第7話

 一晩、あの二人を別れさせる方法を考えたけれど、一つしか思い浮かばなかった。これって、僕のお母さんが先輩を知らないと成立しないし、没になる可能性が高い。まぁ考えてないよりはましか。

 きっと先輩は色々考えてきてるんだろうな。頭良さそうだし、知的な雰囲気があるんだよな。


「おーい。真絃。聞いてる?」

「うおっ! びっくりした」

 湊が僕の耳元で、何か囁いていた。

「なに遠くを見つめながら、ぼーとしてんの? 先輩のことでも考えてた?」とまた耳元で囁く。

「べ、べつに先輩のこととか考えてないし! もぉ耳元で喋るなよな!」

「ごめんごめん! ははは! あれから先輩とはどうなった? 仲直りした?」

「仲直りもなにも喧嘩してないって言っただろ」

「まぁ喧嘩してないなら良かったよ。先輩どうなの? 優しいの? お前と一緒でちょっと目つき悪いんだよなぁ」

「誰が目つき悪いだよ。僕も先輩も優しい目をしているだろ」

「優しくはないな。ちょっと迫力がある。でも、目つき悪くても先輩美人だよなぁ」

 たしかに綺麗な顔をしている。だから全校集会の時に先輩に目を奪われてしまったのか。

「なに先輩思い出してんの?」と湊がにやけながら言う。

「うるさいなぁ」

「なぁ! 俺も先輩としゃべりたい! 紹介して!」

「いや……」

「次いつ会うの?」

「今日」

「俺も行きたい!」

 さすがに湊は連れていけない。親同士が不倫しているとか言えるわけない。

 湊を信じていないわけじゃない。でもどこかから不倫の情報が漏れて、もし僕のお父さんや先輩のお母さんにバレたら、それこそ家族がバラバラになりかねない。本当の家族を取り戻すためには、今は湊には言えない。いつか湊に話せるようになったら絶対話そう。

「ごめん。先輩、人見知りだし……。ほら、小説書いてるって言っただろ? まだ他の人には見せたくないから黙っててって言われてるんだ。だから今日は無理かな……また今度紹介できたら紹介するからさ」

「そんな人見知りに見えなかったけどなー。あ、あの目つきが悪いのは人見知りのせいか! なるほど! 絶対また今度な!」

 湊にどんどん秘密が増えて、僕は嘘をつくのが上手になっていく。嘘をつきたくないのに、嘘をつかないといけなくて、心臓がギュッと掴まれたみたいに少し苦しい。嘘をつくたびに心の壁に亀裂が入っていく。

 僕は少しの秘密と嘘でこんな感じなのに、僕のお母さんや先輩のお父さんは苦しくないのか。苦しいよりも快楽にふけっているから感じないのか。二人ともこれから苦しんでいけばいいのに。


 こんなことを僕は思うようになったのか。人が不幸になればいいなんて思ったのは初めてだ。ましてや自分の母親に思うなんて、僕の心が少しずつ黒く塗りつぶされて汚れていく。


 お母さんが家族のことを考えてくれるのなら、汚い手を使ってでも別れさせたほうがいい。自分が汚れてでも。


 放課後、いつもの公園に行くと、先輩が一人でブランコに乗っていた。他に人はいない。

 いつもクールな先輩がブランコに乗っているなんて意外だ。


「先輩、お待たせしました」

 先輩がブランコから降り、ベンチのほうに向かう。ベンチに座ると僕を見て、「真絃、考えてきた?」と言う。

「はい……。一応一つだけ……」

「じゃあ教えて」

 先輩がじっと僕を見ている。先輩が期待をしているような目を僕に向ける。そんな目を向けられると変な汗が出る。

 僕が考えてきた方法なんてすぐに却下されそうだし、先輩の考えを先に知りたい。

「先輩の考えてきた方法を先に教えてくれませんか?」

「あーまぁいいけど」と先輩が僕から視線を外し、話続ける。

「えーと、別れさせるために、まず不倫の証拠を集める」

「あ、そっか。まずは証拠を集めないといけないのか……」

「うん。そして、集めた証拠を使って、例えば……親の鞄の中に不倫しているの知っているぞって書いた手紙と不倫の証拠の写真を入れるとか、それがダメなら職場に写真を送りつけるぞって脅迫するとか」

「脅迫!? しかも、それ家族が崩壊するリスクありませんか?」

「うん。あるよ。だから真絃はお父さんに、私はママにバレないように気をつけなきゃ」

 先輩はなかなか危険な方法を思いつくんだな。僕のは却下されそうだ。

 先輩が僕の顔を覗き込んで、「大丈夫。しっかりと計画を立てよう」と言った。先輩の揺るがない目は僕に安心を与えてくれる。

 先輩がポケットに手を入れ、遠くを見つめながら、「最終手段は、私達は不倫のこと知っているって正直に話す」と言った。

「えっ!? それもリスクが……」

「うん。最終手段だから、これは家族が崩壊する覚悟で私は言おうと思う。不倫のこと知ってるけど、別れてくれたら誰にも言わない。これから家族を大事にしてほしいって気持ちを伝える」

「そうですね……。もしかしたら子供の頼みなら聞いてくれるかもしれないですもんね。でも、最終手段はなるべく使わないようにしたいですね……」

「だね……。で、真絃は? 別れさせる方法聞かせてよ」

「あ……。僕のは……しょうもないので期待しないでくださいね」

「うん。大丈夫。期待してないよ」

 期待してほしいわけではないけれど、期待してないと言われるとそれはそれで、モヤモヤする。とにかく言ってみるしかない。

「えーと。その……。僕達が付き合っているふりをするのはどうでしょうか?」

 先輩が口を開けて固まっている。やっぱりしょうもなかったか。あきれただろうか。

 先輩が自分の顎を触りだして、何やら考えているようだ。

 僕は俯いて、先輩が何か言ってくれるのを待つ。どうせ却下されるだろうし、切り替えて証拠集めのことを考えよう。


「付き合っている、とお互いの家に行って、親に紹介して、子供達が付き合っているなら、自分達は別れたほうがいいのかもしれないと思わせる。いいじゃん! いいこと思いつくじゃん!」と先輩が言って、僕の肩を叩いた。結構痛かった。

 褒められるなんて予想外で、体全体が火照ってきた。先輩も今日いちばん輝いている表情をしている。親の不倫のことを話しているのに、まるで、旅行の計画でも立てているような心が弾む感覚だ。僕も先輩も少し麻痺している。

「ありがとうございます……。でも僕のお母さん、先輩が不倫相手の子供だって知らないと思いますよ? どうやって気づかせます?」

「それなら大丈夫だよ」

「え、大丈夫なんですか?」

「うん。まぁまた今度説明するよ」

「わ、分かりました。とりあえず、まずは証拠集めですね」


 僕達は日が沈むまで計画を立てた。決して失敗は許されない。バレないように慎重にしなければいけない。

 まだ実行していないのに、考えただけで心臓が強く脈打つ。

 先輩は顔には出ないけれど、僕と同じ気持ちなのかな。

 目を瞑って、先輩の揺るがない目を思い出す。

 よし、早速今夜、実行に移す。

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