第3話 現代も楽しそうです
「こ、殺さないでください……!」
「は……?」
痣だらけの女性が涙で瞳を濡らしながら、私の足元で震えて土下座をする。そしてその体勢のまま小さく私の脚にしがみつき懇願してくる。
「なんでもします、なんでもしますから……だから殺さないで下さい……私は身体だけは良いと言われています。ですのでどうか殺さないで下さい……」
「いや、私は——」
「なんでもします、なんでも……だから命は……」
私が何かを言うたびに恐怖にビクリと体を揺らすものの、必死に自身の命を繋ごうと縋ってくる。目障りにならないよう体を小さくしながら、地面に頭を擦り付けて精一杯。
何をされたらここまで怯えるのだろうか。自身の尊厳を守るという段階はとうに過ぎ、命を守る為にプライドなんてものは全て捨てている。
人間として、意思のある生物として守られるべき最低限の尊厳すらも手に入らないと諦めている。
「落ち着け。私はお前を殺さない。私はお前を助ける存在だ、安心しろ」
私が彼女を殺すと思われているのは不服だが、取り敢えず安心させるべきだ。
そう考えたのは正しかったようで、私が殺さないと言った途端に目の前の女性は震えながらも少し安堵したように息を溢した。
「あ、ありがとうございます……!」
それでも依然として彼女はひどく怯えた様子で、正直言って見ていられない。悪人を殺したり拷問するのは普通に好きだが、何もしていない人間を痛ぶるのは好みじゃないのだ。
「というかだ、
「いや、その……」
彼女は私の質問にとても答えづらそうにする。というか下手なことを口にして殺されたくないといった様子だ。
「安心しろ。何を言われても私はお前に危害を加えない」
「ではその……貴方様が彼らを殺しながら……その……『楽しむため』と言っていたので……」
おどおどしながら私の顔を伺ってくる。だから怖がっていたんだな。
「いやそれは……うん……私が悪いな。認めざるを得ない」
殺しが楽しいという言葉を認めると、痣だらけの女はまた怯えたように小さく言葉を漏らして私から少し距離を取る。
「いや待て待て。私のこの感情は悪人や害をなす存在に対してだけだ。善良な存在を殺めるようなことはしない!」
「そう、ですか……」
チッ、バカ正直に答えすぎたか。場が異様な空気感に包まれてしまった。どうしたものか……。
「よし、それじゃあ頭をこちらに寄越せ」
「えっと……?」
「早くしろ」
「は、はい……ッ!」
彼女は怯えながらも私の命令に従って頭を差し出す。その頭に私が手を乗せると、少しビクッとしたものの静かに何が起こるのかを待つ。
ふっ、恐怖からくるものだろうが忠犬のようで実に可愛らしい。そんな可愛い子には少しオマケをしてやろう。本当は多少回復させてやるだけにしようとしたが、全てを元の状態に戻してやろう。
「『特殊魔法:
闇析で彼女の全身を確認する。本来は対象の体を蝕むために身体状況を調べる魔法だが、逆に言えば損傷部位を知る事も出来る。蝕む効果だけを消せば良いのだ。
そしてその流れで、暗黒回癒を使って傷を修復する。肉が蠢くように治っていくという少し気持ちの悪い光景だが、通常の治癒魔法よりも綺麗に早く治るから我慢して欲しい。
デメリットとして身体構成がほんの少し魔に寄ってしまうが、魔法への適性も高まるから良いだろう。
「よし、治ったな」
「……え?」
私の言葉に困惑した女性が自分の全身を観察する。
「うそ……うそ……っ!」
自身の身体から痣や傷が無くなったことを確認すると、彼女は静かにぽたりぽたりと大きな涙を溢す。そして今度は感謝の意を込めて土下座をする。
「ありがとう、ございます……本当にありがとうございます……!」
「なに、気にすることはない。それに感謝するときは土下座ではなく相手の目を見るものではないか?」
「ッ! ……はい!」
彼女は涙を拭いてからゆっくり立ち上がると、赤らんだ瞳を細めて満面の笑みを向ける。とびっきりの眩しい笑顔を。
「ありがとうございますっ!」
