第10話 幼い少女の霊


 散歩がてら現世の街を歩いてみて、今更ながら気がついたのだが……


 歩いているだけで悪人を見つけるというのは、やはり難しい。


 勿論な人とは、いずれ出会でくわすのかもしれない。だが、そうだとしても結局その人の心の中を覗かなければ本当の事は何も分からないのだ。


 閻魔女王様からは『罪人の探し方はオマエに任せる。まずは思うがままにやってみよ!』と言われた。

 じゃあ手当たり次第に人に取り憑き、各々の記憶を閲覧してみるか、なんて思ってみたが……それはやはりちょっと気が引ける。

 と言うのも、近所を歩く人々の中には犯罪や悪事とは無縁の人も大勢いるハズ。その人たちに取り憑くという事は無実の人々のプライバシーに土足で踏み込む、という事になってしまうからだ。


 この場合、罪悪感を感じそうだ……。


 この悩みについて死神ニーナに話すと、意外にもあっさり同意してくれた。

 もちろんゲツもだ。


 それで一旦アパートに戻って作戦を立てる事にし、家路についた。


 ……


 本来ターゲットにすべき悪人は、その悪事や犯罪を隠し通しているような人々だ。

 そして近年そういう人々が増加して来ている。

 後はそれらの隠れた罪人たちをどうやって見つけるか、という事だ……。


 ……


「あ、やば! そう言えばサダに買い物を頼まれてたんだった」

 それで、人目につかないところで実ボディに変化し、近所のコンビニに立ち寄った。


 素早く買い物を済ませて店を出、また人目につかない所で霊魂ボディに戻る。

 買ったモノや財布については忘れずに人目から隠す術を施す。

 そうしないとモノだけが浮遊する怪奇現象になっちゃうからな。


 そしてまた二人と合流した。


 ——と、そこで何かを思い出しそうになる。

「あれ? ここって……」


 改めて街並みを眺めてみて、連鎖的にある事を思い出した。

「……あの少女って、まだあそこに居たりするのかな……?」


 あの日、アパートに帰宅する途中で見た少女……。

 たぶん幽霊……。


「え? 何、千造?」

「いや、ゴメン……。あのさ、ちょっとだけ寄り道させてくんない? ついソコなんだけど」

「お、おぅ、別にいいけどヨ。ね、ニーナ?」

「……別に構わん……」


 ……


 それで二人を引き連れて少し回り道をし、あの屋根が見える所まで行ってみた。


 屋根の上にたたずむ少女は……


「居た!」


 やはり前と同じ屋根の上に居て、身体全体が青白く光っている。 

 やっぱりあの子幽霊だよな……。


「え? どうしたんだヨ千造。……ん? あの幽霊がどうかした?」

 幽霊なんて珍しくもなさそうにゲツが言った。

「やっぱり幽霊って普通に街中まちなかにいるんだね……」


 急に仲間意識が芽生えたのか、その少女をもう少し観察してみたくなった。


 見た目からして幼稚園児くらいだろうか……?

 こういう歳の子だと『少女』じゃなくて『幼女』って言うのかな?

 あんま使った事ない言葉だけど。


 その子は屋根の上に座ってジッとどこか別な一点を見つめている。

 目線の先にあるものは……。


 そこには一軒の家があった。

 あの家に何かあるのかな……?


 そう思った時、ゲツが何かに気がついて真剣な口調で言った。

「千造……あの霊には関わらないほうがいいと思う……」

「え? そ、そうなの?」

 少し戸惑う。


 死神ニーナが呟く。

「……あれは……怨霊おんりょうだ……」


 その一言でビクリとなる。

「えぇっ!? お、怨霊……!?」


 と言いながら、もう一度屋根の方を見たのだが……あの幼女が見当たらない。


「あれ……? どこ行った?」


 彼女の姿を求め周囲の家の屋根や建物の屋上などに目を走らせる。

 ゲツやニーナも彼女を見失ったようで、キョロキョロと周囲を見回している。


 ——突然、右腕に何かが触れた!

 慌てて腕のほうを見ると——

「!!!」


 青白い光を放つ幼女——怨霊幼女が右腕にしがみついていた!

「——ヒッ——」


 不意打ちで腰が抜けてその場にへたり込む——と同時に幼女も引っ張られ懐に倒れこんできた。 


 怨霊とハグ〜ぅぅ……。


 彼女は俺の懐に顔をうずめたままじっとしていた。

 俺の身体は硬直し凍りついたかのように動けず、声も出せない。

 ゲツとニーナも不意を突かれて動きが止まっている。


 怨霊だからなのか……体温がとても低い……いや、氷のように冷たかった……。


 少しして彼女が顔を上げたので、互いの目が合う。


 し、至近距離すぎだろっぉぉぉ!!


