第106話 クレイジーとクレイジーがぶつかるという混沌

 決勝までは30分ほどの時間がある。


 会場の熱気を最大まで高めることに加え、トイレ休憩や飲み物の購入といった観客の都合にも配慮していた。

 さすがは日本で最大級の大会。


 例の準決勝の後、5分くらいして笑顔で剣騎けんきが客席に現れた。


「いやぁ、やっぱり神宮司しんぐうじ君は次元が違うね」


「大丈夫だったのか?」


 一応剣騎は日本最強の存在に蹴られ、壁に体をめり込ませている。

 それにしてはピンピンしてるみたいだが。


「ちょっと骨を折ったよ。3日もすれば完治するさ」


「骨折? どこを……?」


「腰と両肩だね。痛いなぁ」


「「「「「……」」」」」


 俺、楓香ふうか、姉さん、真一しんいち佐藤さとうの全員がドン引きしていた。


 どうして彼は平気な顔で歩けているのか。

 やっぱりクレイジーだ。


「今から僕も観客に回るよ。決勝戦は何がなんでも見届けないといけないからね」


「……おれ、帰ってもええ?」


「怖気づくなよ真一君。決勝戦を会場で見られるだけで幸運なんだ。この貴重な経験を逃すなんて、もったいない」


「会場が吹っ飛んだりしそうやんか。みんな死ぬ気するんやけど」


「え、みんな死んじゃうんですか?」


 楓香がわざとらしく驚いたふりをする。

 もうすっかり真一をナメ始めたな。まあ、これだけ怯えた様子を見せられたら、Sランク冒険者の威厳なんてないだろうからな。


「おれは帰るで。ほなよろしくな」


「ちょいちょい」


 真一はガチだったらしい。


 席から立ち上がり、逃げようとしたところで剣騎に袖をつかまれる。

 

「死人が出たら僕が責任取るよ。だから一緒に観戦しようじゃないか。友達・・として」


「嫌やてぇ」




 ***




 会場が一斉に静まり返り、最強冒険者の2人の入場を待っていた。


 東から登場するのは、【ウルフパック】社長の西園寺さいおんじ

 我らの社長の入場に、真一が情けない声を出す。


 西から登場するのは、【バトルホークス】のSSランク冒険者、神宮司。

 超小柄なエルフというキャラクター性に、多くのファンが歓声を上げる。


 もちろん、西園寺のファンも多い。会場全体で考えると、西園寺を応援する声の方が圧倒的に多いな。例の記者会見での人気爆増も影響しているだろうし、神宮司の姿がこの冒戦で初めて一般公開されたというのも大きい。


 この光景は全世界に配信されている。


 日本の冒険者業界は世界的に見てもレベルが高く、層が厚い。


 世界レベル的にはアメリカや中国の次に日本が来る感じか。

 特に神宮司と西園寺に至っては、世界トップレベルの逸材だ。


「オーラを感じない」


「ん?」


 隣で姉さんが小振りな口を開いた。


 確かに彼女の言う通り、最強の2人からはいつもの強烈なオーラを感じない。西園寺の禍々しいオーラも、神宮司のクリーンで自然なオーラも。


「抑えてるのさ」


 剣騎が説明する。


「オーラを圧縮して、本番で全力を出すために温存しているんだ。2人とも本気だよ。会場から逃げなかったことを後悔することになるかもね」


「おれはもう知らんで」


 剣騎はリラックスして客席に腰掛けていたが、その口調の感じからは明らかな興奮が受け取れた。顔から僅かに汗が滴り落ちている。


『さあ、【ウルフパック】の最強と【バトルホークス】の最強! ランクで有利なのは神宮司皇命ロード・オブ・ダンジョンですが、果たして、西園寺龍河ドラゴンウルフはそのディスアドバンテージをひっくり返すことはできるのか!?』


 お互いが剣を構えた。


 日本トップの剣術を誇る西園寺。


 その西園寺からの剣術勝負を、神宮司は受けるらしい。

 まあ、そもそも神宮司の独特の剣術も異次元の強さだしな。


 2人の剣が交差し、火花を散らした。


 圧倒的に低い位置から繰り出される神宮司の剣。

 いつもは西園寺がそっち側だから、慣れてはいないのかもしれない。


 上から剣を受け止めて弾くという戦い方に、最初の何手かは対応できずにいた西園寺。だが、感覚をつかんできたのか、フォームをルーテン派のものに切り替えて、力を使いすぎずに攻撃を流せるようになってきた。


 西園寺のルーテン派はまさにお手本。

 俺が普段使用しているフォームなだけに、一瞬一瞬の動きが勉強になる。


 アクロバティックな動きで予測できない攻撃を繰り出し続けている神宮司も、正確に手首のスナップだけで攻撃を弾かれるのは屈辱だろう。


「剣術の勝負は着いたね。今度は神宮司君の切り札が出る時だ」


 剣騎の判断もまた正しい。


 神宮司はすぐに剣を引き、後方に大きく跳んで西園寺から離れた。


 魔法が来ることを予感し、反射的に剣で防御の構えを取る西園寺。

 またも、相手の必殺技を受ける・・・つもりだ。


 やっぱり神宮司の詠唱は飾りだったらしい。前回のようにブツブツ呪文を呟くことなく、タイムラグなしで魔法を放つ神宮司。


 今回は炎。


 火炎放射が西園寺に降り注ぐ。回避することは絶対にできなさそうだ。


 剣で炎を吸収し、上に跳び上がることで炎の集中を防いだ西園寺。この判断はほんの一瞬の間にされたものだということを忘れてはならない。


 会場中の視線が、理不尽な魔法から逃れようとする西園寺に注がれていた。


「この勝負、西園寺さんの負けだね」


「……え?」


「もうこの時点で、西園寺さんは切り札を出せない」


「どういうことだ? あの光の波動みたいなやつのことか?」


 剣騎の言うことだ。

 西園寺の切り札に関して何か重要な情報を知っているんだろうが……もう負けを確信するのは早すぎるような気がする。


「神宮司君は西園寺さんの超能スキルの発動条件をよく知ってる」


「発動条件?」


 剣騎の言葉に周囲にいる楓香たちや、一般の観客までもが耳を傾ける。


「西園寺さんは対戦相手から自分の力量以上の攻撃を受けなければならない。それも、ダメージとしてね」


「わざと当たりにいくってことか?」


「いや、それだとダメなんだ。自分の力よりも大きな力を防げなかった時、もしくは自分より弱い力だったとしても完全に不意打ちを受けた時……そうして得たダメージで、西園寺さんは強くなる」


 目の前で繰り広げられている戦いは、まさにそんな感じがするが……。


「神宮司君は火力を調整してるね。剣術はきっと全力だったと思うけど、西園寺さんに必殺技を出させないよう、魔法は手加減してるみたいだ」


「……ある意味容赦ないな」


「まあ、そう思うよね。でも……これは神宮司君の優しさだと、僕は思うな」


 剣騎の言葉の意味がよくわからなかった。


 だが、少なくとも剣騎の見解は正しかったようで、西園寺が準々決勝で見せたようなおぞましいオーラと光の波動を放つことはない。


 そして――。


『おっと! これは――!』


 西園寺が剣を鞘に収め、片膝をついた。


『降参だっ! なんと、西園寺龍河ドラゴンウルフがノーダメージで降参の意志を見せました!』

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