「ふっ、良い笑顔だな。後は服だな。これをやろう」
「あ、ありがとうございます!」
魔法で作った服を彼女に手渡す。私と全く同じだがまぁ良いだろう。
「ではそっちの女性も――居ない……?」
もう一人の女性も治療しようと振り向くと、確かにそこに居たはずの女性の姿が見えなくなっていた。振り向くまではそこに気配が存在していたのにも関わらず。
非常事態。
「——『空間魔法:探知』! くそッ居ない! ならば『空間魔法:広域探知』だ! これでも見つからないだと……いや、そうか」
柄にもなく取り乱してしまった。取り乱してしまったせいであの可能性を失念していた。
「1000年も籠っていると色々と勘も鈍ると言うわけだな。『特殊魔法:忍術看破』——」
私が見つけられなかった理由……それは隠密術だ。それもかつて忍達が活用していた高度な忍術。
初めからもっとよく考えるべきだった。魔女の力を使う者がこの時代に存在するのならば、忍の力を使う者がいてもおかしくないという事だ。
「——居た」
気配を探知したと同時に忍術で身を隠していた女性に向けて魔法を放つ。
「『土魔法:岩鎖縛』」
「な——ッ!?」
「私の目から逃れられると思うな?」
岩鎖縛。土を高度に圧縮させて岩にまで変質させ、それを用いて鎖を生成する魔法だ。それで隠れていた女を捕縛した。
「くッ、何故バレた……! それになんだこの異様な力は……!」
女は力ずくで岩の鎖を破壊しようと試みるが、私が過度に魔力を込めている鎖はそう易々と壊すことは出来ない。
それにこいつは忍の力を使えるだけで本物の忍ではないのだろう。先ほどまでの魔法を使っていた奴らのように。だから鎖を破壊できるほどの忍術は使えないだろうし、見習いしかしないミスをする。
「私レベルの魔法使いへの対策を求めるのは酷だが……せめて索敵型魔法使いの対策はするべきだったな。それに過剰魔力型の魔法を解除する忍術は用意していないのか? 身体能力を強化した魔法使いとの戦闘対応は学んでいるのか? お前は何を学んでいるんだ?」
「な、何を言ってるんだお前は!」
「はぁ……所詮この程度か」
「なんだとッ!?」
魔女だからと言って、魔法を使うからと言って身体能力が低いと考えるのは見当違いも甚だしい。
魔女だからこそ身体能力の高さへは警戒しなければならない。何故なら一流の魔女ならば自身の基礎身体能力が低い事を自覚し、身体能力向上の魔法を常に重ね掛けしているはずだからだ。
「お前は……いやお前達は一体何者だ?」
目の前のこの女には興味はないが、今こちらに向かって来ている気配には興味がある。ここまで面白い気配をダダ漏れにしていると考えると、随分と楽しそうな相手に違いない。
「未熟とはいえ忍の隠密を使えるのならば、あの程度の男達に黙って捕まっておく理由はないだろう」
意図的に捕まっていたと言うのならば、可愛い忠犬であるあの子が害されていたのを見過ごしていたというわけだ。ならばそれはもう立派な悪と言える。
「そして何故私の前から姿を消して隙を狙っていた。答えろ」
「私がその質問に答えてやる義理は――」
「私が代わりに答えましょう」
忍の力を使った女の言葉に被せるように新たな声が発せられる。若い男の声、さっきから感じていた面白い気配を垂れ流しにしている奴の正体。
「そうか。答えるのなら誰だって良い」
声の方に向くと、そこに居たのは声から感じる印象通りの好青年然とした男だった。細身ですらっとしているが、溢れる気配からは城砦のような堅牢さが感じとれる。
それに奴から感じられるこのヌメっとした泥のような気配は……懐かしいものだ。
「まずは今までの無礼を謝罪させて頂きたい。馬鹿な部下が大変失礼致しました」
若い男はそう言いながら深々と頭を下げる。しかし、それはただの行為であって何の感情もこもっていないようではあるが。
「それで、お前達は一体何者だ?」
「私は公安の能力犯罪対策四課の
「ほう、お前らが公安か」
