43 賭け
「多分だがな。あんたが人の身を取り戻すほうが、このままはぐれるよりずっと長生きできるぞ」
「これだけ長く生きて、まだ寿命を求める?」
「それだけあんたに時間がない、という意味だよ」
かわるがわる、ウサギとキジの駒を進めたり戻したりする。どうやら前の手番で捨てられた札の内容で、次の手番の行動指針が決定されるルールなのだと推察する。罠を示す赤い木駒は、手番が変わるごとにスタート位置から1つずつ前へと進められており、ウサギとキジをゆっくりと追い立てる。
「それともセドは、ご慧眼にはかなわなかったか?」
ふと名前を呼ばれ、なんとなく気まずくて盤から目を逸らしてしまう。机の下へと視線を移せば、小さな脚が悠々と組まれているのと、収まりきらないほどの長い脚が小さく揺すられているのが見えた。
「そんな訳なかろう。よくもまあ、これほどの素質持ちを寄越したもの、と思ったわ」
「素質はあったんだな。じゃあ人間性に問題でも?」
「否、そちらも申し分ない」
「そうか。申し分のひとつくらい、あってもおかしくはないとは思うが」
コツコツと、駒が進められる音が聞こえる。互いの駒の位置だけで見れば、五分五分のように見える。
「ならば〝利用〟すればいい。セドのことを」
「……しかし」
ゼファ様の表情に影が落ちていく。対するムウさんは笑みを崩してこそいないが、ゼファ様の瞳を真剣に捉えている。僕がどれだけ神となりたいと
「この長命を、セドに背負わせたくはない。全て捨ててまで、誰かを喪い続けるなど」
「ふうん。後悔、しているんだな」
「お主はしておらぬのか」
「ああ」
盤へ視線を戻せば、キジの駒が罠に程近い位置にあった。しかしムウさんの表情に焦りは見られない。ムウさんはカランと木板を投げて見せ、あんたの手番だと言うように手でジェスチャーする。
「さて。私が最も得意な事は何だと思う?」
「製薬ではないのか?」
ゼファ様が駒を進める傍ら、ムウさんが不敵な笑みで僕へと視線を寄越した。顎先でクイ、とこちらの返事を促す。あまり自信はないが、マグノリアの記憶の濁流から与えられた情報の中に心当たりがあった。
「――博打」
「御名答。私の記憶を見たというのは嘘じゃないようだな」
何を言っているのだ? と困惑するゼファ様。ベリーの紅茶を注いで少し呷り、木板を捨て見せて手番を返す。もうムウさんのキジの駒は、あと数手の間に罠にかかりそうな位置まで遅れていた。
「フ、分かり易すぎる、あんたの手は。守って逃げてばかりいないで――選んで、賭けてみたらどうだ。未来へ」
ムウさんが、駒を〝引き戻す〟――これでは次の手番、罠にキジは捕らえられてしまう――しかしその時、ムウさんがその顔の横で、木板をくるりと翻してみせた。
「互いの位置の、交換……!?」
「チェック。私の勝ちだ」
いつの間にか注いでいた渋茶を口に含んで、ムウさんはクツクツと笑ってみせた。
その後も二戦ほど行われたものの、ムウさんが二戦とも制する。両者ともに負けず嫌いという訳でなく、ゲームに真剣という訳でもなさそうだ。ただ話をするのに、娯楽を挟むことで心にゆとりを持たせているように見えた。
聴き慣れた気怠げな少女の声と、深みのある低音の男性の声がかわるがわる耳に入る。内容が気になるものの、穏やかな風のようにゆったりと聴覚を刺激する声に安心感を覚え、やがて眠気が増してくる。
……暫くして、こくり、こくりと自分が舟を漕いでいることに気がつく。聴いている、聴いているのだ。二人の会話は。駒を打つ音は。
「普通、千年も生きたら他者が死ぬことにもいい加減慣れるだろ。しかも昔のあんたは〝そんな〟じゃなかった」
「お主が小さく丸くなったように、我の人となりが変わったとておかしくなかろう」
コツコツ、コトリ、パタン。コツコツ、コトリ、パタン――と繰り返される音は、まるで僕の寝息のように規則正しい。
「先代や家族はとっくに死んで久しいじゃないか。なら女か? 相棒か?」
「探ってどうする」
「もしくは、そう、セド以外の後継者候補――」
「よせ」
「成る程、な」
抑揚の薄い会話が遠くで聴こえる。瞼はもう重く開かない。机に組んだ腕の中へ、頭を預ける。
「それよりも……布団に運ぶべきか?」
「ああ、この回が終わったら手伝ってくれ。悪いな」
微睡みの中、心地よい温かさが背中を包む。誰かが羽織をかけてくれたらしい。木とインクの匂いからゼファ様のものだとわかる。布の適度な重みが、僕の意識を深く深くへと誘う。
「安らかな顔だ」
「ああ」
二人の笑い声が、遠くで聞こえた気がした。
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