第四章

 四郎は今日自身の人生の中で上位に入るであろうイベントを起こそうと計画していた。凪砂の誕生日を1ヶ月後に控え、四郎は凪砂に夫婦になることを提案しようとしていたのだ。四郎が凪砂と出会ってほぼ2年が経ち、四郎としてはそろそろ男としてけじめをつけたいと思い始めたのだ。

 凪砂の両親はすでに亡くなっており、兄弟もいないため、よくある娘さんをください、的なものをする必要はない。だが、真面目の前にくそがつくほどのくそ真面目な四郎は、たとえその必要がなくても、気持ちはそのぐらいの心意気になっていた。

 当初は凪砂の誕生日に実行しようとしていたが、誕生日と記念日が同じなのは、お祝いできる日が減るから嫌だと話すのをいつかのどこかで見知らぬ女性が話すのを聞いていたのを思い出し、急遽、今日実行をすることを決めたのだ。

 四郎が思い浮かべるプロポーズというのは、遊園地のど真ん中で、とか、大きなバラを持って、とか、人に囲まれながら、とかであったが、四郎は凪砂とともに2年生活をし、凪砂がそうゆう目立ったことをするのが相当嫌いなことであるとわかっていた。

 四郎と凪砂は恋人として良好な関係だったが、一生を共にするかどうかは別物だ。四郎の予想でも、凪砂がプロポーズを受けるかどうかは五分五分だった。

 いつものように仕事を終え、2人で夕食を済まし、四郎の提案で店の空いた席でお茶を飲んでいた。四郎はこれからの行動を予習してばかりで、夕飯の味もお茶の味もあまりわかっていなかった。

 四郎は凪砂がお茶を飲み終えるのを確認し、姿勢を正して、話したいことがある、と凪砂に伝えた。凪砂は四郎の並々ならぬ様子に気づき、四郎に続いて姿勢を正した。

「凪砂さん、僕の恋人でいてくれてありがとう。そして、できたら、これからは僕の妻としてそばにいて欲しいです。」

 四郎はポケットに隠していた指輪の箱を開けて、凪砂に見せた。四郎の耳には、いつもなら聞こえる音が何も聞こえなくなっていた。

「四郎さん、ありがとう。四郎さんの奥さんにして欲しいです。」

 その言葉を聞き、四郎ははっと目を開け、涙をこぼす凪砂が目に入った。四郎は何度も頷いた。 

 四郎はこのとき、人生で最も幸せな時間を過ごしていると感じていた。


 プロポーズの日を終え、四郎は翌日にでも入籍したかったが、凪砂が入籍は自分の誕生日まで待って欲しいとお願いしたため、入籍をせず、そのまま過ごしていた。四郎は、いつぞやの女性とは異なり、凪砂は誕生日と合わせたいのだと納得して、凪砂の誕生日を心待ちにしていた。

 プロポーズから3日後、いつものように四郎は6時頃に目を覚ますと、凪砂もいつものように四郎より早めに目覚めていたようで、すでに布団からはいなくなっていた。

 四郎と凪砂は、恋人になった後は、四郎が元々過ごしていた部屋で寝起きを共にしていた。

 四郎は身支度を済ませ、階段を降りていくと、いつもとは異なる違和感に気づいた。凪砂はいつも四郎より先に目を覚まし、1階の厨房で自分たちの朝ごはんを準備するため、さまざまな音をさせていた。しかし、その日は何も音が聞こえない。四郎は違和感を抱えながら、その違和感を早く確認するため足早に1階へ向かった。

 1階に着くと、四郎の想像通り、凪砂は厨房にも、店のどこにもいなかった。四郎は少し胸がざわついたが、凪砂は家のどこかにいるのだろうと考え、凪砂の名前を呼びながら、2階へ戻った。 

 どこを見ても、どれだけ呼んでも凪砂の存在は確認できなかった。そして、凪砂がかつて過ごしていた部屋の中を確認し、四郎の胸のざわつきは一気に加速した。

 部屋の中にあったはずの凪砂の荷物はすべて片付けられており、ぽっかりと空いた部屋の真ん中に、見覚えのある小さな白い箱が置いてあった。 

 四郎は自分に、大丈夫大丈夫、と唱えながら恐る恐るその箱に手を伸ばした。箱は四郎の手によって開けられると、昨日まで凪砂の指に付いていた指輪が入っていた。

 四郎はそのままその部屋で座り込み、言いようのない喪失感に襲われていた。

 

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