第4話 種芋のような夢と友情

 蒟蒻の種芋、生子きごは春に植えて秋に収穫して保存して、を繰り返して大きくしていく。

 そんな風に、イライザはヘンリーと少しずつ友情を育てていった。


 同じ屋敷の本邸と離れで暮らしていたが、そのうち彼女は離れに帰るのが面倒になって、就寝時以外は本邸で過ごすようになった。

 そして毎日一回は共に畑で過ごす。当初はイライザがお菓子を餌に畑に連れ出していたが、それも必要なくなった――ヘンリーがコックに直接頼む仲になっていた。


(以前なら考えられない)


 どこかはかなげだった雰囲気はもうないし、目の下のクマはないし、倒れもしない。

 貴公子らしくはないけれど、見違えるように健康的に、のびのびとしている。王都の人目と王太子という責務から解放されたからだろうか。


 それから、料理に蒟蒻が殆ど出なくなったからだろう。

 王太子の世話をする者、護衛や監視は何人も王都から着いてきていた。けれど料理人は王弟の手配であって、それをイライザのコック達が引き受けるからと断ったのだ。


 イライザは一度、自分が気に入らないなら何故もっと早く婚約破棄をしなかったのかと聞いたことがある。その時彼は、アッシャー家ではお茶とお菓子でお腹いっぱいになれば、無理に蒟蒻料理を勧められないからだと言った。

 彼女が体力で婚約者に選ばれたのは王家の都合だったが、料理という都合で続けていたのはヘンリー自身だったらしい。


 二人は少しずつ一緒に過ごす時間を増やしていく。

 晴耕雨読の日々を過ごし、試験農場を敷地に広げていく。掛け合わせた品種の特徴を話し合い、何がベストか議論した。

 何より灰汁が少なく、他の食材と組み合わせが容易で、そして丈夫な品種にするにはどうしたらいいか。

 一週間、ひと月、数年後の計画を立て、修正して。


 ――そうした持ち込んだ蒟蒻芋が初めて、材料として収穫できる時期を迎えた初めての秋。

 種芋は外国産の種芋や、黄金の蒟蒻に現時点で最も近い、と言われる品種などと掛け合わせて次の春に植える計画だが、それ以外は粉末になってキッチンで料理された。


「一番簡単なのは、蒟蒻粉末の割合を減らすことですね」

 

