第4話 脅し      

 次の日。学校に登校してきてすぐ、わたしは豹辻さんに連れて行かれた。


 教室に入る直前、後ろからセーラー服の襟をぐいっと引っ張られて引きずられたのだ。

 突然のことで何も抵抗できないわたしを、豹辻さんは屋上に向かう階段前、人通りの少ない場所に連れてきた。

 

 他の生徒とすれ違いはしなかったけれど、誰かに見られていたらきっと、生徒が人気のない場所に拉致される現場に見えたに違いない。


 連れてこられて早々、豹辻さんは睨みつけるような鋭い瞳をわたしに向けた。その目は昔の記憶の中にいる“真矢ちゃん”とはほど遠く、何度見ても慣れない。


「ねぇ、昨日あたしと約束したこと、覚えてるわよね?」

「う、うん?」

「探偵のことは誰にも言うなって話よ」


 ぐいっと顔を近づけられ、その気迫に思わず後退りすると、背中に冷たい壁がトン、と当たった。どこにも逃げ場がない。


「そ、それはもちろん」


 というかそれ、約束というより半ば脅迫だったでしょ。と昨日のことを思い出す。


 探偵アルバイトの助手をやれ、と言われて思わず首を縦に振ってしまったあと。

 このことは誰にも話すなと念を押された。せめて親にはこのことを言いたかったけれど、言ったら絶対探偵なんてやめろと言われそうで、それでまた豹辻さんにも怒られそうで、言えなかった。


 その時には少しだけ、探偵の仕事を通じて、豹辻さんと昔のように仲良くなれるんじゃないかという期待があった。けれど今は後悔している。だって、



「ほんっとうに誰にも言ってないでしょうね? もし言ってたら顔面に引っ掻き傷つけてやるから」



 ……こんな暴言を吐く相手と、昔みたいになれるとは思えないから。

 いつからこんな風になってしまったんだろう……なんで……。


「絶対約束は守る! 大丈夫だから!」


 宥めるようにそう言うと、彼女は数秒だけわたしを見つめてから視線を逸らし、近づけていた顔を遠ざけた。わたしはこっそり胸を撫で下ろす。


「ならいいんだけど。そういう素振りを少しでもしたら殺す」

「ころっ……!?」


 いちいち言い方が物騒だ。けれどもヒョウの耳や尻尾が出ていないあたり、本気で苛立ってる訳ではないらしい。こういうところで獣人種はわかりやすくていい。あと可愛いし。耳が動物のと人間の両方あるのは違和感あるけど。

 確か聴覚は人間の耳で、動物の耳は危険察知や人の気配を感じることができるとか、人によっては動物の声を聞き取って理解できるなんでいう人もいるらしいと聞いた。まぁそういう感覚はどの猛獣の血を引き継いでいるかによるらしく。人間のわたしにはよくわからない。


「……引き止めて悪かったわね。行きなさい」

「え? う、うん」


 彼女は一歩二歩と後退り、わたしが背をつけている方と反対の壁に寄りかかって腕を組んだ。そして目を瞑る。


「あれ、豹辻さん戻らないの?」

「後から行くから。先に行ってて」

「? うん」


 よくわからなかったけれど早く行かないと遅刻してしまいそうで、わたしは彼女を置いてひとり教室に戻った。馴染みの友達と話している間にチャイムが鳴り、先生が入ってきて数分後、出席確認の途中で豹辻さんが戻ってくる。


 当然のように遅刻してきて、わたしは首を捻った。なんでわざわざ遅れてきたんだろう? わたしと一緒に来てれば遅刻なんてしないのに。


 わたしは席に座った豹辻さんの背中を見つめる。しかしふと彼女が振り返ってわたしに視線をやったため、慌てて目を逸らした。

 すると机の中に入れておいたスマホが揺れた。わたしはそれを手に取り、ちらりと覗き見る。


 そこには昨日連絡先を交換したばかりの相手から、メッセージが届いていた。ニックネームは『マヤ』。本物の豹をアイコンにしていた。


『放課後 事務所 来ないと殺す』


 簡潔に書かれた文章に、わたしは思わずもう一度、あの背中に目を向ける。

 こっちを向いた彼女がニヤリと不敵に笑ったことに気づき、ぶるりと確かな寒気がわたしの背中を巡った。

  


 ⭐︎



 その日の授業はほぼ全部上の空になってしまった。先生の言葉たちはわたしの耳をすり抜け、代わりに頭の中を埋め尽くしていたのは、幼い頃の記憶だ。



 ――ハムちゃん、なんでマヤと仲良くしてくれるの? このしっぽとかみみとか、みんなとちがって変でしょ?



 ある日彼女はわたしにそう言ってきた。その時のわたしがなんて返したのかは、あまりよく覚えていない。けれどわたしの返答を聞いた真矢ちゃんは、不安そうな表情から目をまんまるくして驚きの表情になり、そのあとにふにゃっと、少し涙の滲んだ瞳で微笑んでくれて。


 わたしはそんな彼女の顔を見て、“守ってあげたい“という気持ちになったのだ。そのことを、今でも強く覚えている。

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