 思わず彼女の目から視線を少しズラす。

 こ、怖すぎて直視できない……。


 ゲツとニーナもどうしたら良いか分からない様で、あたふたしている。


 本当は今すぐこの怨霊幼女を振り払ってここから逃げ出したいのに、とにかく身体が言うことを効かない。


 く、くそっ……!


 ……


 暫く引きつった表情のまま固まっていたのだが、少しずつ心が落ち着いてきた。

 恐る恐る怨霊幼女の顔をもう一度見てみる。


 彼女はまた、いつの間にか俺の胸に顔を埋めていた。

 冬だというのにタンクトップに短いスカート姿。


 やはり怨霊でも寒さは関係ないのかな?

 ただ、その服装はかなりボロボロだ。


 己の上体をゆっくり起こし、更によく観察してみる。


 露出している肩や腕に青アザがいくつもあった……。

 足にもだ……。


 こ、これって……。


 それらの青アザがどのようにしてできたのか……。

 おそらく生前に辛い事があったに違いない……。

 想像したくもない場面が次々と頭に浮かぶ……。


 胸の中に小さな炎がともる。

 彼女を傷つけた加害者に対する嫌悪けんおの炎だ。

 同時に、この子をとてもあわれに感じ始めた。


 いったい誰がこんなひどい仕打ちを……!?


 俺は、いつの間にか彼女の肩の青アザに手を近づけていた。

 ——あっ!

 れ、霊とは言え、よそのお子さんに触ったらアカンやろ!!

 いやいや、もうハグしてしまってるしぃ〜〜〜!


 ——彼女は一瞬ビクッと身体を強張こわばらせたが、その後、緊張が解けたようにゆっくりと顔を上げた。


 はかなげな美少女……。


 こちらを見上げる目には——

「え!?」


 な、涙?


 その綺麗で潤んだ瞳に一瞬吸い込まれそうになる。


 慌てて、また幼女の瞳から視線をらしたのだが、次に気がついたのは彼女のおでこと目の周りについた青アザだった……。


 ——か、顔まで殴られたのかっ……!?

 くそっ! 

 行き場のない怒りと悲しみで胸が張り裂けそうになる。


 こちらの視線に気づいた幼女はニッコリ微笑み、そのせいで涙の粒が目からポロポロとこぼれ落ちた。


 胸の奥がグッと詰まり彼女をギュッと抱きしめる。

 さっきは冷たく感じた彼女の体温が、今はほんの少しだけ暖かい。

 この子からはまだ何も聞いていないのに、何故か全てを理解し共有したような感覚が胸に込み上げてきた。


 目頭めがしらが熱くなる。


 あーダメだ!

 歳をとってマジで涙脆なみだもろくなってしまった。

 感情のセンサーが先走り過敏に反応してしまうのだ。


 ……


 暫くして少し落ち着いてきた。


「大丈夫?」

 思わずそう声をかけてしまった……。

 でもこれは、やってはイケナイ行為だったかもしれない。


 昔、お袋さんがよく言ってたんだよね。

 『もし死んだ猫とか見ても、可哀想なんて思ったらアカン。その霊がついて来たり取り憑いて来たりするんやで』って。


 ゲツもニーナも『やらかしちまったな』って態度で頭を抱えている……。


 幼女は何も言わないまま、またこの胸の中に顔を埋めた。


 ひょっとしたら虐待が原因で命を落としたのだろうか……?


 怨霊の姿になっても、この青アザを残しているのには訳があるのだろう。

 こういうのって地縛霊って言うんだっけか?

 その身に受けた苦しみや悲しみを分かってほしい、って訴えてるのかな……。

 それとも、虐待した相手を恨んで怨霊になって復讐しようとしてるとか……?


 幼女は一向に何も話さず、離れようともしなかった。


「し、しょうがない……。とりあえず、この子も一緒に連れて行くか」

 そう言って彼女を抱きかかえたまま立ち上がる。


「「——えーっ!!」」

 ゲツもニーナも驚いた声を上げ、何か言いたそうにしている。


 そんな事にはお構いなしに歩き始めたのだが——。


「——イカンっ!」

 ニーナが突然叫んだ。


 その時、澄んだ女性の声が辺りに響いた。

『そこの者よ、待ちなさい』


 ——え? 

 だ、誰……?


 周囲を見回すと上空から光が差し、眩い光をまとった何かが舞い降りてくるのが見えた。


 こ、これって……。


 ……


 近くまで降りて来たそれを見て想像は確信に変わった。


 「…………て、天使…………?」


 その姿は神秘的で美しかった……。

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