03 鍛錬


 翌日、朝まだ暗い内に枕元でリンリンと鈴のような音がして飛び起きた。起きると鈴は鳴り止んだので目覚ましだろうか。時計がないので時間が分からないが、とりあえず起きて、顔を洗い手櫛で短い髪を整える。

 夜着兼部屋着として買ったダボンとしたパンツにシャツをそのまま着て、タオルを首にかけ部屋の外に出る。


 他にも部屋から出てきた人がいたので、その後を追いかけた。並んでいる建物の間を通り抜けると広いグラウンドがあった。そこに宿舎にいる女性たちが朝早くから身体を動かしている。


 黒髪の大柄な美女が近付いてきて「新入り?」と聞いた。

「はい、昨日ここに来た芽衣・安田といいます」

「おお、メイ。私はアガット・コンラール。アガットと呼んでくれ。一応ここの鍛錬の教官をしている」

「はい、アガット先生。よろしくお願いします」


 起きて最初にしたのは鍛錬体操だった。向こう側に男性たちもいて一緒に体操を始めた。アガット教官の声と動きに合わせて身体を動かす。

「鍛錬体操、始めー!」

「下腹に力を入れてー、いちに、いちに」

「手を前に突き出す、いちに、いちに」

「足を蹴り上げる、いちに」

「走って、飛んで、蹴り上げ、そのまま飛んで、着地。反対の足。いちに」

「最後にグラウンド10週」


 とてもハードな体操だった。体操だけで十分ヘロヘロになったが、その上この広いグラウンドを10周だ。走るのもマラソンも苦手だが仕方ない。走って行く一団の後を必死になって追いかけた。


 前を走る連中は女性だけでなく男性もいて、鍛錬があるからか男性の方が人数が多く、男性も女性も西欧人風のガタイの良い体形をしている。私は日本では平均身長あったのだが、ここでは一番背が低くて身体も小柄に見える。何とかグラウンド10周したが、これを毎日どころか朝晩するとか鍛錬だけで落ちこぼれそうだ。



 よれよれで不安になりながら宿舎に向かって歩いていると、

「オッス!」

 目の前にいきなり壁が立ち塞がって、挨拶が上の方から落ちてきた。この世界はいきなりが多い。目の前に相手の胴体がある。目線を上げてゆくが、なかなか顔に辿り着けない。薄暗がりで背の高いガタイの良い男としか分からない。


「こんなちびっこいのに頑張ってるんだな。坊主、お前幾つだ」

 辿り着く前に大きな手が頭に乗った。わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。何だコイツは? 力が強すぎて身体ごと持っていかれそうだ。


「何をやっているんだエドモン。新入職員に絡むんじゃない」

 アガット教官が助けに入ってくれた。

「新入職員?」

「22歳です。ついでに女性です」

「どしゃあー、全然見えねえ。5歳の幼児かと思った」


 ひどい言い草だ。しかし、くたびれ果てていて相手をする元気もない。だが私の代わりにアガット教官が、エドモンとかいう大男の頭をポカリと殴ってくれた。二人はそのまま仲よさげに追いかけっこをして走って行った。


 何を考える余裕もなく、二人の後をよろよろ追いかけていると、

「チンタラ歩いてんな」と今度は後ろから声がかかった。返事をする間も振り返る間もなく胴に腕をまわして担ぎ上げられる。だからいきなりは止めて欲しい。

「ひゃ、降ろして」藻掻いたがびくともしない。


「大人しくしないと落とす」と、脅され、そのまま食堂に運ばれ、椅子に放り込むように座らされ「ほらよ」と朝食のパンとオムレツとサラダとコーヒーの乗ったトレーが目の前に置かれた。流れるような手際の良さだ。乱暴に置いたように見えたのに何も零れていない。


「ありがとうございます」

 男は斜め前に座って、黙々とトレーに乗ったものを口に掻き込みだした。私が呆然と男を見ていると「食え」と一言喋った。

「う、え、あ、はい! いただきます」

 昨夜はパン1個だったしお腹は空いている。フォークとナイフを手に取り、食べ物に集中する。


 もぐもぐと食べていると目の前にどさりと大きな男が座った。トレーに山盛りのパンとサラダとベーコンとオムレツを乗せた大きめのトレーを置き、食べ始める。見る間にトレーの上の食糧が無くなっていく。


「さっきは悪かったな。俺はエドモンっていうんだ。お前は?」

 この男はさっきの図体のでかい、私を坊主と言った男のようだ。目の前の見える範囲に顔がある。オレンジっぽい明るい茶色の髪に緑の瞳だ。西欧人の顔を間近に見たのは初めてだが整った顔だ。


「メイです、よ――」続きの言葉を言う前に、先ほど私を担いできた男が自己紹介した。

「メイか、私はジョゼフだ」

 こちらは黒に近いダークブラウンの髪に蒼い瞳だ。こちらも整った顔をしている。異世界にはイケメンが多いのだろうか。

「あ、よろしくお願いします」


「お前、いつも抜け駆けして。最初に見つけて唾つけたのは俺なんだぞ」

「うるせえな」

 二人は私の目の上で睨み合っている。仲が悪いのだろうか。余計なことに巻き込まれたくなくて、私はさっさと食事を終えて逃げることにした。



 朝食の後、鍛錬で汗びっしょりの部屋着を洗って部屋にあった紐を吊ってお風呂に干した。パーカーにジーンズに着替えて出勤場所の魔力充填係の部署に行く。

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