高遠は恭しく自己紹介をすると、一枚の小さな紙を懐から取り出して渡してくる。
「こちら私の名刺でございます。単刀直入に言いましょう。私たち公安の仲間になっていただけませんか?」
名刺を受け取った私に対して高遠が抜け抜けと言い放つ。傲岸不遜にも入れと威圧を放ちながら。
「高遠さん——ッ!?」
「美濃部くんは黙っていようか。君のような下っ端が口を挟んで良い領域じゃないんだこれは」
どうやら美濃部とやらは私を公安に入れるのに反対のようだ。奇しくもそれは私と同意見なのだが、無情にもその意見は高遠に切り捨てられた。
「どうでしょうか? 公安の能力犯罪対策四課は特殊秘匿部隊とも繋がりがあります。自分で言うのは少々躊躇われますが、一般市民からすればとても魅力的な提案だと思われますが……?」
高遠が口元を緩めながら問いかけてくる。そこには絶対的な自信による傲慢さが浮かび上がっている。
それだけ公安という組織の権威は大きいのだろう。搾取した記憶からもそれは分かる。だが——
「断ろう」
「——ッ!? り、理由をお聞きしても……?」
「私より弱い存在がまとめる組織の一員になるなど考えられないからな。少なくとも私より強い奴が勧誘に来い。話はそれからだ」
動揺した高遠に対して私がそう口にした途端、無数の針に刺されたと錯覚するほどの強烈な殺気に襲われる。その殺気の元は高遠……ではなく美濃部。
「ほう? 力を隠していたのか。面白い、かかってくると良い。稽古をつけてやろう」
「貴様ァ——ッ!」
完全に頭に血を上らせた美濃部が、ナイフを取り出して私に飛びかかる。忍術も何も無いくだらない攻撃だ。
私は飛剣でそれを迎撃——する前に私と美濃部の間に大きな土の壁が盛り上がるように出現した。その土壁は美濃部の攻撃を難なく受け止め、私の攻撃も止める。
破壊は容易く出来るが……無駄に敵を増やす必要もないか。それにこの土はなかなかに硬いな。良い忍術だ。
「戻れ美濃部」
高遠が発したその声には先程までの軽く爽やかな声ではなく、重く息苦しい上位者の威圧感がこもっている。それを直接浴びた美濃部は血の気を失った表情で震えながら高遠の元に戻る。
「私の計画を邪魔するな。もう一度言うぞ。君のような下っ端が口を挟んで良い領域ではない。分かったか」
「……はい。申し訳ありませんでした」
これ以上高遠を刺激しないように下を向いて小さく震える美濃部を、高遠は無言で見つめる。何も言わずにただただ見下ろす。そして数秒後、満足したのか威圧感を消して元の状態に戻った高遠がこちらに向き直る。
本当に懐かしい力だ。
「重ね重ね馬鹿な部下が申し訳ありません。このような状態で勧誘を続けるのは厳しそうですので、今日のところは帰らせていただきます。ですが、せめて『覚醒者協会』への登録だけはしていただけないでしょうか?」
「断ると言ったら?」
「残念ですが闇覚醒者……そして殺人の罪で公安が——引いては国が貴女を追うことになるでしょう。隔絶した強さを持つ絶対強者が貴女を殺しに行くことになります。国に狙われる覚悟はお決まりですか?」
抜け抜けと言うか。最初からこいつの目的はこれだったのだな。最悪国に追われてもどうとでもなるが……不利益の方が勝つ。
「……分かった、登録だけはしてやろう。それとお前たちの名前は覚えておこう。高遠稔、美濃部咲菜」
「光栄です」
「お前に覚えられても嬉しくはない」
高遠は軽薄な笑みを私に向け、美濃部は嫌悪感を隠そうともしない。
「ここの後片付けは公安側で行いますので放置していただいて大丈夫です」
「そうか」
「最後にお名前をお伺いしても?」
「ルナだ」
「ルナ殿ですね。それではまた。行きますよ美濃部くん」
「は、はい……!」
美濃部が何かしてくるかと思ったが、高遠の睨みが効いたのか何もせずに2人して地上へ戻っていく。
「公安か……面白い」
この世界でも楽しめそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます