【KAC20255】とある一日

彩霞

武藤さんの場合

 6:00 起床。布団から出て、身支度を始める。今日はずっと動いていないといけないので、ストレッチ性が特に優れているスーツを選んで着る。色はネイビーブルー。


 6:30 朝食を食べる。朝食は炊き立ての白ご飯に、トマトとレタスのサラダ、目玉焼き、そして簡易みそ汁。大体毎日同じメニューである。またお昼用のおにぎりを二個握る。中身はシャケと昆布の佃煮つくだに


 7:10 化粧をする。時間に余裕があったので食器を洗う。


 7:30 家を出る。……と、その前に、念のために小さい密閉袋を用意しておき、中にキッチンペーパーを入れておく。きっと今日は使うに違いない。思い出してよかった。自家用車にて会社へ向かう。


 8:00 「まぼろし銀行」本店に到着。諸々の準備と、新聞を読む。


 8:30 朝礼。


 8:45 朝礼終了。四月十五日の年金が口座に入金される日であるため、預金通用からの払い戻しを届けることになっている。その数全二十五件。また、それ以外にも自動車保険の相談が二件入っているため、効率よく回らなければならない。しかし、今日は今年度新しく入った大卒男子と一緒に行動することになっている。上手くでいるだろうか。いや、考えても仕方がない。新人くんに「行きましょう」と言って、会社の軽自動車に乗り込む。新人くん、背が高く軽自動車がきつそうである。


 10:00 順調に進んでいたが、案の定山田さん宅で捕まる。山田さんは九十歳のおばあちゃんである。「食べてけぇ」と言われて出された漬物だが、異様なにおいを放っている。山田さんは悪気があってこのようにしているわけではない。多分、彼女は食べても問題ないのだ。だが、歴代山田さんを担当した者たちはことごとくお腹を壊している。大丈夫なときもあるようだが、今回は間違いなく食べたらまずいやつなので、山田さんが「あ~、はし持って来るなぁ」と台所に戻ったすきに、鞄から朝用意した密閉袋を取り出し、その中に入れる。ついでに新人くんに出されたのも入れる。新人くんは目を丸くしていたが、目で「ただでさえ忙しい日に人員をさらに減らすわけにはいかないので、山田さんには仕方ないが自己防衛するしかないのだ」と訴える。どうやら念で通じたようで、新人くんは何度か大きくうなずいた。山田さんが戻ってきて「あれまぁ、もう食べたの? おかわりはいらないか?」と優しい笑顔で尋ねるのを、「いいえ、十分いただきました」と丁寧に断って、おいとまする。


 12:00 さらに数件周ったあと、今度は坂本さん宅で捕まる。坂本さんは六十代後半の女性である。彼女はこちらがどんなに忙しいときでも、構わずケーキを出しておもてなしをする。出されたケーキを食べきらないと、たとえ払い戻しのお金を受け取ってもらうだけでよくても放してくれない。新人くんは体育会系なのか、ぺろりとショートケーキを平らげる。坂本さんはにっこり笑って「今度、あなたが担当になるんですって? いい食べっぷりだから、今度から二個用意しておくわね」と言われる。新人くんが「ありがとうございます!」と輝かしい顔でお礼を言ってやり取りしていたが、見て見ぬふりをした。


 12:50 一度店舗に戻り昼食を取ろうとするが、ケーキが堪えて、おにぎりは一旦保留とする。その間に雑務を片付ける。それと、山田さん宅で回収したものを給湯室に備え付けてあるゴミ箱に「すみません」と心の中で謝ってから捨てる。


 13:50 再度出発。


 15:00 フラダンスの先生をしている、青木さん宅へ伺う。二十七歳という若さで先生をしているのもすごいが、フラダンスをされているだけあって、青木さんの立ち姿はとても美しい。髪は腰に届くほどの長さで、いつも一つに結わえている。今回は自動車保険の内容を見直したいということで連絡をもらった。青木さんの鋭い質問攻めに合いながら、何とか更新を取り付ける。


 16:00 須藤すとうさん宅へ伺う。須藤さんは八十六歳のおじいちゃんである。耳が遠いので、ゆっくりそして大きな声を出して会話をする。「須藤さん、この人、新しく入った高山です。次、彼が来ますからよろしくお願いします!」「はい?」を三回繰り返す。「これ、確認してくださいね!」「はい?」を五回繰り返す……と分かってもらうまで繰り返す。新人くんにも手伝ってもらい、格闘すること十分。何とか伝わったようで、受け取りにサインをもらう。須藤さんが一軒家で暮らしていて良かったと思う。アパートならすべて筒抜つつぬけだ。


 17:00 払い戻しの依頼は全て対応完了。本店へ戻る。


 17:50 すでに就業時間は過ぎているが、対応すべきお客さまがいるため、この時間も行う。次も自動車保険の対応である。仕事帰りに寄られた牧野さんは、四十代の女性。更新時期に届いた内容の掛け金が高かったらしい。「すごく高いんですけどっ!」と文句を言われるので、車体価格は下がっても、掛け金が多少高くなることがあるむねを説明しながら、「すみません」「申し訳ありません」といって平謝りをする。どうやら誰かに怒りをぶつけたかったらしく、謝りとおしたら「仕方がないわね。そのままにしておくわよっ」と言って帰ってもらえた。


 18:30 日報を書いていると、隣に座る新人くんに「武藤むとうさんって、天下無双っすね」と言われた。「天下無双」とは確か「天下でくらべるものがないくらい優れている」とかではなかったか。そのため何故、「天下無双」と言われるのかよく分からない。もしかして、「どんな客でも対応する」という意味で、「敵なし」と言いたかったのか。それなら「天下無敵」か? いや、どちらにしても何か意味が違う気がするが、私のような私立の三流大学とは違って、国公立の四年大を出ているのだからきっと合っているのだろう。とりあえず、考えるのはやめた。有難くおめの言葉を頂戴する。小腹が空いたので、会社の冷蔵庫に入れていたおにぎりを、給湯室の電子レンジで温めて食べた。


 19:30 今日すべき全ての業務を終えて、会社を出る。


 20:00 帰宅。着ていたスーツはウォッシャブルでもあるので、迷いなく洗濯機にぶち込む。ズボンのすその辺りが白くなっていたのは、須藤さんが飼っている猫のせいだろう。トレーナーとゆるパンに着替え洗濯機を回したあと、風呂を沸かすスイッチを入れ、野菜炒めを作る。春キャベツと豚肉を炒めただけのものだが、白ご飯との相性は抜群。おいしかった。食後にバニラのアイスクリームを食べる。カップのふたをぺろっとめくると、このメーカーのトリのキャラクターが羽を伸ばして「トリの降臨」という吹き出しが付いている。蓋のふちに小さく書いてある文章には「『トリの降臨』という蓋を十枚集めると、トリグッズをもれなくプレゼント!」と書いてある。へえ、とは思ったが、集めるのが面倒なので普通に捨てる。


 21:00 片づけをして、洗濯物を取り込んでたたみ、洗ったものを干す。


 22:00 風呂に入り、上がったら、明日の準備をしておく。


 22:50 布団に入り、最近買った本を読む。


 23:00 そろそろ眠くなってきたので、読書終了。就寝。


(完)

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