case16 歯痒さを前に
「——総員聞け!」
羽島の声が、会議室を圧倒する。
「第一に九条は戦闘能力者ではない。ゆえに、現場の情報が届き次第、現場に急行する。戦闘要員は直ちに準備に取り掛かれ!」
「はい‼」
次々と
あの時、サクラと一緒に行けばよかったと、この短時間で後悔すらした。だがもしも彼らに同行したとして、いざという時、花木を救助する手段が狭くなってしまうことも、彼女は理解していた。
現場が緊迫状態下に置かれている今、戦闘要員である雪乃があの場所へ向かえば、間違いなく犯人を捕らえるために手段を選ぶことは無いだろう。
ただ、そこにいるだけで周りを巻き込んでしまうような戦い方しかできない雪乃にとって、今回の事件は鬼門に近いといえた。
「今は待て、五十嵐」
ぐっと気持ちを堪える雪乃を横目に、羽島が声をかけた。
「羽島管理官……」
「気持ちは分かるが、犯人を刺激するわけにはいかない」
「……はい」
きっと羽島も、九条を向かわせたくはなかったはずだ。
それでも羽島は、九条が真っ直ぐ彼が決めたことを、否定したくなかった。
ただ静かに、時が経つだけだとしても。
***
花木と美吹は現在、重要参考人であり指名手配犯でもある三輪に人質として拘束されていた。
銀行内で発生した立てこもり事件。巻き込まれた人質は約二十名。未就学児から年配まで、幅広い年齢層が拘束されていた。
彼らは外界との連絡手段の一つでもある携帯電話をすでに回収されており、ひとつの塊として麻縄で一か所に縛られていた。
「……なあーんでこんなことになっちまったんだろうなあ」
はあ、と声にならない声で花木は深く溜め息を吐き、三輪を見遣る。
「花木さん?」
「だって、そう思わないか? こうやってさ、まとめて拘束されて、連絡手段まで没収されて。ドラマかよ。一応俺ら警察だぜ? 情けね~ってふと思ってな」
……確かに、と美吹の中でストンとその言葉は腑に落ちた。
警察官であるのに、民間人を助けるどころか囚われの身となってしまった。付け加えて、美吹は能力者ではない。もしも何かの能力を持っていたならば、この状況を少しでも打開することが可能だっただろうか。
改めて自分は無力なのだと思い知らされる。沸々と湧き上がるやるせなさが心の中で燻ぶって、美吹は無意識のうちに歯噛みした。
「どうして僕には……姉さんみたいな能力が無いんだろう……」
「……そう思うのはそれぞれだが、能力は無い方がいい。気が楽でずっといい」
美吹の独りごちに反応した花木は、ほんの一瞬だけ、美吹の気のせいだったのかもしれないが、その表情を曇らせた。
五年前も彼は犯人によってその身を拘束されていたと、一部報道誌に掲載されていたのを思い出す。
当時死にゆく同僚たちを、無能力者である花木が非力だったが故に見過ごしてしまったのだろうことは想像に難くない。彼の心の悲痛が聴こえたような気がして、美吹は苦しくなった。
ふと美吹は、携帯電話を没収された時にサクラにもらったあの端末を一緒に手放してしまったことに気づいた。
サクラに知られてしまったら間違いなく怒られる。「はあ? 何やってんの。自己防衛本能足りてないんじゃないの? 馬鹿なの? 馬鹿か?」と、言われるに違いない。想像しただけでも、これはこれで心が痛い話だった。
一刻も早く、回収されたあの端末を手元に戻さなければ。事件の裏で美吹の「兄」としての
「——どうした」
花木の声が小さいながらも美吹の鼓膜を震わせた。
「……あ、ちょっと、回収されてはいけないものを手放したのを思い出して……」
「そんなことか」
「……まあ……」
そう上司に言われてしまえばそこまでなのだが、それでも美吹にとっては大切なものに変わりない。
しかし、彼は一般人である前に警察官である。私情を挟むのは控えなければと気を引き締めようとした、その時だった。
「そんなに大事なものだったら、この状況、早く打開しないとな」
「……え?」
「いいか。合図したら動くんだ」
耳打ちで花木から指示が飛ぶ。美吹はそれを聞くや否や目を見開き、花木を見つめ返した。
当の花木は何が楽しいのかウインクした。それは、気が引ける作戦内容だった。
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