第7話 狐っ子


 閻魔法廷の後、勾留所と呼ばれている部屋に連れてこられた。


 と言っても、ここは薄暗い地下にあり鉄格子で遮られただけの粗末な牢屋だ。

 床には適当に布切れが何枚か敷いてあり一緒にブランケットもある。


 今日は色々とあって結構疲れたな……。

 なんか眠い。

 ……あれ……霊魂でも……眠くはなる……んだ……な……


 そんな感じで眠りに落ちた……


 ……


 その後どれほど寝ていたのかは分からないが、鉄格子の扉が開く音でなんとなく目が覚めた……。


 ドスっと小さな音がして何かが部屋の中に転がる……。


 見ると、例のローブをまとった数人の者たちが扉のあたりに立っていたが、すぐに鍵をかけ立ち去っていった。

 扉の近くには狐っ子が詰められていたのと同じあの布袋が転がっている……。


 あわてて駆け寄り、袋の口を開けた。

「ばぁ〜っ!」

「——うわっ!」


 中からあの狐っ子が勢いよく出てきたので、驚きつつもホッとした。


「よぉ〜、千造! 元気そうで何より!」


 狐っ子は元気そうだ。


「お、おう……。キミもな」

 ——やっぱ俺の事知ってんだよな……?


 アパートへ飛び込んできた時はかなり興奮してたけど、流石にもう落ち着いたようだ。


 ともかく無事で良かった。


 狐っ子は布袋から出ると素早く周囲を見回しながらクンクンと匂いを嗅いでいる。

 やっぱりこの子は亜人種とか獣人種のたぐいだな……それもキツネ系の種族ってことで間違いないだろう……。

 他には誰もいないと確信できたからなのか、ようやく安堵したようだ。


「ふぅ〜〜〜っ」

 大きなため息をつきながらそのままドサッと床に座り込んでしまった。

「あ〜キツかった〜。流石に布ブクロの中は息苦しくってヨォ。それに頭がまだちょっとズキズキするしのー」


 ——そうだよな。死神からの一撃を後頭部に喰らって気絶したんだからまだ痛むだろう……。


 深い深呼吸を何度かしたからか、狐っ子は少し落ち着いたようだ。

「結局すぐにやられちまって悪かったヨ、千造」

 狐っ子はそれまでの勝ち気な雰囲気とは打って変わって罰の悪そうな態度になっていた。


「い、いや〜そんな事ないさ。俺を守る為にあんな怖そうな死神と戦ってくれたんだし……」


「そういや自己紹介がまだだった。ワシはゲツ」

 そう言って狐っ子は右手を差し出してきた。


 ここはとりあえず握手しておこう。


 ゲツの眼はキツネのそれらしく黄色で眼光が鋭かったが、握手をするとたちまち表情が崩れ満面の笑みに変わった。

 顔はまだ幼くて人間で言うと小学生くらいに見えるけど、獣人だからなのか愛くるしい顔立ちで可愛い。

 つい頭をナデナデしたくなる……。


 ——って、おっとイカンイカン。

 ペット動物じゃないんだから……。

 『ワシ』って言ってるし……雄っていうか……男の子だよね。


「見ての通りワシは狐人族きつねびとぞく。って言っても今の姿がそうなだけで一応これでも日本で祀られてる神の一族なんだヨ」


「か、神様ー!? 狐人で日本の神様? ……狐……きつね……ん? ひょっとしてお稲荷さん?」

「ピンポーン!」


 ま、まじか!?


「あ、正確にはその神の使いとか子孫って感じなんだけど……」


 ——たしかに神様の家系ってけっこう複雑だったりするからね。

 あまり深くは触れないでおこう……。


「で、ワシは君の守護神だヨ」


「え、えぇぇーーーっ!? …………お、オレの……。い、いやっ……わ、わたくしの……守護神……さま?」


 と言いながらハタと気が付き、すぐさま姿勢を唯して手を合わせて目をつむり、首を垂れた。

「ははぁー!」


 ——あ、あれ? こういう状況でも二拝二拍手一拝って必要なのかな?


