王国side Day1

 王国所属竜騎士団団長、ノア・ランドール。

 かつて横領、賄賂、人身売買など、腐敗していた竜騎士団を根本から正し、導いた人物。その他数々の魔獣討伐、諸外国との戦争の活躍から英雄と名高い。そんな人物が突如、自身の執務室に辞表と引き継ぎ書、そして騎士団員への手紙のみを置いて失踪した。


 噂は広まり国中が驚く中、最も騒然としたのは竜騎士団だ。突如自分たちの長が姿を消した。しかも誘拐などではなく、自分の意志で、この騎士団を出て行った。


「俺たちに呆れておられたのだろうか…?」

「何か団長が嫌なことをしてしまったのだろうか…?」


 落ち込む団員に、一人の団員が立ち上がる。


「団長はそんなこと思わない!もし思っていたなら、きちんとお話をしてくれる。私たちが慕っていた団長は、私たちと向き合ってくれる人だっただろう!違うか?!」


 団員の言葉に皆が次々にそうだ、と声を上げる。


「団長は俺たちを捨てたりしない!」

「何か訳があったはずだ!」

「絶対に団長を取り戻す!」


「当然だ」


 現れたのは竜騎士団副団長を務める男、ヒダカ・トリビス。かつてノアと共に竜騎士団の再建に走り回った数少ない同期だ。


「アイツは俺らにとっていなくちゃならねぇ存在だ。例えこれがアイツの意志だとしても、俺はアイツ自身から話を聞くまでは受け入れねぇ」


 彼は悔しかった。ノアが辞めたことではない。彼女が自分に何の相談もなくいなくなったことが、悔しかった。この件に国王が一枚嚙んでいることも、腹が立つ。昔から国王は、嫌がらせのためなら手間暇を惜しまない男だった。


 国王にノアの居場所を聞いたところ、返って来たのは知らないの一言だ。嘘だと思ったが、それを確かめる術はない。


「…なぜ、ランドールを止めなかったのですか。彼女の力がこの国にとって必要不可欠だと、陛下が一番知っているはずです」


「無論だ。我らが英雄、我らが守護者。だが英雄だろうと所詮人の子。休養は必要であろう」


「っ、ですが!」


「それに昔と今は違う。かつての腐った騎士も、落ちぶれた王も、ここにはいない。英雄なくとも我らは頑強であると示せねば、彼女が天に迎えられたときにどうなるかなど分かり切っていることだ」


 強く握りしめた手は、王の言葉が理解できているから。そして理解できているからこそ、受け入れたくないのだ。下がれと命じられれば、ただの竜騎士団副団長に王を拒絶する力などない。受け入れるしかないのだ。

 扉を出る直前、王が思い出したようにヒダカを止める。


「文のやり取り程度ならば見せてやれるが」


 にやけた顔に、昔であれば拳を叩きこんでいたところだ。


「要らねぇよ、クソ野郎が」


 バンッと扉を開け、荒々しく出ていくヒダカ。宰相が怒りに震えるが、王がそれを止めた。


「クククッ…。本当に、からかい甲斐のある男だ」


 王の様子に宰相はため息を吐く。近くの扉が開かれ、美しい女が姿を現した。この国の王妃である。


「陛下…。そう副団長をからかいにならないでくださいまし。お可哀そうでございます」


「おぉ、すまない。しかし其方も奴と同様、私に腹を立てているのだろう?」


 王がこの国をまとめ、落ち着くのに時間がかかってしまったことで、王と王妃の年齢差は二十にも及ぶ。そのため王は王妃を溺愛していたし、王妃も素晴らしい王のことを心から愛していた。しかし今回の件は、例え愛しい存在であり国の統治者である夫の決断だとしても、簡単に許せる問題ではない。


「当然でございます。私の最愛のお方、ノア様を遠き場所に追いやってしまわれたのですから」


「追いやったのではない。私は解放してやったのだぞ、ノアの望み通りに」


「周囲への伝達も満足にせず、忽然と姿を消すなどノア様らしくありませぬ。どうせ陛下が無理やり外へ促したのでしょう?」


 流石王妃、王の隣に立ち、意見を交わし合うだけある。同等の目線で同等の価値観で国の未来を想い語る同士だからこそ、王妃は王の考えがよく分かった。しかしノアを外へやったことは許せない。


