第1話 双子の姉妹
「お姉ちゃん、遅い!」
「ごめんごめん、髪が上手くまとまんなくて」
「気合い入れすぎだって。たかがヴァレンタインにチョコあげるだけでしょ?」
そう、今日はヴァレンタインデー。世の女子達が色めき合っている。
そして、目の前にいる双子の姉も同様に。
簡単に自己紹介すると、姉の名前は
と、いっても高校生活は残り2ヶ月を切っている。
高校まではバスと電車を乗り継いで、約1時間かけて通う。バス停が家のすぐ近くにあるので、そこは有難い。
ピッと、ICカードを通してバスに乗り込んだ。
「彩音、こっち空いてる」
「ありがと」
後ろから2番目の席が空いていたので、2人並んでストンと座る。
バスに乗れたら一気に安心感に包まれる。
外を眺めながら自分の家が遠ざかっていくのを眺めていたら、朱音が大事そうに鞄をギュッと抱えて小声で言った。
「今日しかチャンスないんだよ。吉田君、九州の大学行っちゃうんだって」
「へぇ、そうなんだ」
知っているが興味なさそうなフリをする。
だって、吉田君のことをわたしも好きだなんてバレたら困る。流石双子と言うべきか、好きな相手も被ってしまったのだ。
わたしは朱音と修羅場なんて嫌だから、引き下がることにした。
「お姉ちゃん、応援してるね」
すると、朱音はガッツポーズを作って言った。
「応援ありがとう! 持つべきものは双子の妹よね! 当たって砕けてくるわ」
「はいはい。綺麗に砕け散って下さいな」
「そこは、砕けてどないすんねん! でしょ?」
「関西弁禁止って言ったのお姉ちゃんじゃん」
「だって、あの頃は虐められてから」
わたし達は、いわゆる転校生だった。
転校して来たのは中学2年生の頃。親の仕事の都合で、兵庫県から広島県へと引っ越して来た——。
初めこそ、転校生というだけで興味の対象となった。双子なのも相まった。
『ねぇねぇ、関西の人って面白いんじゃろ? おもろいこと言ってや』
『私も聞きたい! どっちがボケでどっちがツッコミなん?』
『そんなん無いんやけど……』
関西人=漫才師では無い。
2人で困惑している日々を続けていると、次第に周りからは“つまらない関西人”のレッテルをはられるようになった。
別にそこは構わないのだが、大人しく過ごしていても喋り方が違うので、やはり目立ってしまう。
関西弁を喋るだけで、言いがかりを付けられるようになった。
『俺らのこと見下しとんじゃろ』
『何か、お高くとまってるよね』
そして、2人揃って無視されるようになった。
靴を隠されたり、机に落書きなんて虐めは無かったが、無視と陰口は意外に辛い。双子だから乗り越えられたけど、1人じゃ耐えられなかったと思う。
それから、わたし達は標準語で話すように頑張った。
え? そこは広島弁じゃないのかって?
そんなの癪にさわるから絶対嫌だ。
——そんなこんなで、虐められていた中学時代を乗り越えて高校生になった私達は、虐められなくなった。
「まぁ、今じゃ標準語の方が変って揶揄われちゃうけどね」
「でも、同じ顔してるのに彩音の方がモテるの何でだろうね?」
朱音にまじまじと見られて、やや照れる。
「そりゃ、お姉ちゃんより可愛いからでしょ。何なら、お姉ちゃんのフリして、わたしから吉田君にチョコあげてこよっか?」
モテた試しはないと思うが、冗談混じりに返せば、朱音は鞄から可愛いラッピングに包まれた箱を取り出した。そして、クソ真面目に言われた。
「お願いしても良いの?」
「アホか! 良いわけないやろ!」
「良いじゃん。お願い! 冷蔵庫にあるラスイチのプリン食べて良いからさ」
「プリンか……」
あのプリンは、そこらの普通のプリンとは違う。祖母が高級デパートの地下で買ってきてくれた、我が家では超高級プリン。滅多に口に入る代物ではない。
「よし、チョコ渡すだけね」
「良いの!? ありがとう!」
思わず大きな声になってしまった朱音は、周りの視線に気付いてペコペコと頭を下げた。
「へへ……やっちゃった」
コツンと自身の頭を手で小突く姿は、見ていてイラッとする人も多いだろうが、わたしはそんな朱音も憎めない。
「双子の姉妹だからかな?」
「何?」
「ううん、何でもない。お姉ちゃん、メッセージカードとか入れたの?」
——まさか、この近い未来、目の前にいる姉と百合に発展してしまうなんて、この時のわたしは知る由もない。
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