「アハっ! そんな気を使わなくって大丈夫! 長い付き合いなんだし〜、ゲツでいいヨ」


「は、はぁ……」


 この時、己の守護神様と初めて顔を合わせその存在を知ったのだった。

 ただし守護神様のほうは、かなり昔からずっと守ってくれていたようだ。


 それにしても……

 守護神って死んだ後でも守り続けてくれるものなのだろうか……?


「……って言っても、ワシが君に自分の姿を見せるのも自己紹介するのもこれが初めてだから、君が驚くのも無理ないけどヨ」

 そう言ってゲツはハッと何かに気付く。


 そしてその両手で俺の両肩をがっしりと掴んだ。

「で、千造! なんで霊魂なんかになっちゃってるの!? いったい何があったのヨ? まさかワシがちょっと留守してた間に死んじゃったって言うのっ!?」


 ゲツの目に涙が少し滲んでいた。


「い、いやぁ〜わたくしも、一体どうして死んでしまったのか全く分かっていなくて……」

「そ、そうなのかヨ……」


「あの、その……ところでゲツ……さまは、いつ頃から……なんでまた俺の、いや、わたくしの守護神さまにお成りになって頂いたり……なさったり……しちゃったりして……」

「アハッ、だからそんな言葉使いに気を遣わなくっていいってばヨ〜。ゲツって呼んでくれればいいし、お互いタメ口で行こう!」


「わ、わかりました……。あ、……わ、分かったよ……ゲ、ゲツ!」

「よっしゃー、それでイイ! で、やっぱ『ワシらの出会い』、そこ聞きたいよね?」


「えぇ、是非——。い、いや……お、おう……聞かせてくれ!」

「アハっ! その調子! そう、ワシらの出会いだけど……。ワシが……子供の頃にね、助けられたんだヨ、キミに」


「は?」

 ——昔ばなし『きつねの恩返し』的なやつキタぁぁぁーーーッ!


