第9話 初恋?

     初恋?


 ボクとエミリアが付き合いだした。もっとも、偽装のつもりだけれど、エミリアはいつもボクたちと一緒にいるようになった。ボクたちはサイナ、フィーネ、ミスミと同室の人間で一緒にいることが多いのだけれど、そこにエミリアも加わる形だ。エミリアの同室の子らは、どうしても貴族として距離がある感じもあって、親しくなれなかった、という事情もありそうだ。

 それだけではない。

 人目もはばからず、エミリアはボクに対して熱い口づけをかわしてくるのだ。

 このレディエンヌ学園の校則に、恋愛禁止といった項目はない。でも、周りに見せつけるような派手な行動は慎むよう、指導はされる。

 エミリアはそのギリギリのところで、ボクとイチャイチャする姿をみせつけるのである。

 しかも、恐らく彼女は女性同士でそういう関係になるとしても男役なので、ボクにもそう接してくる。だからキスも彼女からしてくるし、ボクを抱き寄せて、そうしてくるのだ。

 それはある意味、ボクとしては女性にリードされるひ弱な男……感もあって、何となく収まりが悪いというか……。でも、そうしたものは元の世界の感性かもしれないと、そう考えることにした。

 エミリアに委ねておけば、ボクとしても安心だ。

 それは彼女が公の場でのふるまい方を心得ているからで、庶民として育ってきたボクの知らないこと、足りない部分を彼女が補ってくれる。

 しかし、白亜でもっとも注目を集めるエミリアと恋人になったことで、ひっそりと学園生活を送ろうと考えていた、当初の計画は完全に破綻した。今はボクも注目の的であって……。


 ただその結果、告白されることは少なくなった……というか、ほとんどなくなったけれど、代わって陰湿なイジメのようなことが増えていた。それはエミリアのファンの子たちからすればボクは邪魔者であり、大好きなエミリア様を奪われた、といったところだ。

 周りにそれを知られることは、今のところないけれど、ちょこちょこものが壊されたり、盗られたり……といったこともある。

 告白を避ける……といった目的のために、イジメを受けるのは間尺に合わない気もするけれど、それを言ったらエミリアに要らぬ心配をかけるだろうし、今はボクが我慢するしかない。

「でも、エミリアにはどんなメリットが?」

 サイナはずけずけとそう訊ねる。でも、それはボクも訊ねたかったことだ。

「私も告白されることが多いのよ。さすがに貴族相手に、遠慮する人もいるけれど、意外と面倒で……」

 彼女が貴族でなかったら、もっとモテているはずだ。それは魔法がつかえるばかりでなく、リーダーシップや人への気遣いなど、モテる要素しか見当たらないレベルの女の子だからだ。

 もっとも、だからボクが嫉妬されるのだけれど……。

 それは釣り合っていない、という目線で見られているからで、ボクが身を引け、という圧でもある。

 しかも、エミリアは快活で、話も面白い。彼女がする議会の話など、裏話的でもあって、一緒にいても飽きることがない。彼女はそういう人の機微にも通じており、そうした面もモテ要素だ。

 そんな子と、彼女がリードしてきて熱いキスをかわすというのだから、ボクはやっぱり果報者なのである。

 ただ、そんなボクには秘密もあるので、彼女に対して心を開けないこともまた事実だった。


 ボクは相変わらず、朝風呂にしている。

 ロナに見られたときのような、油断をすることはないけれど、やはり周りに人が少ない方が望ましいからだ。

 ロナはどうしてあの日、朝風呂だったのか? 聞けずにいるけれど、学園がはじまってくると、少しずつ朝風呂派も現れていた。それは夕方から夜にかけて、お風呂が混むからである。

 三十人ぐらいは一斉に入れる大きな風呂だけれど、やはりごみごみしたのが嫌、という子はいる。

 そんな中で、顔と名前を覚えたのはシャルという子だ。美少女だけれど、それ以上に儚げで、それが印象にのこる。肌が透き通るような白さで、薄いピンク色で小さくても、肌の白さから乳首が目立っている。

 相手の裸を見るつもりはないけれど、タオルがずれた時などに、嫌でも目がいってしまう。

 いつも顔を合わすので、会釈をする間柄にもなった。

 そして一緒に湯船につかっているとき、話しかけてみることにした。

「シャルさんは、どこの町から?」

「私は北の……ブルジェントです。知っていますか?」

「地図上なら……。でもごめん。行ったことはなくて……」

「観光で来る場所ではないから……。一年の半分以上は曇っていて、そのうち半分は雪が降るところです」

 なるほど、色の白さはあまり日に当たっていないからのようだ。

「リュノさんは?」

「ボクはヘーメルンです。田舎ですが、陽気な村ですよ」

「いいですね。ブルジェントでは、あまり家の外にでる機会もないので、お友達もいなくて……」

 大人ならまだしも、子供が雪の降る中ででかけるのは大変だ。あまり同世代の子と接する機会もなく、学校に来ても戸惑うことばかり……それで彼女も朝風呂、というわけだ。


 別に、エミリアと恋人同士だからといって、他の子と親しくなってはいけない、といこともないはずだ。でも、何となく浮気をしている気分になるのは、きっとボクが相手を女の子……と認識しているからだ。

 それは同性同士だとあまり感じないことでもあるはずで、異性だからこそ、相手をそう意識することがことさら、性的なものと結びつきやすい……ということかもしれない。

 朝風呂で、彼女と話をすることが楽しみになっていたし、混んでもしていないのに近くの洗い場で、並んで体を洗うようになったりするのも、特別な関係ということを意識させた。

 でも彼女にとっては、親しい人もおらず、ボクが唯一の話し相手みたいなものだから、ボクがそう感じることも失礼かもしれない。

 でもふと、彼女の胸やお尻に目がいってしまうのは、やはり異性として意識しているからだ。

 それは同郷で、付き合ったこともあるミラやカノンにも感じたことのない感情でもあった。

 そして、肉体関係をむすんだロナやお付きの三人ともちがう。

 シャルはボクが異性と感じる、初めての女の子なのかもしれない。それはボクが第二次性徴がはじまった……ということなのか? 体つきも男らしくなっていくのだろうか?

 でも、そんな中でもエミリアと恋人を演じ、キスをする。まるで見せつけるようにそれをするので、恐らくシャルもそのことは知っているはずだ。でも、お風呂で一緒になったときにそうした話は一切しない。

 それは互いに口にださないから。でもそうすることがまた、彼女を意識していると感じさせ、ボクの淡い恋情を思い起こさせるのだった。














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