第1話 双子の姉妹

「お姉ちゃん、遅い!」


「ごめんごめん、髪が上手くまとまんなくて」


「気合い入れすぎだって。たかがヴァレンタインにチョコあげるだけでしょ?」


 そう、今日はヴァレンタインデー。世の女子達が色めき合っている。


 そして、目の前にいる双子の姉も同様に。


 簡単に自己紹介すると、姉の名前は小鳥遊たかなし 朱音あかね。18歳。わたしの名前は彩音あやね。もちろん18歳。広島県在中の現役女子高生。


 と、いっても高校生活は残り2ヶ月を切っている。


 高校まではバスと電車を乗り継いで、約1時間かけて通う。バス停が家のすぐ近くにあるので、そこは有難い。


 ピッと、ICカードを通してバスに乗り込んだ。


「彩音、こっち空いてる」


「ありがと」


 後ろから2番目の席が空いていたので、2人並んでストンと座る。


 バスに乗れたら一気に安心感に包まれる。


 外を眺めながら自分の家が遠ざかっていくのを眺めていたら、朱音が大事そうに鞄をギュッと抱えて小声で言った。


「今日しかチャンスないんだよ。吉田君、九州の大学行っちゃうんだって」


「へぇ、そうなんだ」


 知っているが興味なさそうなフリをする。


 だって、吉田君のことをわたしも好きだなんてバレたら困る。流石双子と言うべきか、好きな相手も被ってしまったのだ。


 わたしは朱音と修羅場なんて嫌だから、引き下がることにした。


「お姉ちゃん、応援してるね」


 すると、朱音はガッツポーズを作って言った。


「応援ありがとう! 持つべきものは双子の妹よね! 当たって砕けてくるわ」


「はいはい。綺麗に砕け散って下さいな」


「そこは、砕けてどないすんねん! でしょ?」


「関西弁禁止って言ったのお姉ちゃんじゃん」


「だって、あの頃は虐められてから」


 わたし達は、いわゆる転校生だった。


 転校して来たのは中学2年生の頃。親の仕事の都合で、兵庫県から広島県へと引っ越して来た——。


 初めこそ、転校生というだけで興味の対象となった。双子なのも相まった。


『ねぇねぇ、関西の人って面白いんじゃろ? おもろいこと言ってや』


『私も聞きたい! どっちがボケでどっちがツッコミなん?』


『そんなん無いんやけど……』


 関西人=漫才師では無い。


 2人で困惑している日々を続けていると、次第に周りからは“つまらない関西人”のレッテルをはられるようになった。


 別にそこは構わないのだが、大人しく過ごしていても喋り方が違うので、やはり目立ってしまう。


 関西弁を喋るだけで、言いがかりを付けられるようになった。


『俺らのこと見下しとんじゃろ』


『何か、お高くとまってるよね』


 そして、2人揃って無視されるようになった。


 靴を隠されたり、机に落書きなんて虐めは無かったが、無視と陰口は意外に辛い。双子だから乗り越えられたけど、1人じゃ耐えられなかったと思う。


 それから、わたし達は標準語で話すように頑張った。


 え? そこは広島弁じゃないのかって?


 そんなの癪にさわるから絶対嫌だ。


 ——そんなこんなで、虐められていた中学時代を乗り越えて高校生になった私達は、虐められなくなった。


「まぁ、今じゃ標準語の方が変って揶揄われちゃうけどね」


「でも、同じ顔してるのに彩音の方がモテるの何でだろうね?」


 朱音にまじまじと見られて、やや照れる。


「そりゃ、お姉ちゃんより可愛いからでしょ。何なら、お姉ちゃんのフリして、わたしから吉田君にチョコあげてこよっか?」


 モテた試しはないと思うが、冗談混じりに返せば、朱音は鞄から可愛いラッピングに包まれた箱を取り出した。そして、クソ真面目に言われた。


「お願いしても良いの?」


「アホか! 良いわけないやろ!」


「良いじゃん。お願い! 冷蔵庫にあるラスイチのプリン食べて良いからさ」


「プリンか……」


 あのプリンは、そこらの普通のプリンとは違う。祖母が高級デパートの地下で買ってきてくれた、我が家では超高級プリン。滅多に口に入る代物ではない。


「よし、チョコ渡すだけね」


「良いの!? ありがとう!」


 思わず大きな声になってしまった朱音は、周りの視線に気付いてペコペコと頭を下げた。


「へへ……やっちゃった」


 コツンと自身の頭を手で小突く姿は、見ていてイラッとする人も多いだろうが、わたしはそんな朱音も憎めない。


「双子の姉妹だからかな?」


「何?」


「ううん、何でもない。お姉ちゃん、メッセージカードとか入れたの?」


 ——まさか、この近い未来、目の前にいる姉と百合に発展してしまうなんて、この時のわたしは知る由もない。

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