case21 成すべきこと

 むくりと、美吹の体が突然起き上がる。九条はそのことに気づくのに三秒要した。

 さっきまで死にかけていたのだ。痛くて、痛すぎて、気を失っていたくらいなのだ。

 なのにどうしてこんなにも、まるで怪我など負わなかったと言わんばかりにすんなりと起き上がれるのだ?


「倉崎君? もう起きて大丈夫——」


 九条の能力、パストモディファイドによって傷はほぼ完治している。だがそれは見かけだけだ。〝攻撃を受けた〟という痛みや感覚は消えないのだ。傷は癒えてもショックでしばらく動けなくなる者も少なくない。


 だが美吹の目を見た瞬間、九条の中から『心配』の二文字は早々に消え去った。


「目が……赤い……?」


 充血をしているわけではない。赤く、淡く光っているその双眸が、まるで御伽おとぎばなしに出てくるような異形の者のイメージと酷似しているように思えて身が震える。


「……僕の、成すべき、こと…………」


 美吹は何かを呟くと、口元についていた血糊を右手の甲で荒く拭き、そのまま目の前で防戦していた花木の許に向かい、そして花木のの肩にポン、と血糊のついた手を軽く置いた。


「————ガッ‼」

「……⁉」


 民間人の一人に触れた箇所が突然裂けた。

 一体何が起こったのか、九条と花木は理解が追いつかずその場に立ち尽くすことしかできなかった。


「今、一体……何が……?」

「……そう、だ」

「倉崎君……?」

「〝ふざけんなよお前‼ 何なんだよ、さっきまで死にかけだったくせに!〟」


 肩の出血を抑えながら、苦い音で千楽が吠える。


 確かにそうだ。先ほどまで美吹は、千楽の駒である三輪の手によって傷を負い死にかけていたのだ。

 九条の能力によってある程度の回復は完了しているものの、それでもすぐに動ける者は、たとえ上級能力者であったとしても難しいとされるほどだ。


 だが、倉崎美吹は起き上がり、そして戦闘に立った。あり得ないものを見たと言った顔をして、九条と花木は目を見開き、そして美吹を見つめるしかなかった。


「……分からない。でも、言われたんだ……僕の成すべきことを、成せと。だから僕は、その言葉に従うことにした!」


 美吹は再び血を手の甲に付着させ、次は三輪に向かって走り出した。しかし三輪は警戒心から行動を読んだのか、美吹の攻撃はいとも簡単に躱されてしまった。


「おいおい、何だってんだよ……。少年、倉崎に今何が起き……少年?」


 花木は何かを知っているであろうサクラに、美吹の豹変ぶりについて訊こうとした。だが何故かサクラは美吹のことを見て花木たち同様に驚愕していた。


「どうした、少年?」

「……な、んで……。だって、使……‼」

「……? っ、おい、危ねえ!」

「⁉」


 美吹のことで思考を埋めていたサクラは、千楽の攻撃に気づくのが一瞬遅れた。だが寸でのところで傍にいた花木の手によって回避する。


「あ、ありがとう……花木基裕」

「ぼーっとするな。ここは戦場だ。倉崎のことで整理がつかないかもしれないが、気張れ」

「……うん」


 今は何も考えるな。美吹のことは気がかりだが、が発動している限り、能力者たちは彼に近づくことすらできないだろう。

 サクラは目の前の千楽に集中した。

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