「社交界もノア様の喪失に荒れてしまうでしょう…。我らが『白杖会』も気を落としております。この落とし前、陛下はどのように付けるおつもりですか?」


「社交界はまぁ良いとしても、『白杖会』…。非公式のノア親衛隊であり、多数の高位貴族のご婦人ご令嬢が名を連ねている、あの会か…。それはやっかいだなぁ…」


 笑いながらも隠された扇下で怒れる王妃を宥めるために、何か策を出さなければならない。それならば、と王が提案したものに、王妃は目を輝かせる。


「どうだろうか?」


「…陛下はずるいお方ですわ。そんなの、皆喜ぶに決まっておりますのに」


 愛する妻の機嫌が直って良かったと思う。どちらにしろ、国王は年下の王妃に甘いのだ。


 数日後、社交界にて秘密裏に出回ることになる竜騎士団長ノア・ランドールのブロマイド写真。発行元は王妃が会長を務め、ノア親衛隊が集う『白杖会』。旅を満喫するノアの写真を手にすることができた者は、とても幸運だと言われている。


 騎士団に戻ったヒダカは、彼の言葉を待つ部下たちに首を振る。国王からは何も情報が得ることができなかったことが分かった部下たちは目に見えて落胆した。


「落ち込むのはまだ早い。それだけで諦められる程度の忠誠じゃねぇだろう?」


 顔を上げた部下たちの目に燃える炎は、ヒダカも同じ。諦められるなら、始めから国王に直接伺いなどしなかった。諦められないから、顔さえ見たくない人間の所までわざわざ赴いて情報を少しでも掴もうとしたのだ。


「お前らは、暴走すんじゃねぇぞ」


 しかし1部の団員の、少し違う目の色につい釘を刺さずには居られなかった。


「当然であります!私は規律を重んじますので!」

「当たり前方向に進め〜ってな!ダハハ!」

「団長帰ってこない騎士団にいる意味何って感じだけど、団長連れ戻すからいるって感じ」

「は、早くノア様のお姿を目にせねば、ノア様と同じ空気を吸わねば、ノア様の存在を感じなければ…!」

「俺がなんでこんな気持ち悪い奴らと同列に扱われてるんだよ」


「他もヤベぇけど、1番ガンギマリ野郎が文句言ってんじゃねぇよ。良いか、これは集団戦だ。相手はまとめて掛かってようやく捕まえられる。単独行動なんざ以ての外だからな」


 まばらに返される答えに心配しか感じない。しかし彼らが、団の中でも頭1つ抜けて優秀なのは周知のことだ。彼らが必要だとヒダカは分かっている。そして彼らも、自分1人で探しに行っても難しいことが分かっているから、何とか留まっているのだ。


「我らの使命はなんだ」


「「「この世の平和を維持することにある」」」


「我らの命は何のためにある」


「「「この世に生きる人々のためにある」」」


「我らの力は」


「「「空羽ばたく竜と共にあり」」」


「我らの忠義は」


「「「国王陛下に」」」


「我らの忠誠を捧げるは誰だ!」


「「「ノア・ランドール唯一人!!」」」



「絶対に見つけ出すぞ!」



 皆の雄叫びが竜にも伝わり、彼らの咆哮が聞こえる。

 竜舎からノアの相棒、レヴィースカが姿を消した。つまり彼女はノアと共にいるということだ。竜同士であれば遠く離れていてもコミュニケーションが取れる。しかしレヴィースカは王竜だ。彼女が望まないことを他の竜は受け入れないので希望は薄いだろうが、何もしないよりはましだ。何が何でも見つけ出して、連れ戻す。


「覚悟しとけよ、ノア」


 竜騎士団専用の黒い騎士服を身に纏い、彼らはノア探しに動き出した。

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