3 ワルツ、手を取って回って

「得意なダンスって……確かにありますけど、なんで知ってるんですか?」

 水を飲んでいた美雪ちゃんが驚いたように顔を上げた。ちらりと壁際に座った兄を見るけど、真白から聞いて知っていたわけじゃない。

「さっき、『あまり踊らないタイプの曲』って言ってたから。踊るタイプの曲もあるのかなって思って」

「なるほど」

 納得したようにうなずいて、それから少し照れたように苦笑した。

「実は小さい頃から、社交ダンスを習ってるんです。だから、ワルツとかなら」

「ワルツね! 私も少しなら踊れるよ。特に好きな曲とかある?」

「好きなのは……『ロミオとジュリエット』ですね」

 ぴくり、と理紗子ちゃんの眉が動いた。

「……乙女心のわからない女だよね」

 理紗子ちゃんが低くつぶやく。そして、こてんと首をかしげて真白の方を向いた。

「オニーサンも朴念仁そうな顔してるよね。遺伝って奴?」

「やれやれ、見た目で判断しないでもらいたいものです。自分は美雪よりも一・五倍熱い魂を持っていますよ」

「オニーサンにひとつ教えてあげる。世間じゃそれをビミョーな差と呼ぶんだ」

 理紗子ちゃんの声が音楽にかき消された。真白が動画検索で楽曲を見つけたらしい。ゆったりした切ない感じの曲だ。私が左手を差し出すと、美雪ちゃんの手がそこに重なった。

 ターンと切り返しチェンジを繰り返して左右に揺れる。基本の動きでリズムをつかんだら、いよいよ本番。気まぐれな風の中を木の葉が泳ぐように、くるくる回りながらフロアじゅうを巡る。1,2,3.1,2,3と頭の中で数えていられたのは最初だけで、すぐに全身でテンポを感じなければ間に合わなくなってきた。

 流れを読んで逆らわないように体を動かす行為は、どこかサーフィンに似てる。海の波みたいな自分の意志ではどうにもならないものと、身をひとつにすること。こうして踊れば、ダンスが宗教的行為になる理由がわかるというものだ。

 音楽がやんだ。

 私たちは浮遊から着地した。ゆったりした動きに思えたのに、じんわり汗をかいている。ぱち、ぱち、ぱち、という気の抜けた拍手をしているのは、真白だった。

「さすが先輩。ワルツなんて高校以来でしょうに」

「あたしの恋人のが優雅だったね」

「先輩がリードしてましたけどね」

「どうだか」

 私は苦笑した。せせら笑う理紗子ちゃんの方が、悔しいが正解だ。形の上のリード役は私でも、実際はリードさせてもらっていた、というのが正しい。私の動きを細かく読んで応えてくれた美雪ちゃんのおかげでダンスが破綻せず済んだのだ。

「優雅だと思ったのなら、拍手のひとつもしたらどうです?」

 真白がちらりと理紗子ちゃんに目線を向けた。

 拍手をするには両手を解放しなければならない。布団を両手で押さえている理紗子ちゃんが手を叩けば、布団は落ちてしまう。それを狙ったものだろうが、理紗子ちゃんはそんな手には引っかからなかった。

「これしきであたしの拍手を期待するなら、大層おめでたい頭だと言わざるを得ないね」

「先輩、ハエ叩きとか持ってません?」

 持ってないし、持ってなくてよかった。うちの後輩はハエ叩きで人間を叩こうとするから油断ならない。

「くうっ、なかなか手強いな。こうなったら!」

「こうなったら?」

「天下無双のダンサーを呼ぶしかない!」

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