終末ママ
頑田むぅ
◇この終末の世界で、私をママと呼んでくれる君へ
「ママ?」
目の前の少女は、私にそうたずねた。
少女の大きな瞳と目が合う。
――私に対して、言ったらしい。
あらためて、その少女を見つめる。
年齢は5歳ぐらいだろうか?
やわらかそうな桃色の髪をツインテールにしており、さらに幼く見える。
ぶかぶかのワンピースはアンティークピンクで、少女の髪色に自然と合っていた。
――花の妖精なのだろうか?
そう思ったのは、彼女が胸に抱いていた、水色のネモフィラの花束のせいだろう。
よく見れば、少女の瞳もまた、ネモフィラのように淡い水色に輝いていた。
「私……が、ママ?」
私は自分を指さし、少女に確認する。
「ママ!」
少女は微笑むと、ネモフィラの花束を抱いたまま、私の胸に飛び込んできた。
「え、えっと……私、男っていうか……神なんだけど?」
世界は静かに滅びた。
誰も叫ばず、青白い炎に包まれ、ふわりと夜空に溶けていく。
ある者は眠るように、ある者は祈るように、そして、ある者は「これで孤独はなくなる」と微笑みながら。
少女を胸に抱きとめながら、私はあらためて街を眺める。
満点の星空の下、街のあちこちに青白い炎が揺らめく。
それは、まるで送り火のようだった。
ふと、視線を感じて、町の入口に目を向ける。
そこには、水色のワンピースを着た、5歳ぐらいの女の子が微笑んでいた。
黒いストレートヘア。その頭の上にアリのような触角が揺れる。
その少女はゆっくりと手を振ったあと、青白い炎に包まれて、風に舞った。
彼女の手にも、ネモフィラの花束が握られていたのが、強烈に記憶に残った。
――これが、私が管理する世界の人類が消滅した日の話。
いや、私の愛娘となる、ルル以外の人類が滅んだ日の話。
そして、私がママになった日の話だ。
* * *
「ルルが、私をママって呼んだのは、この日が最初だったわねえ……」
――というか、「ママ」以外の呼ばれ方をされたこともないが。
ページをめくる指先が、ふと止まる。
次のページには、子どもの手で描かれた拙い絵。
長い青髪の人と、ピンクの髪の小さな女の子が、手を繋いでいる。
その上には、でかでかとしたクレヨンの文字――
『ママだいすき!』
「――ちょっと! 待って!
私、泣きそうなんですけど? 違う! もう泣いちゃってる!
なんど読んでも、このページで泣いちゃうううぅ!!」
「掃除の邪魔です、ラズリオ様。日記を読むなら自室でやってください」
極悪メイドであるナインが、わざとらしく私の頭の上で、はたきを動かす。静電気でホコリもバッチリ吸着する魔道具だ。
自慢の青い髪が、静電気でバチバチと音を立てる。
「ちょっと! 神に向かって、なんということを!」
「神様なら、神様らしく……少しは家事ぐらい手伝ってください」
「どこの世界に家事をやる神がいるか!
それに、これはただの日記ではない!
私とルルの愛の記録……育児日記だ!!」
ナインが無表情なまま、目を細める。
「……なんか、キモいです、ラズリオ様」
「な、ん、だ、とぉ!!!」
画用紙に向かって、一生懸命にクレヨンを走らせていたルルが迷惑そうに顔を上げ、私とナインを可愛く睨みつける。
「ふたりとも、ケンカしないの!」
いかん。怒っている顔も可愛い。めちゃくちゃ可愛い。もう、神々の黄昏まで、この顔に怒られていたい。
「それと、ママのしゃべり方がママじゃない!」
「くっ……わ、私は、か、神……」
「ママ?」
「はあ~い! ママ、もう全力で反省しちゃうわよ~!
ほおら、ナインともこんなに仲良し――」
ナインを強引に引き寄せるが、見えないところ(背中)に、明らかに刃物が当たる感触があった。
「そうですよ、ルル様。このキモいオネエと有能なナインは、こうみえても大の仲良しです。
思わず、本気で討伐したくなるぐらいに」
「オネエじゃなくて、ママよ!」
そのやり取りに、ルルが満面の笑みを浮かべる。
下の前歯が1本取れていて、さらに可愛い。
「ホントに……可愛い
この物語は、そういうお話――
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