異世界転生した途端ヤンデレ女勇者に『待ってた』と抱きしめられて鎖で繋がれてしまったんだが。

皇冃皐月

第1話 異世界転生

 響き渡る大型トラックから発されるクラクションの音。激しく、ミミが壊れそうになる。

 それからほどなくして私の身体は宙を舞う。


 ──痛い、という感覚もない。


 ただ、ああ、私は今、宙を舞っているなと思うだけ。空は青く澄んで綺麗だなと思う。そしてアスファルトが視界に飛び込んで……。


 ぐちゃ、という音ともに、ふっと意識が途切れた。


◆◇◆◇◆◇


 すっと意識が戻る。

 目を開けたとき、見知らぬ天井が目に入った。

 トラックに轢かれたところまで記憶がある。そこからぷつりと記憶は途切れてしまっているが……。常識的に今私が置かれている状況を考えてみる。

 きっと、病院なのだろう……。轢かれた時は死んだと思った。というか絶対に死ぬじゃんこんなのと思った。特にアスファルトが視界に入った時は絶望感しかなかった。

 病院であったとしても、生きていることにまずは感謝しないといけない。


――って、待てよ。いや、違う。違うな、これ。


 天井の装飾が、明らかに日本のものじゃない。

 というか、なんだこのシャンデリア。

 こんな立派なシャンデリアって日本のホテルでも滅多にお目にかかれないんだが。派手とかそういうレベルを超えている。なんなら私、初めてみたよ。このレベルのシャンデリア。


 焦りながら上半身を起こすと、ふわりと柔らかなシーツが滑り落ちた。

 やけに高級そう。

 触り心地は最高だった。人生で体感したことのない質感であった。


 周囲を見回す。

 豪華なカーテン、大きな窓、見たこともないデザインの家具たち。どう考えても、普通の部屋じゃない。少なくとも病院では絶対にない。それだけは確信を持って言い切れる。不謹慎だが、もしもこれが病院であるのなら死んだって良い。今すぐ治療をやめて私を殺してくれて一向に構わない。


 それほどに絶対にありえないと思った。

 そうなると病院以外の可能性を探さないといけない。ちょっと考えてみるとぼんやりと頭に一つ『絶対にありえない』思考が過ぎった。

 トラックに跳ねられ、死なずに、病院へ連れて行かれるわけでもなく、見知らぬ部屋で眠っている。

 この状況に当てはまる事象が一つだけ。そう、一つだけあった。


 ――異世界転移。


 なーんてね、そんなバカなことあるわけない。非現実的だ、と笑い飛ばしたいのに、どう見ても現実味がある。状況を鑑みると、これしか可能性が浮かばない。


 混乱していると、扉が開く音がした。





 入ってきたのは──金髪碧眼の見目麗しい女性だった。

 しなやかな鎧に身を包み、気品と威厳を漂わせる姿。けれど、その瞳には驚きと、信じられないとでも言いたげな感情が宿っていた。


 「……!」


 そんな彼女は息を呑んだ。

 次の瞬間、駆け寄ってきたかと思うと、私を強く抱きしめた。

 ムギュっと抱きしめられる。


 「……やっと……やっと会えた……! やっと会えたわ!」

 「……は?」

 「千年……千年よ。千年も待ってた……! 千年も。待ってたのよ」


 しがみつくように抱きしめられ、私は完全に固まる。


 え? は? え? え? な、なに……なにこれ。


 見ず知らずの美人に抱きしめられるなんて、人生で一度あるかないかの大事件だ。でも、そんなことを考えている余裕すらない。

 彼女は震えながら、何度も私の髪を撫で、頬を寄せてくる。


 「もう二度と離さないわ……ええ、絶対に……絶対に離さないわ。離せないようにするわ!」


 なんだこれ! どういう状況なんだ……。

 ようやく思考を取り戻し、恐る恐る問いかける。


 「あ、あの……どちら様ですか?」


 彼女の身体がピクリとこわばった。

 そっと顔を上げると、驚いたように目を見開いている。


 「……私よ?」

 「いや、だからどちら様で……」

 「私のこと……忘れちゃったの、かしら? いやいやそんなわけないわよね。ほら、私よ。私。私だってば」


 血の気が引いた。

 彼女の青い瞳が、一瞬で絶望に染まる。


 「ねえ、嘘……でしょ……? ねぇ、嘘だよね。嘘って言って。嘘、嘘、嘘、嘘、嘘」


 さっきまでの幸福感に満ちた表情が崩れ、彼女は私の頬に手を添えた。


 「……そんなはずない……そんなはず、ない……わ。ありえない。ありえないありえないありえない」


 青ざめながら、必死に私の顔を覗き込んでくる。


 「私の……私の、私の魔王が……」


 今、なんて言った?

