第22紡 音を失くした森

森には音がなかった。

鳥は飛んでいたが鳴かず、風は枝を揺らしても葉は鳴らなかった。

川は流れていたが、水音は存在しなかった。


かつてここには人間が住んでいたという。

争いがあり、祈りがあり、終わりがあった。

そして“最後の約束”と共に、音だけが消えた。


少女は、音を探して森に入った。

耳元には古びた録音機。

彼女はそれを「母の声」と呼んだ。


森の奥には、無数の音が眠っていた。


壊れたラジオから出る、かすれた子守唄。

倒れたスピーカーから漏れる、誰かの笑い声。

電池の切れた目覚まし時計の、止まった“チクタク”。


少女はひとつずつ集めていった。

音のない世界に、それらを重ねて歩いた。


そして、森の中心にたどり着いたとき、

彼女の録音機が反応した。


「……また、聴こえる?」

それは確かに、母の声だった。


森の中心には、大きな石碑があった。

かつて音を封じた者たちの、名もなき墓標。


彼らは最後にこう記した。


「音が人を狂わせるのなら、

私たちは静けさの中で眠ろう」


音は記憶だった。

音は過ちだった。

音は希望だった。


少女は録音機を石碑の前に置き、再生ボタンを押した。


その瞬間、風が鳴いた。木がざわめいた。水が笑った。

森が、声を取り戻した。


少女は森を出た。

録音機は空っぽだった。


けれど、彼女の耳の奥にはまだ残っていた。

母の声。鳥の鳴き声。誰かが誰かを呼ぶ声。


村の人々は言った。

「森に、春が来た」


誰も気づかなかった。

その春の音が、少女の涙から始まっていたことに。

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