【KAC20255】私はまだアイドル!
麻木香豆(カクヨムコン不参加)
💃
「ミナミさん、そろそろスタンバイお願いしまーす!」
バラエティ番組の楽屋で、ADが声をかける。ミナミは大きく伸びをして、鏡越しに自分を見つめた。ピンクのTシャツに黒のズボン。
少しピチッとしているが、それも表現の一つ。伸縮性のある素材は動きやすさを考えたものだった。
子役上がりでアイドルの夢を追い、バタバタのデビューを果たしたものの、今やすっかりバラエティの常連タレント。
けれど——アイドルの灯を、まだ消すつもりはない。
「よしっ!」
気合を入れて楽屋を出ると、番組の企画で対決する若手アイドルたちが並んでいた。
(無謀なことをしたかも……)
この番組は老若男女に人気の特番。しかも、現役アイドル相手にダンス対決。
「お手柔らかにお願いします!」
先輩らしく笑顔で頭を下げる。こうやってこの世界を渡り歩いてきた。
だが、表では決して見せない悔しさもある。
「ミナミさん、アイドル枠なんですね?」
「えー、バラエティ枠じゃなくて?」
共演者たちの無邪気な声が胸に刺さる。
普段、裏では優しく接してきたせいか、いつの間にかタメ口になっていた。悪気はないとわかっている。
(……今に見てなさい!)
この日のために、久々に個人レッスンを受けた。
なのに、オファーを受けてから9回も失敗する夢を見たせいで寝不足だ。
(今日はもう夢じゃない……)
***
「さあ、アイドルダンス対決!」
司会の声が響く。
「バラエティの天下無双・ミナミ VS フレッシュアイドル・カワイイがーる橘花莉子!」
天下無双。そう煽られると、やはり自分はバラエティ枠なのだと実感する。
先攻の橘花莉子が踊り始めると、キレのあるダンスに観客は大盛り上がり。
(……やるじゃない)
普段はおとぼけキャラだが、ボケるタイミングが完璧。天然ではなく、空気が読めるアイドルだと気づく。しかもダンスの腕前も確かだった。
そして、ミナミの番。
観客の視線が期待と不安に揺れる。
「ミナミって、動けるの?」
「服ぴちぴちなんだけどー」
——笑えばいい。でも、私はまだアイドルだ。
ミナミはポーズを決め、音楽が流れ出す。
子役時代のレッスン、舞台袖で涙を噛みしめた夜、一人でデビューを果たした日——すべてが蘇る。
キレと表現力。蓄積された経験。身体のラインを活かしたダンス。
かつて所属していた雛フェアリーズの名に恥じない、妖精のような軽やかさも取り入れた。
『私だけを見て!』
袖で見ていた若手アイドルたちの目が見開かれる。
観客が息を呑む。
——終わると、一瞬の静寂。
それから、大きな拍手が巻き起こった。
「すごい……!」
「やっぱりアイドルじゃないんですか?」
先行の橘花莉子が、涙ぐんでいる。
ミナミはニッと笑い、
「私は——天下無双のアイドルだよ!」
とポーズを決め、大喝采を浴びた。
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