KAC20255…「天下無双・ダンス・布団」

夢美瑠瑠

第1話


 「天下無双」の豪傑・武蔵坊弁慶と、「ダンス」のように、軽業師のように、”八艘飛び”できるという身軽さで名高い九郎判官義経、は、主従の関係にあった…ことは、歴史上の常識らしい。


 「蒲団」という名作をものして、文名が上がった田山花岱氏は、次作にこの二人の行状を題材に歴史ものを書くことを思い立った。


 「主従済度」     田山花岱


 弁慶は、ぐれた生臭でも、やはり仏門に帰依していて、僧籍にあり、人を殺した後には弔いに読経するのだった。

 彼の中でこのことは矛盾していなかった…

 かれは親鸞を尊敬していて、「仏に会えば仏を殺せ」「悪人正機」を、金科玉条に、自己正当化しつつ、京の五条橋を根城にして、100人斬りを敢行中だったのだ。


 99人殺したところで、「南無妙法蓮華経…」と口ずさみ、薙刀の鮮血を拭った。


 そこにまた、次の獲物が通りかかった。

 白面の、女のように華奢で、横笛を吹いていて、しかし、どこかあなどれない気配を漂わせている、精悍な若武者であった。


 「うーむ。なんだか玄妙な野郎だな。 女じゃあるまいな。 武家娘のような長髪を婀娜あだに結って、垂らしている… 気絶させて玩具おもちゃにしてやろうか。」

 舌なめずりをせんばかりに弁慶の赤目が好色に光った。


「でああああああ!」

いきなり、無雑作に切りかかった。

あっけなく凶刃に斃れるかと思いきや…若武者はパッと身をひるがえしてバネのように弾み、次の瞬間、もう弁慶の背後の擬宝珠の上に佇立していた。


「なにを…無体な。ご挨拶でござるな」

義経はうっすらと微笑んでいる。


 「うぬっ! 貴様は…何者だ!」

 只者ではないな、と見た弁慶は警戒して、薙刀を改めて、慎重に間合いを計った。

 これが100人目…あっさり決着をつけて、自分の修行道の、次の行程に移るつもりだった。


 修験者でもあり、殺生は、一種の悪因縁との訣別という意味を彼独自の哲学の中で位置づけており、血で血を洗うという贖罪と供犠に、比叡山の僧侶、僧兵という偽善的で生ぬるい生き方への疑義からの、闇雲な解脱を試みる、方便だった…


 私淑する親鸞の教えを、実際に究めるという、その修行の実践という、祈りにも似た彼の迷いから出た”愚行”であった。


 実際には盛んな血気を鎮めるために過ぎず、「五陰盛苦」もまた、「苦」だという

ことの証左かもしれなかった。


 「弁慶! もう殺生はよせ! 錯乱しているだけのお前におれは殺せない!」

 義経…牛若丸はカラカラと高笑いした。

 「なぜオレの名を…! 笑いおったな! 許せん!」


 弁慶は逆上して、烈火のごとくに憤怒して、物干しざおのごとき薙刀をめったやたらに振り回した。 が、飛鳥のごとくに虚空への跳躍を繰り返して、牛若丸は、するりするりと、身を躱す。

 それが、無数に繰り返された。

「お、おぬし、なかなかやるな」

 やがて、はあはあと荒い息をつきつつ、弁慶が力尽きてしゃがみこんだ時に、対手の両者の間には、不思議な親愛感が芽生えていた…」


 「こういう文章は書くの初めてやけど…なかなかうまく書けたかもしれん。」花岱は独り言ちた。

 「弁慶が義経に心酔していくプロセスが、ちょうど西遊記の三蔵法師と悟空とか、三国志の劉備玄徳と張飛を彷彿させる…そういう主従の契りの道徳的な教化の力?そういう主題が浮き彫りになったら面白い」

 そう考えて、花岱は、にんまりと笑みを泛べた。

 「「蒲団」は、あからさますぎるって酷評されたりして、ずいぶん評判を落とした。心機一転、名誉挽回に、この新作には心魂を注いでいこう!」

 

 若き私小説作家の、新境地の幕開けだった…


<了>

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