第2話「人類の崩壊」

西暦2125年8月17日――作戦名ラスト・スタンドの日。


「メーデー!メーデー!こちら司令部!シンギュラリティ軍がヌサンタラ・キャリアを突破!即時撤退を要請する――!」


無線越しに響く兵士の悲鳴。戦場全体に広がる絶望の声。


ドォォォン!!


「司令官!!」


レイは絶叫した。怒りと悲しみで喉が裂けそうだった。


彼は《マキナ》を駆ってキャリアを守ろうと死力を尽くした。だが、シンギュラリティの大軍は基地を飲み込んだ。


そして今、司令部が壊滅したことで、レイたちは生き残りをかけた絶望的な戦いを強いられていた。

限界まで稼働するマキナ。襲い来る無数の敵。


そして――


ヌサンタラ・キャリアは陥落した。


「司令部が消えた今、誰が指揮を執るんだよ?!」


「レイ少佐……指示を……!」


通信機越しに仲間たちの声が届く。戦場で生き残っている者たちの、震える声。


レイは拳を握りしめた。


「作戦Bに移行する!軍事基地は捨てろ。最優先は《スカルノ要塞》の防衛だ!政府中枢と避難民を守る!」


彼は生き残った部隊を再集結させた。


スカルノ要塞――それはインドネシア最後の防衛拠点。

ヌサンタラの中心にそびえる、国家の最期の砦。

避難した市民たちにとって、ここが最後の希望だった。


部隊は要塞に向かって急行する。だが、そこに待っていたのは――


既に始まっていた戦闘。


防衛部隊は押し込まれ、要塞の60%が制圧されていた。

エネルギーシールドだけが、市民たちを虐殺から守っていた。


レイは迷わなかった。


「突撃!全火力を解放しろ!」


仲間たちが叫び、戦場に飛び込む。


その時――


「レイ少佐……なのか?」


通信機から掠れた声が響いた。


最高司令官――プラタマだった。


「司令官! ご無事でしたか……ヌサンタラ・キャリアは……陥落しました。我々は……任務に失敗しました……」


重い沈黙。


やがて、司令官が口を開いた。


「……そうか。我々は限界を迎えたようだな。」


その声は、まるで希望を失ったかのようだった。


「レイ少佐、よく聞け。生存しているのは、お前たちを含めた8部隊のみだ。増援は……来ない。国連も……助けには来ない。」


「……何?」


「世界の主要軍事国家は、すべて壊滅した。日本、韓国、中国、ロシア、EU、アメリカ……すべてだ。最後の通信で確認された。彼らは《タイプAシンギュラリティ》に消された。」


レイの呼吸が止まった。


世界は……終わったのか?


「大統領から最後の命令が下った。『市民を死守せよ』。レイ少佐、お前が《マキナ・ライダー》を率い、スカルノ要塞を守れ。これは最終命令だ。」


レイは奥歯を噛みしめた。


「了解しました。」


そして、全隊に向けて宣言した。


「こちらレイ少佐。今より私が指揮を執る。市民を守るため、ここで死ぬ覚悟で戦え!何があっても……シンギュラリティを要塞内に入れるな!」


怒号と共に、部隊は再編成され、戦線へと散っていった。


南部戦線――最激戦地。


レイは《A01-ガルーダ》を駆る。

紅白の装甲。その胸には金色のガルーダの紋章。


インドネシア最強の《マキナ》。

世界が認めた《エース》の証。


ガルーダの刃が、シンギュラリティを切り裂く。


「クソどもがぁぁぁ!!」


スラスターが爆ぜる。

一閃、フォトンブレードが閃く。

蒼白い閃光が敵を両断する。


フォトンガンが空を焼く。

敵の群れが爆散する。


だが――敵の数は減らない。


仲間たちは追い詰められていた。


「……まずい……このままでは持たない……!」


その時――


ドォォォン!!!


地響きが戦場を揺るがした。


要塞西壁――崩壊。


レイの顔から血の気が引いた。


そこに立っていたのは――


《タイプAシンギュラリティ》


《アビサル・リーパー》。

「……嘘だ……そんな……」


レイの手が震えた。


彼はこの怪物と戦ったことがある――太平洋戦争の最中に。

《アビサル・リーパー》は、国連の《ライダー大隊》をたった一機で殲滅した。

レイは、辛うじて生き延びた……ただ一人。


今、悪夢の化身が戦場に降り立つ。

全身に凶悪な兵装をまとい、燃えるような光を放つ光学センサー。


そして――


無数のマイクロドローンを展開した。


生きた爆弾。


それらは戦場を覆い、次々と爆発を引き起こした。


ドォォォン!!


たった一瞬で、三個小隊が消滅した。


無線から、仲間たちの悲鳴が聞こえた。


「助けてくれ――!」


「レイ少佐、私は――」


BOOM!!


声が、途切れた。


死んだ。


レイの意識が崩れそうになる。


仲間が、一人また一人と殺されていく。


だが――


彼は膝をつかなかった。


「隊形を維持しろ!崩れるな!」


レイの叫びに、部隊が応じる。生き残ったライダーたちが防御陣形を組み、必死に反撃を続けた。


レイは《ガルーダ》を駆り、光速のような斬撃と射撃で猛攻を仕掛けた。


その圧倒的な戦闘技術に、仲間たちは一瞬、希望を見出した。


だが――


それでも足りなかった。


その時。


《アビサル・リーパー》が光を放った。


主砲がチャージされる――巨大な三日月状のエネルギービーム。


「伏せろ――!!!」


BOOOOOOM!!!!


紫紺のエネルギー波が戦場を貫いた。


レイの隊は生き残った。


しかし――


中央司令塔が、消えていた。


そこには、最高司令官がいた。

大統領も、政府高官も、すべてが――


レイの目が、見開かれた。


「いやだあああああ!!!」


部隊は絶望に崩れ落ちた。


「そんな……」


「司令官も……大統領も……全員死んだ……?」


「終わった……インドネシアは……もう……」


「嫌だ……死にたくない……!!」


ドォォォン!!


また、一人、仲間が死ぬ。


「ミナ!!リアン!!アヤ!!マーティン!!うわあああああああ!!! 俺を一人にしないでくれ!!」


レイの頬を涙が伝う。


手が、震える。


その時――彼は見た。


シンギュラリティが、市民区域に侵入していた。


男たち。

女たち。

子供たち。


最後の生存者たちが、虐殺されていく。


彼は――


何もできなかった。


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