第40話 気付けば敵に転がされていたという最悪の状況
「
思考が停止する。
不気味な声の男はもう何も言ってこない。
「ヴァイオレットが、俺の姉……?」
呆然と立ち尽くす俺の前に、1人の女性が現れる。
黒髪ロングの麗人だ。
その顔立ちには見覚えがある。
「ヴァイオレット」
「……」
麗人は何も言わないまま、首飾りに触れて髪色を変化させていく。艶のある黒髪が、一瞬にして燃えるような赤髪に変わった。
瞳は漆黒。
少し前に東京のダンジョンで遭遇し、互角の戦いを繰り広げた相手が目の前にいる。
「……姉さん?」
「……」
無意識のうちに呼びかけていた。
自分が0歳の頃の姉との交流なんて覚えてない。
それなのに、ヴァイオレットが自分の姉だと言われた瞬間、それが嘘だという考えが一瞬もよぎらなかった。
――姉が、生きてる。
だからなんだという話だ。
だが、自分でも驚くほどに動揺し、本能的に目の前の人物と戦いたくないというシグナルを出している。
「私が……黒瀬
ヴァイオレットも同じだった。
先ほどの話を聞いていたんだろう。俺と同じく動揺している。
彼女も今初めて知ったということだ。もしかしたら俺よりも、ヴァイオレットの衝撃の方が大きいのかもしれない。
「どういうことですか……?」
『単純な話だ、ヴァイオレット。ボクは当時3歳のキミを誘拐し、忠実な
「……」
突然知らされる真実。
俺がすぐ連想したのは洗脳だ。
ヴァイオレットはこの謎の男に心酔していた。だが、彼女はただ利用され、道具として扱われていたに過ぎない。
「わからないな」
俺は混乱しているヴァイオレットを確認して、小さく呟く。
「この場に彼女を派遣したのは、俺を殺してもらうためじゃないのか? だとしたら、どうしてここで幻滅されるようなことを言う?」
『もしボクがキミを本気で殺すつもりなら、ヴァイオレットよりずっと強い者を派遣していた。ボクはただ、キミたちが混乱する姿を見たいだけ。さあ、ボクを楽しませてくれ』
男の話が終わった瞬間、キーンというような耳障りな音が響いた。
即座に耳を押さえても、防ぐことなんてできない。
『この音波は人間の理性を失わせ、攻撃的にする。目の前の人物に強烈な殺意を抱かせる』
「――ッ」
ほんの一瞬の出来事だった。
間合いを詰めたヴァイオレットからの、不可避の一撃。
その瞳に混乱はない。
実の弟である俺はもう、ただの殺戮の対象でしかなかった。
***
「よし、よくやってくれた、
離れた位置で備えていた山口は、
しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。
敵が実力者であるとわかっている以上、現場にいる才斗がたった1人で対処できるとは限らない。
――すぐに駆け付けないと。
冒険者のダッシュで、発信現場まで移動する。
警戒されないよう、Sランク冒険者の山口でさえも走って10分かかる位置にまで離れていた。
「待て」
「ん?」
しかしダッシュの最中、自分の本気の速度についてくる異質な存在に気付く。
「君は……」
何かを言いかけた山口。
まとまったセリフを放つ前に、吹き飛ばされる。
「お前には俺と戦ってもらう」
日本有数のSランク冒険者の前に立ちはだかったのは、筋骨隆々の巨漢だった。
巨漢が纏う異質なオーラから、一般の冒険者とは格の違う存在であると直感する。
「Sランク冒険者……?」
「お前の質問に答える義理はない」
「やれやれ、そりゃあ警戒されるよね」
面倒くさそうに溜め息をついた山口は、大阪のど真ん中で剣を抜いた。
「才斗ごめん、もうしばらく1人で頑張ってくれ」
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