 私には魔王って聞こえたんだが。まおう? って、あの魔王……? 異世界とかによく出てくるあの魔王?


 「……ま、魔王?」


 間抜けな声が出た。


 「ええ、そうよ。あなたは千年前、私の宿敵だった魔王……そして、私が愛して、私を愛してくれた人よ」

 「待て待て待て! そんなわけないでしょ!?」


 突拍子もないことを言われ、慌てて飛び退こうとする──が、できなかった。

 ガシッと腕を掴まれる。


 「そんなわけ、あるのよ……」


 彼女は震えながら、私を抱きしめ直す。


 「私は、ずっとあなたを待ってたの。千年もの間……」

 「ちょっと待って、話し合おう? まずは冷静になろう?」

 「冷静? ふふ、もう十分冷静よ。だってあなたをこうして抱きしめられるんですもの。落ち着くわ」

 「いや、そういう意味じゃなくて!!」


 バッと彼女の腕を振り払おうとするが、びくともしない。とんでもない強い力が働いている。私の力が非力になっている、というわけじゃなさそう。


 「ふふ、ふふふふふふふ。ねえ。逃げようとしても無駄よ? 言ったでしょ? もう二度と離さないって」


 にこりと微笑まれる。私はぞくぞくした。嫌な感じであった。


 「私はね、もう二度と、あなたを失いたくないの。わかる? 一度失ったから二度と失いたくないのよ」


 私の知る限り、ここまでの執着を持たれる恋愛、聞いたことがない。創作上ではあるが、リアルで、友達から、そういう話は聞かない。

 ヤンデレ? その域を遥かに超えている。


 「大丈夫。何も心配しなくていい。もう戦わなくていいの」

 「いや、戦ったことないですけど!」


 彼女は優しく微笑みながら、私の手を取る。


 「そうね。私とあなたは運命的に戦うことを求められてきたわ。だから本能的に私を敵だと認識するのは仕方ない。けれどもう良いの。戦わなくて。だって私は、あなたを愛しているから……。あなたは私を愛しているから」


 絶妙に話が噛み合わない。

 なんかよくわからないが、異世界転生して数秒で詰んだことだけは理解した。理解したくないけれど。理解した。


 「だから、もう絶対に離さない」


 とりあえず逃げることを第一に考えよう。このままだと私はきっと殺される。

 私は勇者の腕の中から何とか抜け出そうとするが──


 ガシャン!!!!


 鎖の音が響いた。


 「……え?」


 足元を見た瞬間、血の気が引いた。

 私の足首に──ガッチリと分厚い鎖が繋がれている。

 どうやってもここから逃れられない。今の私にこの鎖を壊すだけの力はないから。


 「え、えええええ!?  ねぇ、ちょっと、何これ!!!」

 「当然でしょ? もう二度と離さないって言ったもの。ねえ、それとも……なにか不満があるのかしら?」

 「あるよ」

 「ねえ、もう一度聞くわ。今のは聞こえなかったから。うん、聞こえなかったことにしてあげる。私は……優しいから、チャンスをあげるわ。なにか、不満があるのかしら?」


 言葉に酷いほど圧をかけて、勇者はにっこり微笑むと、鎖の鍵を軽く指で弾いた。


 「この鍵は、私が持つわ」

 「え、待って、というか鍵を持つって……ちょ、ねぇ、これってどういう……」

 「ふふ、安心して。あなたはもう、どこにも行かせないわ」


 安心なんて以ての外。


 「二度とどこにも行かせないわ。逃げ出すのならば、一緒に死にましょうね」


 どこから出したのか不明であるが、すっと切れ味の良さそうなナイフを取り出す。

 私の頬にナイフの背の部分をぴたりと当てる。

 ひんやりしたナイフ。ちらりと彼女を見ると狂気じみた表情を浮かべていて……。


 「今度あなたが死ぬ時は私も死ぬわ。あなたと一緒なら……死ぬのも怖くないもの」


 彼女の声を聞き、言葉を理解し、私の今置かれている状況を大雑把ながら把握して。


 ──絶望した。

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