるはずだったのだ。しかし、今の俺はただの漂流者である。


 ──とにかく、水だ。


 人間は水がなければ生きていけない。まずは飲める水を探さねばならない。俺は森の中へ足を踏み入れた。


 森は鬱蒼と生い茂り、太陽の光が細かく差し込んでいる。どこからか鳥の鳴き声が聞こえ、木々の間を蝶がひらひらと舞う。見たところ、恐ろしい魔物はいなさそうだ。


「本当に異世界なのか?」


 いや、待て。俺が異世界転生したことには違いない。あのナマコの存在が証明している。だとすれば、ここは異世界の無人島なのではないか? ならば、ここには異世界ならではの法則があるのでは?


 俺は慎重に周囲を探索しながら、心の中で祈る。


 ──頼む、せめて文明の痕跡を……!


 しかし、俺の願いは空しく、目の前にはただの森が広がっているのだった。

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