閑話

義母と許嫁の昼下がり


「おっ、奥様どうかそのようなことは……っ! 火傷でもされたら……」

「メルナったら心配性ね。平気よ、このくらい」


 コックのメルナは、両手を胸の前で忙しなくアワアワさせていた。フライパンを持つ私を止めたいが、主人の行動を拘束することには躊躇いがあるのだろう。


「奥様、メルナをこれ以上困らせないでください。心労で倒れてしまいます」


 メルナに助力を請われてやって来たセバスチャンも、眉間を押さえている。


「それは困るわ。だって、メルナの作る料理ってとっても美味しいんだもの」

「まあ、奥様ったら。そんなハッキリ言われると照れてしまいます~」


 メルナはふくよかな身体を嬉しそうにくねらせ、セバスチャンに「メルナ」と静かなお叱りをもらっていた。結構ノリが良い。


 二人は私が料理するのを止めたいらしい。確かに、貴族というものは自分で料理などしないだろう。というか、きっとできない。私に火傷なんかされた日には、メルナの今後にも関わってきそうな話だ。


 しかし! 私はできる! それも、かなり!


 何十年と家族の料理をまかなってきた主婦だったのだ。料理なんてお茶の子さいさいである。


「なぜ、突然料理などしようと思われたのです。今までキッチンなど踏み入ったことすらなかったではありませんか」

「えぇ~っと、気分転換っていうか。なんかそういう才能が私にあるような気がして……」


 じっとりとした目を二人に向けられる。確実に疑われている。


(まあ、私もそっち側だったら、こんなふわっとした理由信じないわよね)


「とっ、とにかく! フィフィーちゃんとせっかく和解できたんだし、私の作ったお菓子で一緒にお茶して、もっと仲良くなりたいなって……」


 二人の視線から逃れるように、顔の前にフライパンを掲げて隠れる。

 はぁ、とセバスチャンのため息が聞こえた。


「仕方ありませんね」

「え」

「こちらで見守っておりますので。もし危ないと思ったら止めますからね」

「奥様、もしあたしの手伝いが必要な時は言ってくださいね」


 セバスチャンとメルナは、キッチンの壁際にさがった。


「ありがとう、二人とも!」


 メルナが「奥様は随分と柔らかくなられました」と苦笑して肩をすくめていた。





        ◆





「フィフィーちゃん、いらっしゃい!」


 セバスチャンに呼ばれてやって来たフィフィーちゃんは、テーブルに置かれたものを見て、「わぁ」とうっとりした声を漏らした。


「どうしたのですか、この美味しそうなお菓子は……!」


 テーブルの上には、苺やベリーで飾り付けられたホールのチョコケーキが、ドンと乗ったケーキスタンドと、周りにはカラフルな大小様々な皿が配されている。それには小分けにされたベリーやオレンジのフルーツと、チョコレートが載っていた。それぞれの皿、ハーブか何かで飾り付けられ、テーブルの上は赤や黄、オレンジに紫、緑と華やかだ。


「私が作ったのよ」

「え……お、お義母様が、ですか!?」

「そうよ。あ……でも、飾り付けはメルナにやってもらったんだけどね」


 ちょっと恥ずかしく、ははと苦笑しながら指で頬をかいた。





 

 実は、一度は自分で飾り付けてみたのだが……。


『……奥様、なんだか……渋い飾り付けですね』

『こう……茶色がぎっしりというか……』

『二人ともそう思う? 残念ながら、私もそう思うわ』


 白いケーキスタンドに、ケーキが載っているのはいい。

 載っているケーキはミルクレープのチョコレート掛けだ。とろりとしたツヤツヤチョコが、滴り落ちるように掛かっている。見るからに美味しそうだ。そして、ケーキだけでは味気ないと思って、使用したチョコで生チョコを作った。それは長方形の白い皿に並べて置かれている。こちらも美味しいに決まっている。


 だが、なぜかあまりそそられない。


 そうして、『おかしいわね?』と腕組みして首を傾げる私に、メルナが『飾り付けはあたしにやらせていただけませんか』とありがたい申し出をしてくれたのだった。



 


 そして、彼女が飾り付けをしてくれて、渋かった理由がわかった。


 白と茶色だけは寂しい!


 多分、皿がシンプル過ぎた。前世じゃ、和食器ばかりで、適当に乗せても、柄や色でなんだか良い感じになっていたのだ。煮物やら焼き物やら茶色い料理ばかり作っても、食卓が華やかに見えていたのは食器の力が大きかったと、今更ながら理解する。白いお皿難しい。


「じゃあ、さっそく一緒に食べましょう」


 私は彼女の両肩を押さえてソファに座らせ、はい、とフォークを渡す。


「わ、わたくしなんかが、このような綺麗なお菓子をいただいても……?」

「もちろんよっ! 一緒に食べたくて作ったんだから。食べてもらわないと困るわ」


 隣に腰を下ろすと、セバスチャンが音もなく現れ、まずケーキをそれぞれの取り皿に切り分けてくれる。コロンと皿に転がった、チョコ付き木苺を手で口に運ぶ。


「ん~~っ甘酸っぱぁい!」


 セバスチャンが行儀悪いと諫める目で見てくるが、美味しいものを前にちょっとのマナー違反は大目に見てよ。


「さあ、フィフィーちゃんも食べて」


 私に促され、彼女はフォークで丁寧にケーキの先を掬い、口に入れた。たちまち、私と同じように「ん~~~っ」という歓喜の悲鳴が漏れる。


「こんな美味しいもの食べたことないです! お義母様すごいです!」

「照れるわね。さあ、好きなだけ食べて。そして、たくさんあなたのことを聞かせて。好きな色や食べ物、ドレスやカーテンの色まで。あっ、好みの男性のタイプもね」


 フィフィーちゃんは、最後のひと言を聞くと、ぷっと小さく噴き出してクスクスと肩を揺らす。


「ふふっ、お義母様ったら悪い顔してますよ」

「あら、女子会には恋バナはつきものよ。そして、女子会で話したことは、甘い物と一緒に全部お腹の中にしまうってのがルールなの」


 今、私が作ったルールだが。


「でしたら、たくさんお菓子を食べないといけませんね」

「ええ。ゆっくり食べて、たくさん内緒の話をしましょう。サイネルには黙っておくわ」


 互いの顔を見つめそして、一緒に噴き出してしまった。

 部屋に、無邪気な笑い声が広がる。


 クスクスと目尻を垂らして笑う彼女に手を伸ばす。随分と血色の良くなった彼女の頬を撫でた。彼女はくすぐったそうにさらに目を細めていた。


「あ、セバスチャンは気にしないでね。彼は今日はポットの妖精だから、私達のおしゃべりは分からないのよ」


「ねぇ」と彼へ視線を振る。


 セバスチャンは珍しく名前を訂正することなく、ただ口元に淡い笑みを置いて、とぽぽと静かに紅茶を注いでいた。


 温かな陽射しが射し込む、昼下がりのことだった。



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