 どうやら狐っ子ゲツはこの話をする機会を昔からずっと待ち望んでいたようで、目を輝かせながら嬉しそうに話し始めた。

 もちろんこちらも興味津々だ。

 その内容をまとめるとこういう事だった。



 …………



 その昔、狐っ子ゲツは俺の田舎の実家近くにある神社の裏山で生まれた。


 その神社にはお稲荷さんも祀られていて、その使いをしている狐神族きつねかみぞくの子供なのだそうだ。

 ちなみに年齢は俺よりも上だが、狐神族は成長が遅いらしくゲツも一族の中では未だ子供らしい。

 種族的には狐人族に類するが使徒の一族だけは狐神族と称するらしい。


 それで、初めての出会いは俺がまだ小学生にもなっていない頃、神社の駐車場で友達と遊んでいた時だったと言う。

 確かにその神社周辺でよく遊んでいた。

 ゲツも同年代の人間の子供に興味が湧いてよく見に来ていたそうだ。


 ——もちろんこの目にゲツの姿は映らなかったんだけど……。


 そんなある日、ゲツは遊びも兼ねて狐神族が得意とする取り憑きの練習を始めた。

 それで一羽の雀を適当に選び取り憑いたのだが……。

 不意にその雀がトンビに襲われ怪我をし、ゲツが憑依した状態のまま雀もろとも一緒に気絶してしまったそうだ。


 しかし、なんと偶然にも俺がその場に居合わせ、その雀を家に持って帰り手当したらしい。

 無論、幼い子供が完璧な処置など出来るわけもなく、兄と父が手伝ってくれて無事に手当が済んだとの事。


 実はゲツのお父さんも現場に居たらしいが、あっと言う間に雀を持って行かれてしまい成り行きを見守るしかなかったようだ。


 その後、元気になった雀は野に返されたのでゲツは雀から抜け出すことができ、助かったとの事。


 ——雀の看病か…………。

 う〜ん……ほとんど憶えてないなぁ……。


 その後も猫に取り憑いて野犬に襲われたり、小さな女の子に取り憑いて悪ガキにイジメられたり、合計で三度も危ない目に会い、その度に何故か俺が助けたらしい。


 この一連の出来事を重く受け止めたゲツの両親が、恩返しとしてゲツに俺を守護するよう命じたんだとさ。


 めでたしめでたし……。



 …………



 いや、でもその命令は子供のゲツには酷だったんじゃないかと心配になった。


 ただ、どうやら一度目と二度目の危機はマジでヤバかったそうだ。

 もし取り憑いている最中にその宿主が死亡しゲツが離脱できなかった場合、宿主諸共命を落とす危険性があったらしい。

 取り憑きってのはそれくらい危険なリスクがあるそうで、気をつけて行わないといけない術のようだ……。


 結局、守護役を拝命したことはゲツに取っても本望だったとのこと。


 今まで全く知らなかったけど改めて『深謝!』だな。


 ……


 ひとしきり話した後ゲツは立ち上がり少し身なりを整えるようにして背筋を伸ばすと、こちらの目を見つめて言った。


「千造、改めてお礼を言うよ。あの時は三度も救ってくれて本当にありがとう」


「あ、アハハハ……。い、いやぁ〜全然そんな……」


 今まで、わんぱく小学生から真面目に礼を言われた事など無かったからか、はたまた幼い美少年にジッと見つめられたからなのか……なんか少し照れくさくなった……。


「一応これまでもずっと君を守ってきたけど……今後もちゃんと守るからヨ……」

 ゲツは少し俯き加減になってそう言った。


「あ、でも……守護神のくせに今回はなんで死なせてんだよって思ってるヨネ?」

「え? い、いやいや! そんな事全然思ってない!」

「ゴメン……」


 そう言ってゲツはまた少し俯いた。


「昨晩はいつもの日課で周辺のネズミを狩ってて……部屋には居なかったんだ……。いや、あのネズミも死神の仕業だったのかもしれない……。——ってか、どれも言い訳にすぎない……。結局は全てワシの失態によるもの。だから……その……こんな状況になっちまって、本当に申し訳ないと思ってるんだ……」


 頭を下げて今にも泣き出しそうな声で真摯に謝っているゲツを見て、怒りなど全く込み上げてこなかった。


「そ、そんな……全然謝らなくっていいし、これはゲツのせいじゃない。こっちこそゲツを巻き込んでしまって本当に申し訳ない!」

 頭を下げて謝罪する。


 しかしゲツは自分のせいだと思い込んでいるようで、その後は謝罪合戦が始まり、お互い『自らに責任がある』と言って譲らなかった。


 こちらからすれば、これまでの間ずっと守護してくれていた事への感謝のほうが大きかったし、ましてやこの身の死がゲツが居なかったせいで起こった等とは微塵も思わない。


 そしてようやくゲツが諦め言った。


「……なんかそう言ってもらえると少しは気が楽になるよ……ありがとう……。それと実はちょっと不謹慎なんだけど、千造が死んで霊魂になったからこうして会うことが出来たってのもある意味事実でヨ……。ワシとしては、とにかく君とこうして話せたことがメッチャ嬉しいっていうか……」


「俺にとっては勿論、死というのは大事件だけど……そのおかげでゲツの存在を知ることができたし、話もできて……メッチャ嬉しいよ!」


「おぉー、あ、ありがとう! そうか、それなら良かった! ごめんねホント……自分が神とかそういう存在だからか、人の死ってワシにとっては特別な事じゃなくてヨ……。死んだ人ともこんなふうに話せたりするから、神も霊魂も似た世界の住人って感じがしてて……」


 いつの間にか、ゲツを旧友のように感じはじめている……。

 それも長い間ご無沙汰していた特別な友と再会できたような、そんな喜びの感覚だ。


 元々、狐神族ってのは守護する対象者に対して虫の知らせを使って危機を知らせるとか、厄災を祓うとか悪霊や邪気から守るみたいな守護ができるらしい。

 でも、病気を治すとか、人間同士の問題に積極的に介入したりとか……ましてや他の人間に対して直接手を下すとか、そういう守り方はできない掟になってるそうだ。


 ……


 その後も話は尽きず思い出話に花を咲かせていたのだが……。


 いつのまにか……どちらからともなく……眠りに……落ちた……



 ……Zzz……Zzzzz…………



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