 蒟蒻芋をぷるぷるの蒟蒻に変えるには、二通りのやり方がある。

 昔ながらの、芋を茹でて潰してからそのまま使用する方法。できあがった蒟蒻は灰色。

 もう一つは蒟蒻粉末に一度してから使用する方法で、白っぽい色になる。

 こちらの利点は長期間の保存期間が可能ということと、混ぜる分量を簡単に変えることができるという点だった。


 ヘンリーの案はこうだった。

 今この国で、蒟蒻はそのまま料理して食べられているが、発展性がない。

 しかし外国では、似たように粉末状にするわらび粉や葛粉というものが、食感を楽しむものとして様々な形状で食べられており、蒟蒻も応用できるのではないか、と。


 できあがった料理が、収穫されつつある蒟蒻畑の前のパラソルの下に運ばれてくる。

 テーブルを挟んで下に置かれた数々の器に入った色とりどりの美しい色に、農作業の手を止めたイライザは目を瞠った。

 今までの蒟蒻の概念が覆された。


「……こんなに薄くして大丈夫なんですか?」

「そもそも蒟蒻の殆どが水分なのだから、多少割合が変わっても蒟蒻は蒟蒻だろう、と言い張る」

「宝石みたいですね」


 白に黄色に赤、紫、黄緑。

 ある器には、薄く切った白い蒟蒻に蜜をかけて。

 ある器には、煮た果物やジャムと一緒に蒟蒻を混ぜて、フルーツ蒟蒻やゆるい蒟蒻ゼリーにして。


「こんな蒟蒻、初めて見ました! これならヘンリー様も蒟蒻を食べたというアリバイをつくりつつ、栄養が取れますね」


 イライザはそこで、久しぶりにヘンリーに笑いかけた。自分ではたと気付くが、屈託のない笑顔など何年ぶりだったろうか。

 支え、隣で作り笑いし、体力を作るためにあえて連れ回してよくできた、と褒める――そんなことしかしてこなかった。それでまるで、上下関係だ。

 ヘンリーは戸惑うように目をそらす。


「……イライザ……蒟蒻が嫌いでも、軽蔑しないのか」

「しません。だって私よりずっと蒟蒻のことを考えている時間が長かったのでしょう? ベクトルが違っても蒟蒻への真剣さは同じです」


 ひと匙掬って口に運べば、フルーツとゆるい蒟蒻のみずみずしくふるふるな食感が舌の上で崩れて、喉を滑らかに流れていく。


「……美味しいです! これならきっと、他国の方へのおもてなしにぴったりですよ。ヘンリー様は凄いですね」 


 外国の料理法も使っているのだというそれは、蒟蒻特有の凝固剤の香りも――彼女は嫌いではないが――かなり薄い。完成した新品種があればなおのこと、言われなければ蒟蒻と分からないだろう。


「……あ、ありがとう。素直に褒められたのは……何年ぶりかな」


 ヘンリーの耳の端がほんのり赤く染まっていく。

 彼もまた一口食べてみて、頷く。


「想像通りで良かった、やはりあなたの家のコックの腕は確かだ」

「……ヘンリー様は、お腹は痛くなりませんか?」

「蒟蒻粉の限界はここに来てから試したから、大丈夫だ。

 ……それよりこんなもの蒟蒻とは呼ばない、という人間も多いだろう。――だが広く蒟蒻が誰にでも食べられ愛されるには必要……と言うんだ、不本意だが」


 本当に不本意そうに顔をしかめるので、イライザは良かったです、前向きになって、と。声を立てて笑ってしまった。


「笑うんじゃない、真剣な話だ。あなたは早く王都に帰りたいだろう」

「そうでもないですけど」

「あなたは状況に流されすぎる」


 ヘンリーは一度顔をしかめると、真剣な表情で蒟蒻を口に運びつつ。


「これを見せるために、一度王都に戻る許可を陛下に願い出るつもりだ。許可が出たら、仕立屋を呼びたいと叔父上に頼む。

 次に、この料理を広めるためにと、あなたとあなたのコック達が王都に戻る許可を得る」

「それはいい案に聞こえますが、何故仕立屋を?」

「蒟蒻色の服の格が高く思われているせいで、イライザも赤紫や灰や白の服しか着ていなかっただろう。最近は俺の考えた作業服にゴム長靴ばかりだし……」

「華やかなドレスはしばらく必要ないので、クローゼットの奥にしまってあります」


 イライザも半年以上の田舎生活で、すっかりここの生活に馴染んでしまった。舞踏会や王城での社交より農作業の方が性に合っているらしく、今や近隣の村長の娘――仲良くしてもらっている――と変わりない恰好をしている。


「他国の貴人を迎えるには、我が国には色鮮やかさが足りないと視覚的にも訴える。――だから申し訳ないが、蒟蒻のプロモーションのためにドレスを着てくれないか」

「広告塔になれと仰るのですね。芋くさい私に務まるかは不安ですが……」

「……芋くさくはないし、きっと明るい色の方が似合う」

「ヘンリー様のお見立てなら、そうなのでしょう。お引き受けしますね」

「……あり、がとう」


 イライザはマスカットを混ぜたゼリーをスプーンで掬う。ヘンリーの瞳とよく似た色だ。

 このレシピにより合う品種の芋を開発したい、と語る婚約者の目には今は恨みはない。陽光の下で輝くゼリーのような明るい夢だ。


「その先を、私も一緒に見てみたいです」

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