1-3

 静かな部屋で一人黙々と参考書を読むシリウスは、部屋に近づいてくる足音に顔を上げた。数秒後、部屋の外から執事ケルトンが入室の是非を問うてくる。

「入れ」

「失礼致します、坊ちゃま。こちらのご案内が学園より届いておりましたので、お持ちいたしました」

「坊ちゃまは辞めろと言っただろう」

「おや、失礼しました。シリウス様。こちらをどうぞ」

 最近幾分か白髪の増えてきたケルトンは、シリウスが赤子の頃から側に付き身の回りの世話をしてきているためか、執事としての立場は弁えているものの、自身の子か孫のように思っている節があるのだ。

 シリウスはケルトンから封筒を受け取ると、開封用小剣ペーパーナイフで封を切る。

「入学試験の案内だな。受付時間や会場図が記載してある。貴族の受験生は馬車で来る場合は正門で降りた後、北門側で待機するように指示があるな」

「承知しました。では、そのようにデイビットに伝えておきましょう」

「頼む」

「シリウス様。入学試験の日は昼食は屋敷でお召し上がりに? それともどちらかにご予約をしておきましょうか?」

「入学試験が何時に終わるか分からない。それではペイトンも困るだろう。懇意の料亭レストランの個室を空けておくよう伝えてくれ」

「承知しました。では白鷺亭に連絡を入れておきます」

「ああ」

「今年は入学試験を受ける受験生が多いと聞いております。しばらく大きな戦争が起きていないおかげでしょう。これも皇帝陛下を含め皇族の皆さまのおかげですな」

「……そうだな。代々の皇帝陛下に感謝しなくては」

 シリウスは皮肉げに笑う。

「シリウス様。お顔に出ておりますよ」

「お前しかいないのだから、別に構わないだろう」

 ケルトンは表情に出すなと言いたいのだろう。貴族同士のやりとりでは、表情は常に動かさず相手に自身の気持ちを悟られないようにすることが求められる。シリウスも幼少からそうあるよう訓練を重ねてきた。でないと、いつどこで他家の貴族に足元を掬われるか分からない。

「シリウス様。分かっておいでだとは思いますが、学園内では学生の帯剣は許されておりません。護衛は配置いたしますが、くれぐれも周囲に充分お気をつけください」

「分かっている。それに、何かあっても護衛がくるまでの時間稼ぎくらいはでいる程度には鍛えている。それはお前が一番よく分かっているだろう」

「ほっほっほ。シリウス様の実力はよく存じ上げておりますが、自身の能力の過信はなりませんよ」

「過信いるつもりはないが。まあそうだな、表立った攻撃を避けるためにも、一人腕の立つ者をつけてくれ。他の護衛の選出も含めてお前に任せる」

「畏まりました。では、私はこれで失礼してもよろしいでしょうか?」

「ああ、下がっていいぞ」

 肯くとケルトンが一礼し退室する。

 シリウスは椅子に背を預けながら、窓の外を見る。外には庭師に手入れされ、色とりどりの花が咲いている。母シルヴィアも他家に自慢するほどの庭園は、いつ見ても完璧だ。

(入学試験か……)

 入学試験そのものに合格するのは難しくない。しかし、このアウスタット家ではどう合格するかが問われる。姉のナスターシャ、長兄のローウェン、次兄のウォルナン共に全員がその年の最高得点を出して合格している。アウスタット家の当主である父、ヴォルストは常に完璧を求めている。

 常に完璧であれ。

 それがヴォルストの口癖だ。他家に付け入る隙を与えないようにするため、相手に自身が高い能力を持っていることを示し続けることが大事なのだと。

 シリウスは、途中まで読んでいた参考書に再度手を伸ばす。何度も読み込み、問題も解いてきた。家庭教師を雇い、実技も練習した。だが、最後まで手を抜かず備えておくべきだ。シリウスの行いは、全てアウスタット家の評判となるのだから。

 その後、日が落ちるまでしばらく室内にはページを捲る音が聞こえていた。

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