24 欲張り

 踊り手の召集を知らせる長い長い陽気な前奏。広場にはだんだんと人が集まり始めている。男女ペアが基本だが、同性同士のペアであったり、互いに異性装をしていたりと、近頃はかなり自由で柔軟なペアが互いの手を取り合っていた。端のほうでは、踊りたいと駄々をこねる男の子に、母親がなだめながら付き合ってあげようとしているのが見える。


「お前、踊れるのか」

「ムウさんこそ。全然いいんですよ? 一番簡単なものでも」

「馬鹿言え。正統派のものでいいな?」


 長い年月の中、花祭りの踊りはだんだんとアレンジされていき、今では簡略化されたり逆に技巧を凝らしたりといった多岐にわたる振り付けがある。


 ムウさんの言う〝正統派〟の振り付けは、誰もが最初に覚える一番古いものだが、ステップがかなり複雑なうえ、ペアとの間合いを取るのが最も難しい振り付けだと言われている。これを踊って気になる相手との相性を確かめる、といった話もあるくらいだ。試すようなムウさんの発言に、いいでしょう、と返す。


 演奏のテンポが徐々に上がり、観客の手拍子や声がだんだんと大きくなる。普段は静かな村の夜が、熱気に包まれ始める。


 主旋律を奏でる弦楽器が演奏に加わる。ムウさんに向き合い、両手を繋いで、まずは右足を前へ踏み出す。と同時に、ムウさんがぐっと僕に身体を寄せる。


 小柄な体躯のムウさんが、背の高い僕に合わせるために細かいステップを跳ねながら刻む。普段座るか立つかしかしていないはずなのに、こんなに軽やかに体を動かせるのか。僕も負けていられない。自然と歩幅を大きくして、姿勢を崩さない程度に腰を落とし背の高さを合わせる。前、後、つま先で地面に弧を描いて、腕を組んでそのまま、回る。


 初めて踊る相手のはずなのに、距離感や息がぴったりで、ああこんなにも心地良い時間はあるだろうか。


 変拍子にも変速にも僕の幅広のステップにも、全部合わせてくる。楽しい。小雨が降ってきたのか頬に冷たい感触があったが、僕の体はとびきり熱い。天候なんか気にしていられない。えい、えい、と観客が合いの手を送れば、ムウさんがぐっと身をかがめ、僕の脇の間を軽やかに抜けて、後ろの位置を取られる。


「ちょっと」

「フ、リードされる側は初めてか?」


 上目遣いでニタリと笑い、挑発してきたかと思えば、僕の腰に手を回された。勢いのまま、足捌きを止めることなく完璧にリードしてくる。僕はそれを甘んじて受け入れ、音楽の盛り上がりとともに、腰に添えられた手を支点に背中を反らす。扇を開くように、ムウさんよりずっと長い腕を翻してみせる。やるじゃないか、と呟いたのが聞こえたが、すぐに楽器の音に上塗りされた。


 僕たちの体の間を中心にくるくると回れば、半回転多く回るように歩幅を広げる。互いのポジションが入れ替わり、再度僕が主導権を握る。


「……ねえ、ムウさん!」


 歓声や足音や楽器の音に負けないよう、いつもより声を張り上げる。目の前の神様にあまりに夢中になっていて、疲れていないのに息が上がってしまっている。


「何だ」

「僕――すっごく欲張りな人間だったかも!」


 ムウさんの髪の生花飾りが、激しい動きを受けていくつか白の花弁を散らす。踏み込んだ足に力を入れて、背中から脇へと手を回し、抱え込む。元の振り付けにはない行動に、ムウさんは目を丸くする。


「僕の生き方を縛っていると、貴方が憂いていたから――」


 膝が地面につくくらい腰を落として、反対の手をムウさんの膝裏へと通し、立ち上がる勢いを使って横抱きにした。


「僕は世界中の誰よりも自由な意志で、自分の意志で! 貴方を――ムウさんを幸せにしたいって! そう、思ってしまいました!」


 恥ずかしくって、でも大切な宣言をした。気持ちがあふれるまま、くるりと一回転する。マナ構成体とは思えないずしりとした重みが両腕に乗り、ムウさんが確かにここに存在している、と思わせてくれる。


 悩んでいるなんてムウさんらしくない。過去がどうであれ、僕の人生がなんであれ、僕には今、今のムウさんがいる。知識や閃きを長々と語ったり、皮肉を言って笑ったり、そして時に――いやずっと――僕を大切にしてくれた、そんなムウさんを心から愛しく思う。育ての親に対する感情としては到底あり得ない、僕からムウさんへと捧ぐ無償の献身を、踊りの中のエスコートで示してみせた。


 ムウさんは黙って僕の誓いを聞き届けてくれていた。先ほどまでの挑発的な表情はすっかりなく、僕の腕の中でただただ柔らかに、笑んでいた。


「精々、頑張ることだな」


 音楽がクライマックスに差し掛かる。額が汗で覆われているが、緊張や照れによるものか運動によるものか、もう何が理由か分からない。手を取り合い、離れてみたり身を寄せたりして、小気味よく曲の盛り上がりを迎え入れる。ムウさんとじっと目を合わせれば、今までで一番、心と心で繋がれた気がした。


「ああ、やはり、セドは私の――」




「――誰か!!」




 女性の絶叫。


 楽器の音が止む。だんだん観客の声も収まり、最後には足音も消えた。一瞬の静寂のあと、かすかなざわめきが人の間を伝播していく。


「村長が……村長が、大変なの!」


 叫ぶ女性をよく見れば、村長のお孫さんだった。顔を青くして動転している。村長に何かあったんだ。雨粒がだんだんと、頭へ肩へと落ちてくる。


 ムウさんに目配せも声かけもしなかったが、僕たちは同時に村長の家へと駆け出していた。

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